短編
おなまえ
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空に風が吹いて雲を押し流してゆく。雲がむりやりに月の顔を隠す。それが終わることのない逡巡とよく似て、木々の隙間を廻っては帰ってくる。わたしの髪がかき乱れ舞う背景にあなたはいた。
やけに強い風をやり過ごすように下を向き、わたしの少し後ろを歩く脆弱な人間、細い体躯から頼りない息を吐きながら、代わりのきく生き物。
「カーズさま、どこまで行かれるのです。」
夜にひっそりと声が融けこみ、冷たくなった空気に月明かりが浸透した。まだ残る雪がその光を反射し幾分か明るくなった周囲に、やはり二人の存在は異質だといえた。
ふと人間が一匹わたしたちを無視して通り過ぎる。
「どこまで行くかおまえが決めろ」
そう言うとあなたが後ろで動揺するのを感じた。
明るくも暗くもない煉瓦の道を、ぼやけて光る街灯ひとつ分歩いたところで、あなたはわたしの外套を控えめにつかんで、これで終わりにしましょう、と、独り言のようにつぶやいた。
わたしはあなたの身体を抱きしめる。
緩慢な動作だったがあなたが逃げることなどないのを知っていた。人間の親が子にするように、しかし、わたしはそんなことをするのが初めてだったので、それが正しい作法であったかは判らない。
互いの体温、息遣いすら偽りなく伝染しあい、あなたは腕の中でわずかに身じろいだが、甘んじて抱擁を受け入れているようだった。
「これで終わりか。」
わたしの声がやけに轟いている。
風がひときわ強く吹きつけ、二人の影が喘鳴し揺れている。月光が再び雲に攫われた、もう街灯もないこの場所には誰も来ないだろう。
わたしは静かに、あなたの心臓の声音を、もっと知りたくなっている。その肉体を、そして奥深くにあるであろう心さえ絆して、あなたを真実にわたしのものとしたい。
髪をかき混ぜるように撫でてやり、頭に添えた手に力を入れると、あなたは、「わッ」と素っ頓狂な声を上げる。
「…食べられてしまうかと、思いました」
「ハ。そうされたいなら食べてもいいが」
あなたはいくらか焦った様子でうーんと唸り考えはじめた。こんな女を食べても喉につかえるだろうと思う。
これからもきっと食べてしまったり、死ぬ直前になって吸血鬼なぞに作り替えることはしない。たとえ少し先の未来であなたが死に、その死体をわたしがどこかに埋めに行くことになっても。
「でも、カーズさまに食べられるなら、本望ですね」
ああ、夜が終わりそうに傾いてゆく。また月が明くほのめく。わたしはあなたを抱き締め、この手に在るものが愛であることを問うために、秘めるような口づけをした。