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【中編】君ともう一度恋をする(巽)
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「タヌキさんは頭を打たれたんですよね……そのせいでしょうか」
マヨイくんが沈黙を破るかのように口を開く。状況が飲み込めない私はそのせいが何かが分からない。この人のことを知っているんだろうか。まだ名前すら分からない青磁色の髪をした青年を見上げると、彼はなんだか泣きそうな顔で私を見つめていた。
「頭を打ったから巽先輩のことを忘れてしまったってことかな?そんなことあり得るだろうか」
「でもでも、タヌキちゃんがタッツン先輩のことを忘れるなんてそれ以外考えられないよォ」
たつみせんぱい……たっつんせんぱい……それがこの人の名前だろうか。でも幾ら思い返しても聞き覚えはない。
「もしくは……タヌキさんが怒っていて演技をしているか、でしょうか」
「まってまって、マヨイくん。私演技なんてしてないよ。それに、その……えっと……その人、に怒るようなことされたの?」
名前を呼ぶことができなくて“その人”と呼ぶととても悲しそうな顔をされた。胸の奥がズキンと痛む。なぜだか罪悪感に苛まれてしまう。そんな顔をしないでほしい。
「俺が説明します」
菫色の瞳を揺らせながらその青年が前に出てくる。ベッドの横に膝を突き目線を合わせてくれても、やっぱりその顔には見覚えが無い。ズキズキと頭が痛んだ。
「……俺の名前は分かりますか?」
努めて穏やかな声を振る舞う彼に首を横に振る。「そうですか」と寂しげな声が返ってきた。
「俺の名前は風早巽。貴女の……いえ、ALKALOIDのメンバーです」
かぜはやたつみ、と復唱してみるがやはりその名前に聞き覚えは無い。風早、さんのスートはダイヤだという。マヨイくんがクローバー、一彩くんがスペード、藍良くんがハートだからそれはそうだろう。他の三人のスートが分かるのに、どうしてだかダイヤが誰だったのか、名乗られても私にはピンと来ない。いるはずなのにいない四人目。風早さんは言葉を続ける。
「そして、俺は貴女に謝らないといけません」
そういえば、さっきマヨイくんが私が怒っていると言っていた気がする。こんなに穏やかそうに見える人なのに、私は何かされたのだろうか。
「タヌキさんが怪我をしたのは……入院する羽目になったのは、俺のせいです」
「え……?」
今日見舞いに来てくれた人たちからも“事故”としか聞かされていなかった。この人が私に何かをした?初めて……会ったのにそんな人だとは思えず首を傾げてしまう。
「俺とタヌキさんは同じ舞台に出演する予定でした」
「……代役、立てたんですよね」
「はい……今も、練習をしています」
もしかして、私が邪魔で何かをされたんだろうか。そんな人には見えないけれど。風早さんがいなければ、私は舞台に立てていたんだろうか。
「その舞台の練習中、きちんと設置されていなかった大道具が倒れてきて、本来なら俺が下敷きになる所だったのですが、いち早く気付いたタヌキさんが俺を庇ってくれたんです」
大道具が倒れることに気付いた私は、風早さんを突き飛ばして変わりに下敷きになったらしい。それが事実なら、私は本当に風早さんを忘れているんだろうなと思えた。親しい人だったから体が動いたんだろう、多分。
俺のせい、なんていうから何をされたのかと身構えていたが私の自業自得のようなもので良かった。
「あの、気にしないでください風早さん……。風早さんには申し訳ないですけど、えっと、風早さんのことを忘れているということ以外は元気なので」
風早さんのことはすっかり忘れているようだが、今日来てくれた人たちのことは覚えているし、自分が今までしてきた仕事だって覚えている。だから気にしないでほしいと言いたかった。なのに病室には変な空気が漂う。
「あのぉ……巽さん、大事なことを伝えなくても良いんでしょうか……」
マヨイくんが私の顔と風早さんの顔を交互に伺う。
「大事な、こと?」
「うむ、君と巽先輩はこっ……!」
「一彩さん、今彼女は俺という知らない人に会い混乱しています。これ以上のことを伝えるのは酷というものです」
一彩くんが何かを言おうとした所を風早さんが止めに入った。私はまだ忘れていることがあるんだろうか。縋るようにマヨイくんや藍良くんに目をやっても曖昧に笑われて誤魔化されてしまった。一彩くんも止められた以上、口を開くつもりは無いらしい。
