短編
おなまえ
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なぜ人を殺しちゃいけないのだろうか?
無垢に見えるあなたの目がにっこり笑った。わるい女だ。暗い海がごちゃごちゃと光を反射して、その目に嫌なほど映える。
あなたがいるだけで、どんな光景でもただの背景になりさがる。世界遺産でも絶滅危惧種でも、あなたの希少性にはかなわない。
おれの中にするりと入り込み、いつの間にか心を占領して、その指ひとつの動向すら目で追わずにはいられない。
灯りもろくにない海岸沿いを、どこに行くでもなく、いや、どこにも帰れないままのふたりで、ゆらゆら歩いている。
わたしたちって似てるねと言って、おれに近づいて何もかも絡め取ったあなたは、悪そのものだと思う。
だからおれたちは似ていない、が、それを言っちまうとなにかが終わって、あなたの笑顔が変になってしまう気がするから、甘んじてまだ潮風を浴びて、手を繋いだりしながらおれ達は歩く。
安いイヤホンがあなたが好きだという音楽を垂れ流している。何を言っているかもよくわからないバカみてえな音の集合。あなたに好かれているのが疑わしいほどだ。
そういえば、あなたは博愛主義者だった。
近寄ってくるもの、人、全部たべて、そのちいさい身体の中で分解しながら「愛している」。どろどろの、あなたの泥濘にはまるバカな奴ら。
もちろんおれもその中の一匹だ。
なぜ人を殺しちゃいけないのだろうか?
それはおれ達が黒いスーツを持っていないからだ。
あなたがおれのイヤホンを取った。ざあざあと波の音が近く聞こえる。
世間の皆様がおれ達が悪だっていうんならそうなのかもしれない。世間はお偉いからな。
あなたがおれの手を不意に離す。
「ねー、死のうよ。」
おれ達は階段を降りて浜辺をゆっくりと踏みしめた。靴の中に砂の感触。髪は風に乱れる。
だがおれ達に世界は存在しない。世界は二人でできている。究極的自己中心な、おれとあなたは最強だった。
つま先が波にぬれる。
「なあ、勝手に離すなよォ。」
「わかった。」
おれは冷たい水におかされ、もう水面は煩く光ってなんかいなかった。あなたの手がおれの腹に回される。激烈な悪の、あなたという悪の、なによりもやさしいハグがおれは大好きだった。
終わりのない閉塞の中を、おれたちは終わる。
あなたの返り血が滲んで、真っ黒な海に消えてゆく。悪魔的天使の笑みで、あなたはおれの手を愛おしそうに握る。さいごまで悔しいほど、おれはあなたを愛しちまっていた。