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膝元に重厚な本を置いているため表紙は見えず、内容の詳細はわからない。
ぱっと見読書が好きか、その作品が好きではない限り文章ばかりで読む気になれない様な、頭の硬い、かえって退屈になりそうな本。という印象だ。
目線を本から人物、風景に移すと、
アンティーク調のテラスに1人、重厚な本を読む女性はなんとも絵から飛び出してきたかの様に綺麗で、風が吹くたび女性の長い髪を靡(なび)かせていた。
女性が、風に靡いた髪を耳にかける仕草は何とも美しかった。
この光景は何度か見かけたことがあった。しかし今の一度も、女性の声を聞いたことも正面から姿を見たこともなかった。
本のページを捲(めく)る音と風音しか、今は聞こえない。
(彼女に会うのは何度目だろう)
ここは僕の精神世界だ。
いわば幻想散歩中であった。
凪の様な特異体質でない限り、他者が干渉することは滅多にない。
偶然にもどこかにいる彼女との波長が合ってしまった故にこうして巡り合ってしまった。彼女もまた、凪の時と同じで今は生と死の狭間を彷徨っているのであろう。
しかし、彼女の素性は全く分からない。僕が干渉しようとしていないからだ。
僕が声をかければ、その女性が自ずとこちらを振り返り何かを発するはずではあったが、それは誰も触れたことのない聖域に穢れた足を突っ込む様な気さえしたため躊躇(ためら)ってしまった。
(全くもって、僕らしくはありませんがね)
いつもと変わらない景色をまたいつもと変わらず見届けたところで、踵を返そうとした時、聞きなれない女性の声が僕を呼び止めた。
「あ、あの」
振り返ると、さっきまで本に目を落としていた女性がこちらをじっと見つめている。女性が顔をあげたのも、声を聞いたのも、正面から見つめたのも初めてだ。
ただ単に色白というより病的に白く、体格も細身で小柄な女性だった。
少々驚きはしたが平常心を装い、続けた。
「おや。話せるのですね。」
そう言うと彼女は困った様な顔をした。
「どういう意味でしょうか」
「いえ、こちらの話ですよ。」
「、、、、」
「それはそうと、僕を呼び止めた理由はなんですか?」
「あ、すみません。えっと、あのここはどこなのですか」
「おやおや、知らないのですね。ここがどこなのか」
彼女はより一層困った顔をした。本当に迷い子の様だった。ある意味間違ってはいないのだが。
何かを考える素振りをした後、また彼女はおずおずと僕に問いかけた。
「もしかして。ここは天国とかそういう類の場所でしょうか」
「は?」
何を切り出すかと思えば、今この雰囲気に全くと言って不釣合いで素っ頓狂な言葉だった。
僕が呆気に取られたせいか、自分がおかしなことを言っていると思ったのか
彼女は焦って言葉を付け加えてきた。
「えっと。私、もともと体が弱くて、移植手術をしたはずだったんです。だから本来なら病院にいるはずで、、、ここにいるのはおかしいっていうか、、。すみません、変なことを聞いてしまいました」
なるほど。そういうことだったのか。
僕の読みは当たったようだ。
凪の様な特異体質でない限り、他者が干渉することは滅多になく、生と死の狭間を彷徨いでもしない限りここにくることはできなかっただろう。
彼女は移植手術をしたと言ったが、果たしてそれが成功したのか失敗したのか。はたまた彼女の身体が耐えられなかったのかどうかは知らないが。
本体である彼女が危ない状況にあることは間違いなかった。
(凪のときと似ていますね、、)
まあいい。僕からではなく、彼女の方から歩み寄ってくるとは正直嬉しい誤算だった。
「構いませんよ。それにあなたが言った“天国か?”という質問についてですが、まあ近いとも言えるし遠いとも言えますね。」
「、、、そう、なんですか」