「あの……まだ忘れていることがあったら、教えてほしいんですけど」
怖ず怖ずと口に出すと、風早さんは人の良さそうな笑みを浮かべ首を振った。
「今言うべきことではないと判断したまでです。いずれお話しましょう。それよりもタヌキさん、スマホは確認しましたか?」
「スマホ……?いえ、母が預かってくれているみたいで……。明日には持ってきてくれるはずなんですけど」
「ではまだ見ていないんですね。悪いことは言いません。もしスマホを手にしても通話記録やメッセージアプリなどは見ないようにしてください。特に、俺とのは」
「え……それってどういう……というか、私は風早さんとそんなにやり取りするほど仲が良かった、んです、か?」
風早さんはまた哀愁を帯びた瞳で私を見つめてくる。だからつい目を逸らしてしまう。そんな目で見ないでほしい。なぜだか私も泣きたくなってしまうから。
「それもいずれお話しします。貴女をこれ以上混乱させたくないだけです。どうか、お願いします」
「……分かりました」
風早さんが真剣な顔をしてくるから大人しく首を縦に振る。あれだけ確認したいと思っていたスマホを持つのが怖くなってきた。一体どんなやり取りをしていたんだろう。
帰り際、藍良くんたちはまだ何か言いたそうだったけれど「ゆっくり休んでね」と帰ってしまった。静かになった病室で、ふと疑問が湧いた。私、どうしてALKALOIDと中が良かったんだっけ。……同じ事務所だから。そう、それは、確かにそうなんだけど、それだけじゃない理由があった気がする。頭が痛い。ズキズキとこめかみが痛み出した。なんだろう。私は何を忘れているんだろう。
こめかみを押さえながら自分が出演するはずだった舞台を思い出す。共演者、監督、演出家、衣装さん、照明さん……色んな人の顔と名前が出てくる。でもそこに風早さんはいない。風早さんの役名だって思い出せるのに、その役を誰がするのか私は知らない。でも、確かに誰かがそこにいた。事故にあった時のことはよく覚えていない。大きな音がしたような気がする。誰かが私のことを呼んでいたような気がする。でも、それだけでそれが誰だったのかは分からない。
『タヌキさん!』
そう、確かにそう呼ばれた気がする。それが風早さんだったんだろうか。どうして彼は、悲哀の目で私を見てくるんだろう。
◆◆◆
マヨイくんが沈黙を破るかのように口を開く。状況が飲み込めない私はそのせいが何かが分からない。この人のことを知っているんだろうか。まだ名前すら分からない青磁色の髪をした青年を見上げると、彼はなんだか泣きそうな顔で私を見つめていた。
「頭を打ったから巽先輩のことを忘れてしまったってことかな?そんなことあり得るだろうか」
「でもでも、タヌキちゃんがタッツン先輩のことを忘れるなんてそれ以外考えられないよォ」
たつみせんぱい……たっつんせんぱい……それがこの人の名前だろうか。でも幾ら思い返しても聞き覚えはない。
「もしくは……タヌキさんが怒っていて演技をしているか、でしょうか」
「まってまって、マヨイくん。私演技なんてしてないよ。それに、その……えっと……その人、に怒るようなことされたの?」
名前を呼ぶことができなくて“その人”と呼ぶととても悲しそうな顔をされた。胸の奥がズキンと痛む。なぜだか罪悪感に苛まれてしまう。そんな顔をしないでほしい。
「俺が説明します」
菫色の瞳を揺らせながらその青年が前に出てくる。ベッドの横に膝を突き目線を合わせてくれても、やっぱりその顔には見覚えが無い。ズキズキと頭が痛んだ。
「……俺の名前は分かりますか?」
努めて穏やかな声を振る舞う彼に首を横に振る。「そうですか」と寂しげな声が返ってきた。
「俺の名前は風早巽。貴女の……いえ、ALKALOIDのメンバーです」
かぜはやたつみ、と復唱してみるがやはりその名前に聞き覚えは無い。風早、さんのスートはダイヤだという。マヨイくんがクローバー、一彩くんがスペード、藍良くんがハートだからそれはそうだろう。他の三人のスートが分かるのに、どうしてだかダイヤが誰だったのか、名乗られても私にはピンと来ない。いるはずなのにいない四人目。風早さんは言葉を続ける。
「そして、俺は貴女に謝らないといけません」
そういえば、さっきマヨイくんが私が怒っていると言っていた気がする。こんなに穏やかそうに見える人なのに、私は何かされたのだろうか。
