変換してね
誕生日に読む話
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「誕生日には、どこへ行きたいですか?」
そう聞かれて、巽さんと一緒ならどこでも!とアホの子のような返事をしてしまった。巽さんにしては珍しく逡巡した後「では、俺にまかせてください」と微笑んだ。まさか誕生日を巽さんと過ごせるとは思っていなかったので、本当に一緒にいられるだけで良かった私は二つ返事で了承した。
「あの、どこへ連れて行ってくれるんですか?」
「ふふ、ついてからのお楽しみです」
当日、車で迎えに来てくれた巽さんはいたずらっ子のように笑う。巽さんのことだから……と行きそうな場所を巡らせるが私の予想は外れて車は高速道路へと進んで行く。いくら聞いてもはぐらかされ、行き場所の見当がつかず、諦めてぼんやりいと窓、に写る巽さんを眺めることにした。
真っ直ぐ前を見て運転をする巽さんはかっこいい。
藍良くんとか、マヨイさんには、「よく乗れるねェ」って関心されるけど、私は巽さんとドライブへ行くことは好きだ。まぁ、たしかに?時々?あら、って思う運転の時はあるけども……巽さんが楽しそうに運転をしている姿が見られるなら、そんなのどうでもよくなってしまう。
今日も私の彼氏がかっこいい。
と、窓の外を見るふりをして眺めていると、ぱち、と窓越しに巽さんと目が合ってしまった。慌てて視線を奥へとやるが、目が合ったことが分かっている巽さんに笑われてしまう。
「楽しいですか?」
景色のことでは無いだろう。
「楽しいですよ、とっても」
開き直って答えると、巽さんも「それは何よりです」と楽しそうなので、それからは遠慮なく眺めさせてもらうことにした。
眺めながら、最近の近況を伝え合う。忙しくなって会えなくて申し訳ないと謝られるが、アイドルとして忙しいのはありがたいことだから、気にはしていないと答える。それに、忙しい中、こうやって誕生日にわざわざデートをしてくれるのに、不満なんてあるわけない。そしてそういえばと気づく。
「……巽さん、疲れてない?疲れてたら運転代わるよ?」
「いえ、お気遣いありがとうございます。ですが、運転は俺にとっても良い気分転換になるので」
「そう?じゃあ、いいんだけど」
巽さんは最近忙しい。ユニット活動に加え、ソロでの仕事も増え来期はドラマも決まっている。ただ少し心配なのは、それが、恋愛モノということだ。だからどうということはないけど、やっぱり、少し、心がざわつく。仕事が増えるのは嬉しいけれど、それとこれとは別、という複雑な乙女心だ。
「タヌキさんの方こそ、疲れてはいませんか?」
「え……」
「気のせいならすみません、少し元気が無いように見えたので」
あー……と曖昧に気の抜けた返事をしてしまう。正直に言ったら困らせてしまうだろうか。少しのワガママなら、今日は許されるだろうか。
「ちょっと……巽さんのドラマの心配を……」
「俺の?」
「だってやっぱり恋愛ドラマなんて心配だもん」
子どものように頭を振る私を目の端に止めた巽さんはこらえきれず、笑い声をあげる。
「ははっすみません、笑ってしまって……。タヌキさんが可愛らしいことを言うので、つい」
「どうせ私は子どもですよ」
「嬉しいです、と言ったら変かもしれませんが……タヌキさんが心配するようなことは何もないですよ」
フロントガラス越しに巽さんが幼子をあやすように笑う。誕生日が来たところで私はいつまでも子どもだ。
「疑ってるとかって、わけじゃないですよ?」
口を尖らす私と裏腹に、巽さんは「知っています」と、余裕のある声だった。「ほんとですからね」となけなしの強がりを言う。ドラマの中だろうと、巽さんといちゃつけるのずるい、なんて余計に笑われてしまいそうだった。
高速道路を降りて更に郊外の方へ車が走ると、時たま看板が目に入るようになってきた。テレビか雑誌かで見かけた名前の公園の看板を追うように車は進んで行く。「もうすぐですよ」と言われ数十分後にはだだっ広い駐車場へと着いた。