「クフフフ、えぇ。怖いのですか。死ぬのは」
「、、さあどうでしょうか。身体が弱いせいでろくに友達もいなかったから悲しむ様な人はいないし、やり残したこともない。私がいなくなったところで何も変わらない。ただ私の人生が終わるだけ、でも移植のドナーになってくれた方には申し訳ない、、ですね」
「なるほど。では運命なら死も受け入れるということですか」
「えぇ。やっとこれで苦しまなくて済むなら」
彼女は、不釣合いにも初めてニコリと笑った。自分の現状を受け入れているというより、諦めたという方が
しっくりきた。
僕の中で“絵から飛び出してきた様な異彩の女性”から“生きることを諦めた彼女”に変わったその形(なり)は、後者の方が儚げで美しいとも思えた。
「クフフ、終わりなどありませんよ。また、巡るばかりです。」
「どうかな、、」
「それではまた、会いましょう」
そう言い、踵を返そうとしたがまた彼女から呼び止められた。
「まって。最後に貴方の名前だけ教えて下さい。私、友達もいなかったしせっかく話せたから」
本来なら死ぬ運命にある人間に名前を教えるのは、無意味なことではあるが、今回は別だった。
「クフフ、僕の名前は、」
ーーーーーー
目が覚めると白い天井があった。
傍ではピッ、ピッ、ピッ、と規則的に鳴る心電図モニターの音が聞こえている。
私の口元を覆うマスクから流れている酸素がかえって息苦しさを感じさせた。
(あれ、、、私は、、あの人は、、、)
「むく、ろさ、、」
朧げに思い出す”名前“を呟いた。
私の声に気づいたのか、
はたまた止まりかけていた心音がすっかり戻ってしまったからか
複数の足音とざわつく声と共に私の周りに集まってきている様であった。
いつの間にか、枕元に置いてあった大好きな恋愛小説が風に靡いてぱらぱらと捲り上がっていた。
数年の時を経て、再会を果たす。そんな物語の小説だった。
「黄泉さん!先生、黄泉さんが目を覚ましました!」
どこかでまた巡り会えたその時は、僕の名前を呼んでくれますか。
ぱっと見読書が好きか、その作品が好きではない限り文章ばかりで読む気になれない様な、頭の硬い、かえって退屈になりそうな本。という印象だ。
目線を本から人物、風景に移すと、
アンティーク調のテラスに1人、重厚な本を読む女性はなんとも絵から飛び出してきたかの様に綺麗で、風が吹くたび女性の長い髪を靡(なび)かせていた。
女性が、風に靡いた髪を耳にかける仕草は何とも美しかった。
この光景は何度か見かけたことがあった。しかし今の一度も、女性の声を聞いたことも正面から姿を見たこともなかった。
本のページを捲(めく)る音と風音しか、今は聞こえない。
(彼女に会うのは何度目だろう)
ここは僕の精神世界だ。
いわば幻想散歩中であった。
凪の様な特異体質でない限り、他者が干渉することは滅多にない。
偶然にもどこかにいる彼女との波長が合ってしまった故にこうして巡り合ってしまった。彼女もまた、凪の時と同じで今は生と死の狭間を彷徨っているのであろう。
しかし、彼女の素性は全く分からない。僕が干渉しようとしていないからだ。
僕が声をかければ、その女性が自ずとこちらを振り返り何かを発するはずではあったが、それは誰も触れたことのない聖域に穢れた足を突っ込む様な気さえしたため躊躇(ためら)ってしまった。
(全くもって、僕らしくはありませんがね)
いつもと変わらない景色をまたいつもと変わらず見届けたところで、踵を返そうとした時、聞きなれない女性の声が僕を呼び止めた。
「あ、あの」
振り返ると、さっきまで本に目を落としていた女性がこちらをじっと見つめている。女性が顔をあげたのも、声を聞いたのも、正面から見つめたのも初めてだ。
ただ単に色白というより病的に白く、体格も細身で小柄な女性だった。
少々驚きはしたが平常心を装い、続けた。
