短編
おなまえ
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ひとりぼっちの食卓で咀嚼するたびにおまえのことを思い出すよ。
結局俺は悲しいくらいにただの男だった。白くてよごれてなんかいない首筋も手首も脚も腹もどこもかしこもが俺を殺そうとして、空は今日も暗い。
死んじゃえばいいのに。
おまえがそう言ってくれたなら、どんなに楽になれるだろう。
結果から言えば、俺は馬鹿だった。感情に任せて切り刻んでそれで終わり。皿に乗せたくせに咀嚼して戻して終わり。嚥下すらできないままでおまえの脳みその中味を覗いてみたいなんて思って、俺、駄目な男かな。
この家は静かすぎる。外を通る車も隣の住人の声も風も雨も何もかもが聞こえなくて、精神病院みたいだ。檻もないのに、おまえにいつまでもここへ閉じ込めてほしいんだよ。俺をおまえだけのものにして。俺がそうしたように。
血の味がする。左のこめかみがやけに痛い。
おまえはいつか俺に頭がおかしくなったのかと言った。あなた。
おまえはいつも正解を選ぶ人間だから、多分それは間違っていない。ああ、くそ、この部屋の空調は壊れているのか?寒気がする。
白い壁紙も控えめな照明もみんなみんなが俺を責め立てている。『どうして?どうして?』
数日前に聴いた音楽がもう思い出せなくなっている。ほんとうに俺の脳はどうにかしちまったのかも。
ああフォークもナイフも投げ捨ててやりたい。誰に命令されてる訳でもないのに、いつまででも俺はこうしてゆっくり死んでいく。
眠れない夜のように澄み切っていたあたまがどんどん曇っていく。今日も昨日も多分あしたも天気は悪いだろうな。
臓物。臓物。臓物!吐瀉物、粘液、血、骨、脂肪。………
おまえを構成する総てが惨劇による終りを迎えて、それで、どうした?
俺がおまえを胎内に、口内に、いっばいに生かしてやる。そう思っているのに、意に反したように、胃はもうずっと収縮をつづけていて、トイレに蹲りもしないで、皿に戻して。こんなところ、おまえに見られたくない。
あなた。俺は、嫌な男だったか。返事しない。
あなたは、俺のことどう思ってる。返事しない。
何もない部屋に空間に世界に俺一人がいる。
ぽつり。おまえのいない世界。さっき血を飲んだ喉がやたらとからからに乾いて、呼吸を失敗する。
ひとりぼっちの世界で咀嚼するたびにおまえのことを思い出すよ。