「チューリップ……?」
そこかしこの看板に写っている花の名を口に出すと「そうです」と拾ってくれる。
「今の時期、見頃なんだそうです」
さらりと言う巽さんに規模も何も分かっていない私は「へぇ」と答える。公園という名前とともに、ゆっくり散歩でもするのだろうとのん気に考えていた私は入り口に着いた瞬間大きな声を上げることになった。
「ひろっ!すごっ!」
「100品種以上のチューリップがあるそうですよ」
料金所でパンフレットを貰ってきた巽さんは目の前の景色に驚くことなく説明をしてくれる。
「100……全部違い分かるかな」
「時間はあります。ゆっくり見て回りましょう」
丘陵を歩いて行くと見渡しても見渡してもチューリップが色鮮やかに咲き誇っていた。赤、白、黄色、ピンク、そしてまた赤。広い園内をまるで絨毯のように広がっている。
「きれい……すごい……こういう所来ると、自分がすごく小さい存在だなって思い知らされる」
「俺にとっては、タヌキさんはとても大きな存在ですよ?」
「そうだと嬉しいんですけど……」
会えなくて寂しい、とか、恋愛ドラマに出ないでほしい、なんてすごく小さな悩みに思えてしまう。この景色を一緒に見られていることがどれだけ幸せなことなんだろうか。
「タヌキさん、展望台もあるそうです。行ってみましょう」
「はい」
差し出された手に手を重ねる。体温を感じられて、あぁ今巽さんの隣りにいるのは私なんだな、と実感できた。
展望台に上り、園内周遊バスにも乗り、チューリップ畑を堪能する。100品種見つけられたかは分からないけど、二人でたくさんの写真を撮りあった。気づけばあっという間に夕暮れ時になり、オレンジの光を浴びるチューリップ達もきれいだった。
「そろそろ戻りましょうか」
もう少し、と言えば叶えてくれる願いを飲み込む。ワガママは終わりだ。
出口へ向かっていると、その一角に人だかりが出来ていた。今日の記念に、とチューリップを一本ずつ包み配っていた。ちらりと巽さんを見て、「ほしい」と訴えれば、「もちろん」とでも言うように手を引かれる。
「どうぞ、お好きな物をお持ち下さい」
とスタッフに声をかけられ悩んでしまう。どれも可愛い。
やっぱり赤が鮮やかだろうか、黄色の方が部屋が明るく見えるだろうか。
「恋人同士で交換される方もいられますよ」
誰ともなしに声をかけるスタッフに、近くにいたカップルが「そうしよー」と声を上げる。男性が「それならやっぱりピンクだろ」と迷いなく彼女へプレゼントしていた。
「俺も、貴方へ贈ってもよいでしょうか」
「え、いいの?」
願ってもない申し出に私の声は弾む。じゃあ私は巽さんへ贈ろう。赤もピンクも似合いそうだけど、やっぱり一番しっくりくる色は……。
「じゃあ巽さんには白いチューリップ」
「ありがとうございます……えぇっと、理由を聞いても?」
「うん?一番似合いそうな色だから」
理由を伝えると「そうですか」と暖かな微笑みを向けてくれる。巽さんは何色を選んでくれたんだろう、とわくわくしていると、スッと一本のチューリップを差し出された。
「……むらさき?」
意外な色を渡され首を傾げてしまう。私のイメージって、巽さんの中で紫色なんだろうか。
「俺の気持ちです。受け取ってくれますか?」
頭に『?』を浮かべながら受け取ると、後から来た女の子達の声が耳に届く。「チューリップにも色で花言葉が違うんだってー」「えーじゃあ私はねー」何かを読み上げている彼女達に目を向けると文字を羅列している看板が目に入った。あ、花言葉か、と遅れて意識し、紫色を確認する前に私の足は一歩を踏み出した。
「あ、た、巽さん?」
その場を逃げるように、巽さんに手を引っ張られたのだ。花言葉を確認したくて振り向くが、巽さんが歩いて行くのでそれはもう叶わない。
彼の耳が赤いのと、花言葉の意味に気づくのは、もう少し後の話。
1/6ページ