短編
おなまえ
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その扉を開けると途端に、全方位から蝉の声がする。少し歩くだけで汗が出て肌がべたべたする。目眩のするような晴天だ。梅雨が明けて、いくらか乾いた空気が馬鹿正直に熱光線を透過して混じり合う。夏。
ぼくはあなたの待つ公園へ急いだ。彼女に早く会いたかった。この炎天下に外で会うなんて自殺行為だ。
蝉の声が彼女の声をかき消してしまうかもしれない。けれどあなたは会うなら公園でと言ったからぼくはそれに従うのだ。
「ごめん、遅くなってしまって」
「ううん。」
まだ暑さに慣れないぼくとは対照的に、彼女は汗の一粒もかいていないようだった。道中の自販機で買った冷たい飲み物を手渡すと、彼女はそれを頬にあてて、きもちいいねと愛らしく笑った。
ぼくたちはベンチに腰掛けて、最早誰も通らない側の道路を眺めながらぽつぽつと話をした。別にこれといった主題もない、何でもなく続くこの関係が心地よかった。
やがて中身の減ったペットボトルが汗をかいて、昼を過ぎて、晴天が少し陰りを見せはじめる。
「けっこう喋ったね」
「うん。きみと一緒にいる時間、すごく好きだな」
「そうだね。わたしもそう思う」
あなたは目を細めてぼくを見た。なんて耽美的な光景だろう。ぼくは思わず彼女の手を握った。まだ少しべたつくぼくの手はさぞ、最低な感触だろうなあと思うけれど、それよりも早く、離れないように絡みつく。互いの隙間がなくなってわずかに空虚を埋める。
彼女の手はとても小さくて柔らかくて、あつい。彼女のなかのすこしだけに、ひとときの支配ができたような錯覚をする。
蝉はもう鳴いていなかった。
「あついよ。」
「ごめん」
困ったように笑うのに手は離そうとしない彼女がとても可愛くてたまらなかった。ぼくは手を繋いだままゆるくハグをして、背中をぽんぽんとなでた。子供にするような動作だったが、確実にぼくの指先は欲をはらんでいる。
ぼくはあなたが好きで、好きで、何もかもあつくて、ばかになっているのだ。
「大好き。あなた。」
「あはは。くすぐったいな」
(きみはぼくに、好きと言ってくれないんだね。)
この胸にぐるぐる渦巻く吐き気のようなあまさがぼくを窒息させるまで、もう、幾ばくもないだろう。
ぼくはあなたをとても好きだけどあなたはぼくを好きではない。
「…わたしたち、卒業してもともだちでいようね。」
あなたはそう言ってまたぼくを残酷に貫いて殺す。馬鹿。馬鹿。苦しくて涙が出るよ。
「………うん。」
それでもきみといたいんだ。きみが好きだから。ぼくも馬鹿だから。