短編
おなまえ
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食事の前、あなたが敬虔な信者ぶって組むその指の細さに俺はまず驚愕した。
傷やささくれのない白くつやめく肌から、骨を覆い隠すためにほんのすこし膨らんでいる関節部分をたどり、夕暮れどきの太陽のように薄桃な裸の爪へ行きつく。かわいらしいのに、突き立てられたら血が出そうなほど鋭いポイントカットのかたどり。
もしあれが俺の中に這入ったなら、彼女の指はどんな動きで俺をえぐって、どんな温度を俺に移して、どんなふうにふやけていくのだろうか。
そこまで考えると、舐めまわしたいほどよわよわしい、わずかに赤らんだ指先がだんだん近づいてきて、熱い熱い視線を送る俺のほほをぎゅっとつねった。
「アッ。」
「そんなに見られてたら恥ずかしい」
彼女はそう突っぱねてすぐに離れてしまったが、俺のほほには少しだが突き刺さった爪の痕が残り、ふれるとひりひりと奥ゆかしく痛んだ。なんと神々しい痛みだろう。
冷めていく食事にはひとつも手を付けないまま、俺は興奮していた。
「神がこれほどの究極美を考え出して造り給うたのなら、俺はその神を奉る宗教に入信するな。きみを教祖サマとすればもっといい」
「ふーん……」
あなたは食事中に口を開かないという彼女なりのポリシーに従い、俺の言葉に息だけで返事をした。
その間にも、スプーンを持ってスープを掬う彼女の手がかわいそうな気がしてならなかった。こんなにもうつくしくかわいいあなたの手が力を入れた動作を強制されるその行為は、彼女への虐待に他ならないからだ。
「俺がやる」
「んー……」
あなたは首を振るが、俺はスプーンをやさしく奪ってスープを飲ませてやる。もちろん「ふう、ふう」と息を吹きかけて冷ますのも忘れない。彼女が不服そうな顔をしながら素直に口をつけるのを見て、俺はまた熱を高めた。
彼女に摂取される食べ物が羨ましくなるほど艶めきやわらかなくちびる、彼女が恥ずかしがりで拝む機会が少ないからこそいっそうかわいく光に映える赤い舌。もしも小さくなって彼女の口腔内に入り込めたら、俺は彼女の全ての歯とキスをして、気分を害した彼女に噛みつぶされてもかまわない。
ふたたび観察にふける俺を見て、あなたが眉をひそめながら水をひと口飲んだ。
静かに置かれたグラスを俺はすぐさま奪い去り、彼女の目をしっかりと見ながらちょうど彼女のリップが薄く付着している箇所に口づける。水をわずかにこぼしながら、キスというよりは舐りまわすというほうが近いほどの音を立てて、徐々に不快気な表情に変化する彼女の視線を正面から楽しむ。
口内でとろとろ分泌された唾液がグラスの透明な淵をすべり落ちると、「もうその水飲めないよ」と彼女の目が語っていた。直接くちびるにキスをするのももちろんいいが、体温のないグラス、間接だからこそ彼女の痕跡が俺にうつったような気がして気持ちいいのだ。
「キモチワルイよ」
「……あーそう。」
………
俺がいちばんに好きなのはあなたの脚だ。特にひざなんかは、骨の凹凸がつるりと浮きあがり、俺の身体にはどこにもない清らかさとなめらかな吸着性を秘めていて、いつまでも撫でてしゃぶり回したくなる。折り曲げるときの肉の偏りや、昔にできた傷の跡が薄く焼き付いているのすら愛らしい。
「入信のキスを」
そう言うと、あなたはあきらめたように目を逸らし、ひざまずく俺を視界から外す。
つるつるした脛からそのまま、足の甲をおりてつま先までくちづけて、ちいさくてかわいい足指まで口に含むと、あなたが一層キモチワルそうに震える。その様子をしっかりと目に焼き付けながらくちびるを離したら、俺の唾液とあなたの神聖なる爪先が別れを惜しむようにつながりを切った。
「愛している」
「………」
ああ、信仰している。そういう自覚があるから、俺は狂わない。きみという名の教典がここにあるかぎり、互いの肉体が存在している限り、俺たちが恐れることはなにもない。
ちょうど彼女が脚を組んで、冷ややかな金属音が静寂を塗り替えて泳ぐ。可哀想なほど細く美しくなった足首に、銀の足枷がよく映えていた。