短編
おなまえ
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あなたが教育の一環として、「人を傷つけてはいけないよ。」というのなら、ぼくはそれに遵うだろう。ぼくがもし傷つけられたとしても、その言葉に遵って、傷つけ返したりなどしないだろう。だけれども、それを守ったからといって、あなたにほめてもらえることは無いのだろう。
目を開けると、膿がぎゅうぎゅうつまったスカートが、いとおしいほどしおれている。#(名前)#のてのひらに引っ付いている指の、関節のまるいふくらみが、この世には人殺しなんかいないって物語っている。自分のささくれた指が恥ずかしくて手を後ろへやると、なにを思ったのか、彼女もまねをして同じように手を後ろへ遣った。
ぼくの部屋の床は、息がない魚のうろこのようにつるりとして、その上にあるぼくたちの存在も、人というよりは、等しく、肉みたいに見える。それからぼくはやっと、「ああ思い出した、よかった、あなたもぼくと同じ生き物だったんだ。」と心の中だけでつぶやいて、ため息をのみこんだのだ。
そういう夢だった。
たとえば、#(名前)#とならんで本を読んでいるとき、悲しい物語を悲しいって泣くだとか、音楽を聴いているとき、不意の不協和音を気味悪がるだとか、一陣の風を無視するよりたやすい日常が、ぼくにはむずかしい。夜明けに眠り、昼下がりに目覚め、やがては甦るぼくの欲望や、お菓子についたおまけみたいにちっぽけなやさしさや、ときおり死にたくなるほどの衝動について、すべてあなたに話したつもりだった。
それに、ぼくが清潔なふりをしていて、いつだって「あはは」って笑うあなたのくちびるにふれてみたかったことや、飾りっけのない爪がぼくの手のひらをなぞってできた文字がぼくへの愛のことばだったならどんなにいいかって、夢に見ていたことを告白しても、#(名前)#はそれを拒絶するどころか笑って、ぼくの願望ひとつひとつを実現してくれた。
だれにも傷をつけたことのないぼくの指先がふれた道路上の花束が、桃色で幸福のにおいがするふわふわの球体だったなら、とっても素敵だったのに。その花びらの一枚が落ちるたびに、あなたがあの道路で、ぐちゃぐちゃに轢かれて死んだことを思い出す。
あなたを。あなたの。あなたは。あなたに。あなたが。文章をはやく読めるあなたが、はやく読めないぼくに遠慮してページをめくりあぐねている瞬間に戻りたいと思う。思うだけ。だって戻れないのを知っているから。
過去ゆきの電話が鳴る。出ても、もう誰の声もしない。
ぼくを「まぬけ」って笑わないあなたが大好きでした。ぼくの手をにぎってくれるあなたが大好きでした。ああ今朝の夢がどんどん遠くなっていくのはどうしてだろう。ぼくにほほえんでくれるあなたが大好きでした。あなたのいない今日を傷つきながら生きていく。ぼくはあなたが大好きです。また夢で、ぼくと遊んでくれますか。