「おや。話せるのですね。」
そう言うと彼女は困った様な顔をした。
「どういう意味でしょうか」
「いえ、こちらの話ですよ。」
「、、、、」
「それはそうと、僕を呼び止めた理由はなんですか?」
「あ、すみません。えっと、あのここはどこなのですか」
「おやおや、知らないのですね。ここがどこなのか」
彼女はより一層困った顔をした。本当に迷い子の様だった。ある意味間違ってはいないのだが。
何かを考える素振りをした後、また彼女はおずおずと僕に問いかけた。
「もしかして。ここは天国とかそういう類の場所でしょうか」
「は?」
何を切り出すかと思えば、今この雰囲気に全くと言って不釣合いで素っ頓狂な言葉だった。
僕が呆気に取られたせいか、自分がおかしなことを言っていると思ったのか
彼女は焦って言葉を付け加えてきた。
「えっと。私、もともと体が弱くて、移植手術をしたはずだったんです。だから本来なら病院にいるはずで、、、ここにいるのはおかしいっていうか、、。すみません、変なことを聞いてしまいました」
なるほど。そういうことだったのか。
僕の読みは当たったようだ。
凪の様な特異体質でない限り、他者が干渉することは滅多になく、生と死の狭間を彷徨いでもしない限りここにくることはできなかっただろう。
彼女は移植手術をしたと言ったが、果たしてそれが成功したのか失敗したのか。はたまた彼女の身体が耐えられなかったのかどうかは知らないが。
本体である彼女が危ない状況にあることは間違いなかった。
(凪のときと似ていますね、、)
まあいい。僕からではなく、彼女の方から歩み寄ってくるとは正直嬉しい誤算だった。
「構いませんよ。それにあなたが言った“天国か?”という質問についてですが、まあ近いとも言えるし遠いとも言えますね。」
「、、、そう、なんですか」
「クフフフ、えぇ。怖いのですか。死ぬのは」
「、、さあどうでしょうか。身体が弱いせいでろくに友達もいなかったから悲しむ様な人はいないし、やり残したこともない。私がいなくなったところで何も変わらない。ただ私の人生が終わるだけ、でも移植のドナーになってくれた方には申し訳ない、、ですね」
「なるほど。では運命なら死も受け入れるということですか」
「えぇ。やっとこれで苦しまなくて済むなら」
彼女は、不釣合いにも初めてニコリと笑った。自分の現状を受け入れているというより、諦めたという方が
しっくりきた。
僕の中で“絵から飛び出してきた様な異彩の女性”から“生きることを諦めた彼女”に変わったその形(なり)は、後者の方が儚げで美しいとも思えた。
「クフフ、終わりなどありませんよ。また、巡るばかりです。」
「どうかな、、」
「それではまた、会いましょう」
そう言い、踵を返そうとしたがまた彼女から呼び止められた。
「まって。最後に貴方の名前だけ教えて下さい。私、友達もいなかったしせっかく話せたから」
本来なら死ぬ運命にある人間に名前を教えるのは、無意味なことではあるが、今回は別だった。
「クフフ、僕の名前は、」
ーーーーーー
目が覚めると白い天井があった。
傍ではピッ、ピッ、ピッ、と規則的に鳴る心電図モニターの音が聞こえている。
私の口元を覆うマスクから流れている酸素がかえって息苦しさを感じさせた。
(あれ、、、私は、、あの人は、、、)
「むく、ろさ、、」
朧げに思い出す”名前“を呟いた。
私の声に気づいたのか、
はたまた止まりかけていた心音がすっかり戻ってしまったからか
複数の足音とざわつく声と共に私の周りに集まってきている様であった。
いつの間にか、枕元に置いてあった大好きな恋愛小説が風に靡いてぱらぱらと捲り上がっていた。
数年の時を経て、再会を果たす。そんな物語の小説だった。
「黄泉さん!先生、黄泉さんが目を覚ましました!」
どこかでまた巡り会えたその時は、僕の名前を呼んでくれますか。