短編
おなまえ
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ああ柱時計が鳴いている。日ごと濃さを増す闇の色におびえて鳴いている。完全への畏敬をつなぐ頸木がまたひとつ千切れてそこらじゅうに散らばる。沈黙がなによりも雄弁に夕暮れの残酷性を語り、夜汽車が走るよりもはやく明色を簒奪する。
この館にいながら、あなたはきちんと狂うことができずにいた。
かぎりある無限の帳が廊下を食み、扉を一枚隔てただけの外界を呑み、しかしその晩餐を拒むものはいない。18:22をさして止まったままの時計。
今日も、気が触れるまえに日が暮れる。
あなたの視線はいつもわたしをとらえようとはしない。初めてわたしと話したときも、館に迷い込んでしまったときも、いつだって朝日ののぼる方ばかり見ていた。その切望まじりの眦は、太陽に嫉妬してしまいそうなほどの信仰を物語っていた。
薄靄のかかる無明の寝室。
あなたの居場所は世界中でここにしかない。
ベッドの中で、彼女は塩の柱みたく押し黙っている。後ろから抱きしめるとびくりと、あからさまに背中が反応した。
わたしの手は、神よりもあなたのいのちを握っている。薄っぺらく天蓋から落ちる疑似の幽世。
「ほら。わたしに殺されないで、明日も生きていられるように、祈ろう」
あなたのちいさな震える両手をつかんで、組むように合わせる。
その上からわたしの手。
いつの間にかずいぶん伸びた爪が、まちがってあなたの首筋を切り裂いてしまいそうだ。
「こ、ころ、殺さないで、」
「もっと」
彼女が安寧をもとめるように強く組んでいる十の指を、重なるわたしの手が、親指がすりすりともてあそんでいる。あなたのうすい肉の脈動がきこえる。たったそれだけの蹂躙で、肌どうしの輪郭が消えて、やわらかな塊になる。
耳にくちびるを寄せ息を吹きかけると、愛と見まごうほどつたないその児戯に笑いが込み上げてきた。
「ころさないで、殺さないでください!」
天上にもちゃんと聞こえるようにと、引き攣った声が空間に響いてぼやけた。
「………それで?」
もうあなたの息はあがっていた。脈動が主張を増して汗をふくんだ手をなぞる。
「………こっ、……こ!こ、ここから、出してくだ、さい」
「……フゥン。またそれか。明日こそは叶うといいが」
おれの言葉に、あなたのかわいた息が失望をたたえた。
彼女から目を逸らして、闇に絆されていく部屋をぼうっと見る。
わたしが塗り替える神話に、あなたは登場することを拒むだろうか。日の出を呪う歌を口遊む気持ちで指をほどいた。
だれかを誘惑しようとして婀娜なにおいがする髪を撫でたら、もうこの世界に朝が来ないようにと祈る。
きっと明日も。永遠に。