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誕生日に読む話
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「ねぇ、どういうこと?」
待ち合わせ十分前に来たくせに、俺が既に居たから「待たせちゃいましたか?」と申し訳なさそうなタヌキに吼える。
余裕で間に合ってるんだから、もっと自信を持てばいいのに、俺の機嫌が悪そうなのを察知して縮こまって「すみません」を連呼する姿に更に腹が立ってくる。
「遅刻してないんだからそんなに謝まんないですよねぇ。それより俺が怒ってんのはさぁ、なんで誕生日教えてくんなかったわけ?」
「え……誕生、日?……あぁ」
誕生日とは?と考えた後、合点がいったタヌキがそういえばこないだ誕生日だったと気づく。それが何かと首を傾げるもんだから、ついついつきたくもないため息を連発してしまう。
「過ぎてんじゃん。何?祝われたくない理由でもあったの?」
「いえ、別に……まぁいっか、って」
「何それ、ばかじゃないのぉ。言ってくんないと祝えるものも祝えないでしょぉ」
「でも、その頃泉さんフィレンツェだったじゃないですか」
「それは、そう、だけど……電話ぐらいはできるでしょ。ちゃんと祝わせなよね」
一応彼氏なんだし。あんたの生まれた日なんだし。まぁ誕生日知ったのも暇つぶしにあんたのプロフィールページ見てたからなんだけど。ほんとに、こういうことはちゃんと言いなよね。
「気持ちだけで嬉しいですよ?そんなことより、今日連れて行きたいところってどこですか?」
「あぁそれ。予定変更」
「え?」
「今日はあんたに付き合うから」
「え?」
「行きたい所とか、欲しい物とかないわけ?」
「えぇ?」
それが誕生日プレゼント、と言えばタヌキがうんうん唸りだす。「私の行きたい所よりも泉さんの行きたい所の方が」なんて言うけど、ダメ。今日はあんたがワガママを言う日。
「なんかないの?一つぐらいあるでしょ?」
「えぇっとぉ……うーん……あ……」
「なんだちゃんとあるじゃん。何?どこでも連れてってあげるよぉ」
「いや、でも、やっぱ……」
「いいから、ほら、行くよ!」
煮え切らないタヌキに再度吼えてどこへ行きたいのか聞き出す。小さな声で返ってきたのは大型の商業施設の名前だった。ここに行けば大抵の物は揃っていて、注目されているブランドもいくつか展開している所だ。なんだ、ちゃんと欲しいものあるじゃん、と気を良くしてとっとと移動することにした。
「それで?何が欲しいの?なんなら、上から下まで全部コーディネートしてあげてもいいよぉ」
「えぇっと……でも、あの、やっぱり……いい、かな」
「ちょっと、ここまで来て変な遠慮しないでよね。ほら、どこ行きたいの」
宥めても促してもタヌキは覚悟が決まらない様子で「あの」「えっと」を繰り返す。なんなの。いい加減、腹立ってくるんだけど。
って、今日はこの子の誕生日を祝うんだった……。こっちだって怒りたいわけじゃないんだけどねぇ。
「あの、泉さん、怒らない?」
「怒られるような場所に連れて行かれるわけぇ?とりあえず言ってみなよ。怒るかどうかはその時考えるから」
俺の趣味とは真逆の店を提案されようが、全く興味のないゲームコーナーに連れて行かれようが、まぁ今日はタヌキの誕生日だし付き合ってあげる。そう思って待つと、タヌキから出た言葉は予想していなかった場所だった。
「あの、観覧車に……乗りたくて」
「は、観覧車?」
たしかにここには大きな観覧車があって、それも一つの目玉にはなっているけど。……観覧車に乗るためにわざわざここに来たわけ?相変わらずよくわかんない子だよねぇ。
まぁいいや。付き合ってあげる、って言っちゃったし。
「ふぅん、じゃあほら行くよ」
「え、いいんですか?」
「いいも何も、あんたがしたいことなんでしょ?だったら今日は付き合ってあげる」
観覧車乗り場は数組の親子連れがいるぐらいで、早くに乗れそうだった。こんな所で乗った所で、周りは建物ばっかりなのに何が楽しいんだかねぇ……とタヌキを見ると、落ち着かないのかそわそわしていた。
「あんた、そんなにこれに乗りたかったの?」
「え、えぇっと……まぁ、はい……」
何かを隠して笑う様子が気持ち悪かったけど、楽しみにしてるならそんなものかと気にしないことにする。家族連れを幾つか見送ると、すぐに自分たちの番になった。
係員が「行ってらっしゃい」とドアを閉めると二人だけの空間になる。まぁこういうのも悪くはないか、なんてちょっと浮ついた気分でいたのに、タヌキときたら窓の外と俺とをチラチラと見ては本当に落ち着きがない。
「ちょっとは落ち着いたら?乗りたかったのにそんなんじゃ楽しめないでしょ。どうせ十分ぐらいはこの中で二人っきりなんだし。そんな風にされたら俺も落ち着かないんだけどぉ?」
「あ、ご、ごめんなさい!」
大人しくします、と背筋を伸ばして窓の外を眺めだすタヌキ。時々「わぁ」とか「高い……」とか声が聞こえてきて、ちゃんと楽しんでいるようだった。
緩やかに変わっていく景色に時間もリンクしているようで、ゴンドラの中は時間の進みが遅く感じられた。
まぁ、こういうのも良いかもね。
タヌキの横顔を見ながらそう思えた。
「一周終わると、長いんだか短いんだかわかんないよねぇ。どう?楽しめた?」
「あ、はい……」
やりたいことをやったはずなのに、タヌキの返事は明るくない。忘れ物でもしてしまったのかと聞くと「忘れものと言えば、忘れもの、なんですが……」と歯切れも悪い。
「はぁ?だったら早く戻らないと」
「あ、いえ、荷物とかそういうのじゃなくて……その……いえ、いいんです。良い眺めでしたね」
全然満足そうには見えなくて、自分の中で苛立ちが募ってしまう。行きましょうと促されてもその場を離れる気になれなかった。
「いいわけないでしょお。今日はあんたの誕生日に付き合うって言ったよねぇ。なんか気にかかることがあるならちゃんと言いなよ」
釈然としない思いを言葉にすると、タヌキは逡巡しながら口を開いた。
「……怒りませんか?」
「またそれ?……まぁいいや。言ってごらん。怒らない努力はしてあげるから」
「あの……泉さんと、その……キス、したくて」
「はぁ?」
怒る怒らないの前に何を言っているかが分からない。瞬発的に出てしまった大きな声に、俺が怒っていると勘違いしたタヌキは慌てて弁解し始める。
「あの、観覧車の天辺で、キ、キスしたら、その……ずっと一緒に、いられるらしくて……」
誰が言い出したわけ、そんなくだらないこと。一蹴するのは簡単だけど、目の前のタヌキがそれに憧れているということは見れば分かった。
だからずっとそわそわしてたわけね。
「バカなんじゃないの?」
「ですよね、ごめんなさい」
再び「行きましょう」と今度は手を取り、歩み出そうとするタヌキの小さな手を逆に引っ張り引き留める。
「しないとは言ってないけど」
「はい?」
「ほら、もっかい行くよ」
くるりと方向転換をして、もう一度観覧車乗り場へと歩みを進める。ズンズンと進んで行く間、後ろからはタヌキの困惑している声が聞こえてきた。
「えぁ、え、でも」
「行くの?行かないの?」
「い、行きます!」
そう、素直に着いてくればいい。
もういらない、って言うほど、最高の誕生日プレゼントにしてあげるから。
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