短編
おなまえ
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人間はほしがりだ。もしほしいものが手に入っても満たされるのは一時的で、いずれまたほしいものができる。先の見えない道を奥へ進む。もう戻れもしないのにそうする。それはとどまるのが怖いから。
赤の女王仮説。
ぼくは足踏みをして、いつだって、証明をほしがっている。
けして不可視ではないけれども、はっきりと掴めない偶像。
「ぼくに、ずっと残る傷をつけて…それから、」
それを言うと途端に耳鳴りがして、ぼくがその後何を言ったかはわからなかった。
この部屋はやけに暑い。冷房もないベッドでふたりきりだった。頭のうしろのほうで、チカチカと何かが明滅している。光が差し込む。その光が大きくなって覆う。
…
あなたはチューイング・キャンディをもぐもぐ咀嚼した。まだあえぐぼくを見ていても見ていない。
ぼくの視線はあなたの手の甲に、わずかに浮いた青い血管に注がれていた。あれをすこし傷つけるだけで、そこから赤い血が出るだろうことは、確定的ながら不可思議だった。
あなたは矛盾しているしなにもかもが不思議だった。だけどその不思議を知っているのは、みつけるのは、愛することすらできうるのは、ぼくだけでいい。
ぼ く だ け が と く べ つ。
ぼくを渇望のために泣かす彼女は唯一の絶対だった。
犬みたいに舌を曝け出して、尻尾を振って、愛されたいと言う。ぼくはきみのペットだ。きみはぼくの飼い主だ。だめなぼくと、だめなきみが、フラフラと踊るように生きている。足をもつれさせて生きている。
そしてぼくはぼくの思考すら弑する。その先で見える希望に似た像が彼女だと知っている。
人間の思考領域からはずれぼくたちは居た。社会的でない空間で汗にまみれ、その胎に還るように縋るように抱きしめていた。
(ぼくだけだと言って。ぼくのことだけが特別なんだって、大好きって言って。言ってください。)
「こんなんじゃあ、あつくて死んじゃうね。」
きみの優しいところも否定しないところも抱きしめてくれるところも機嫌がわかりやすいところもすぐ笑顔になるところもさみしがりなところも死にたがりなところも少しいじわるなところも、ぜんぶ愛しています。
あなたの全部がぼくの愛です。
「ああ、きみにならぼくは、殺されてもいいな。……」
あつさで頭をやられたぼくは妄言をくりかえしくりかえし、つぶやいた。