「タヌキさんが怪我をしたのは……入院する羽目になったのは、俺のせいです」
「え……?」
今日見舞いに来てくれた人たちからも“事故”としか聞かされていなかった。この人が私に何かをした?初めて……会ったのにそんな人だとは思えず首を傾げてしまう。
「俺とタヌキさんは同じ舞台に出演する予定でした」
「……代役、立てたんですよね」
「はい……今も、練習をしています」
もしかして、私が邪魔で何かをされたんだろうか。そんな人には見えないけれど。風早さんがいなければ、私は舞台に立てていたんだろうか。
「その舞台の練習中、きちんと設置されていなかった大道具が倒れてきて、本来なら俺が下敷きになる所だったのですが、いち早く気付いたタヌキさんが俺を庇ってくれたんです」
大道具が倒れることに気付いた私は、風早さんを突き飛ばして変わりに下敷きになったらしい。それが事実なら、私は本当に風早さんを忘れているんだろうなと思えた。親しい人だったから体が動いたんだろう、多分。
俺のせい、なんていうから何をされたのかと身構えていたが私の自業自得のようなもので良かった。
「あの、気にしないでください風早さん……。風早さんには申し訳ないですけど、えっと、風早さんのことを忘れているということ以外は元気なので」
風早さんのことはすっかり忘れているようだが、今日来てくれた人たちのことは覚えているし、自分が今までしてきた仕事だって覚えている。だから気にしないでほしいと言いたかった。なのに病室には変な空気が漂う。
「あのぉ……巽さん、大事なことを伝えなくても良いんでしょうか……」
マヨイくんが私の顔と風早さんの顔を交互に伺う。
「大事な、こと?」
「うむ、君と巽先輩はこっ……!」
「一彩さん、今彼女は俺という知らない人に会い混乱しています。これ以上のことを伝えるのは酷というものです」
一彩くんが何かを言おうとした所を風早さんが止めに入った。私はまだ忘れていることがあるんだろうか。縋るようにマヨイくんや藍良くんに目をやっても曖昧に笑われて誤魔化されてしまった。一彩くんも止められた以上、口を開くつもりは無いらしい。
「あの……まだ忘れていることがあったら、教えてほしいんですけど」
怖ず怖ずと口に出すと、風早さんは人の良さそうな笑みを浮かべ首を振った。
「今言うべきことではないと判断したまでです。いずれお話しましょう。それよりもタヌキさん、スマホは確認しましたか?」
「スマホ……?いえ、母が預かってくれているみたいで……。明日には持ってきてくれるはずなんですけど」
「ではまだ見ていないんですね。悪いことは言いません。もしスマホを手にしても通話記録やメッセージアプリなどは見ないようにしてください。特に、俺とのは」
「え……それってどういう……というか、私は風早さんとそんなにやり取りするほど仲が良かった、んです、か?」
風早さんはまた哀愁を帯びた瞳で私を見つめてくる。だからつい目を逸らしてしまう。そんな目で見ないでほしい。なぜだか私も泣きたくなってしまうから。
「それもいずれお話しします。貴女をこれ以上混乱させたくないだけです。どうか、お願いします」
「……分かりました」
風早さんが真剣な顔をしてくるから大人しく首を縦に振る。あれだけ確認したいと思っていたスマホを持つのが怖くなってきた。一体どんなやり取りをしていたんだろう。
帰り際、藍良くんたちはまだ何か言いたそうだったけれど「ゆっくり休んでね」と帰ってしまった。静かになった病室で、ふと疑問が湧いた。私、どうしてALKALOIDと中が良かったんだっけ。……同じ事務所だから。そう、それは、確かにそうなんだけど、それだけじゃない理由があった気がする。頭が痛い。ズキズキとこめかみが痛み出した。なんだろう。私は何を忘れているんだろう。
こめかみを押さえながら自分が出演するはずだった舞台を思い出す。共演者、監督、演出家、衣装さん、照明さん……色んな人の顔と名前が出てくる。でもそこに風早さんはいない。風早さんの役名だって思い出せるのに、その役を誰がするのか私は知らない。でも、確かに誰かがそこにいた。事故にあった時のことはよく覚えていない。大きな音がしたような気がする。誰かが私のことを呼んでいたような気がする。でも、それだけでそれが誰だったのかは分からない。
『タヌキさん!』
そう、確かにそう呼ばれた気がする。それが風早さんだったんだろうか。どうして彼は、悲哀の目で私を見てくるんだろう。
◆◆◆