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誕生日に読む話
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「やぁ、タヌキちゃん。誕生日おめでとう」
誕生日は何もしない!と前々から周りに宣言して有休を取り、いつもより遅く目覚めた朝。見計らったかのようにインターホンが鳴った。ちょっとだけイラッとしながら画面を見ると、さわやかな笑顔の英智くんが映し出された。
画面ごしに、不機嫌な声は隠さず「なに?」と答えても彼はめげず、「おはよう。開けてほしいな」と私の機嫌なんて気にしてない様子で返してくる。
帰ってと言っても帰らないのは知っているし、そのまま居座られても困るし、適当に相手したら向こうは忙しいから勝手に帰るだろう、と思って着替えもせず、髪すらもとかさず出てやった。
するとどうだ。飛び込んできたのは赤いバラが印象的な豪華な花束。何、と顔を上げれば相変わらず英智くんは笑顔のまま祝いの言葉を述べた。
「あ、ありがとう……えっとそれ言うために、わざわざ?」
「うん。君がこの日は休みを取っていると聞いていたからね」
受け取って?と首を傾げないでほしい。花束と顔の良さが相まってどこかの王子様にしか見えない。
「わーありがとー。英智くん、これから仕事とかあるんでしょ?頑張ってねー」
それじゃあねー、と流れでドアを閉めようと引いたのに、ガッと何かに阻まれドアは閉まらなかった。
「僕も今日は休みなんだ。このままどこかに出かけないかい?」
隙間に足を突っ込みながら笑顔で圧をかけてくる。どうせ何を言っても無駄なのは分かっていた。だからもう「はい」と答えるしかなかった。
とは言っても何も準備をしていないので、30分だけ待って、と頼み込み必要最低限身だしなみを整えた。花瓶を探す暇もなくて……っていうか多分家に無いんだけど、牛乳パックに水を入れ、無造作に生けることになってしまった。鮮やかな花達もきっと、こんな所に入れられるために咲いているわけじゃないだろうに。
「ふふ、時間ぴったりだね」
色々粗が目立つ私とは違って余裕そうな笑顔に腹が立つ。
一緒にマンションの階段を下りて行くと、見慣れない車が2台目に留まった。1台は英智くん御用達の車として……。イヤな予感がする。
「これも、受けとってくれるかな?」
薄い黄色のコロンとしたシルエットの車の横に立ち、英智くんは花束をくれた時と変わらない様子でそう言った。
「は……?」
イヤな予感がしていたから多少身構えていても、実際にそう言われると言葉が出なかった。この世にこんな簡単に車をプレゼントされることなんてある?しかも左ハンドル。運転したことないよ。
「い、いらない……」
絞り出した声はひどく情けないものだった。
「え、どうしてだい?タヌキちゃん、そろそろ車検だから車買い換えようかなって言ってたじゃないか」
言ってた。確かに。でもそれは私の身の丈にあった軽の新車に乗り換えようかな、ってことでこんな目玉が飛び出そうな高級車に乗りたいわけではない。説明して伝わるか分からないけれど。
「えぇっと……あー、買おう、かなって、思ってる、車があってぇー……だからこれはちょっと、うん、好みじゃない、かな?」
苦し紛れの言い訳でも、好みじゃないなら仕方ないね、と思いの外あっさりと引いてくれた。花束みたいに押しつけられたらどうしようかと思った。維持費が払えない。
「それじゃあ君の好みの車をプレゼントさせてもらおうかな」
「いやいいです、自分で買うから。というかまだ検討中だから」
検討も何もそんな車はまだ存在していない。英智くんの前じゃ絶対車の話しないようにしよう。
「そうかい?それじゃあ……」
「いらないいらない、何もいらない。花貰ったし十分だよ」
車が必要ないなら家にするかい?なんて言い出しそうな英智くんを全力で止める。あの花達だって、色も形も整っていたからいい値段がするだろうに。女の一人暮らしの台所で牛乳パックに入れられるとは思ってもいなかったに違いない。
私が断った車は英智くんのおつきの人がどこかへと走って行った。返品するのか、それとも天祥院家の車になるんだろうか。
「どこへ行きたい?」
聞かれても今日はゆっくりする気分だったから困ってしまう。
「なんでも買ってあげるよ」と英智くんは屈託無く笑う。別に何も欲しくない。そう言うと、彼は少しだけ寂しそうだ。
「君が望むモノは何でも与えたいんだけどな」
「望むもの、ねぇ……」
英智くんにまかせる、と言ってしまえば普段使いに気後れしそうなアクセサリーや家でどうやって洗濯しようか迷いそうな洋服を買ってくれそうだ。それは避けたい。帰ってくれるのが一番嬉しいと言ってしまおうか。だって私は今日なにもする気じゃなかったんだもん。
でも、なんやかんや、英智くんと出掛けるのが嬉しいと思ってしまう自分もいるんだよ。
「ねぇ英智くん、私の車で出掛けても良い?」
「え、それは構わないけど……せっかくの誕生日なんだし、行きたい所があるなら連れて行ってあげるよ?」
「うぅん、自分で運転したいから。まぁ、英智くんが狭い車内でも大丈夫ならなんだけど」
それはもちろん気にしないよ、と英智くんはもう一台、自分が乗ってきた方の運転手さんにも声を掛けて帰ってもらった。
英智くんが使ってる車とは似ても似つかないこじんまりとした小さな車に乗り込む。英智くんを乗せるのは初めてじゃないけれど、見る度に、似合わない、と思ってしまう。不釣り合いなのだ、私と英智くんは。
「それで、どこへ連れて行ってくれるのかな」
私のもやっとした心情になんて気づかない英智くんは嬉しそうだ。
「とりあえず、朝ご飯を買いに行きます」
「朝ご飯……」
「そう、誰かさんが起きた直後に来たからまだ食べてないの」
「それは、すまなかったね」
「別にいいよ。その代わり、ちょっと遠いけど付き合ってね」
シートベルトを締めて、エンジンをかけると聞き覚えの音楽が車内を彩る。あ、っと思う前に、英智くんが口を開いた。
「僕たちのアルバム、聞いてくれているんだね」
しまった、と思ってももう遅い。今更CDを入れ替えるのも癪に障るのでそのまま流し続けることにした。
「だって、好きなんだもん……日々樹さんが!」
「それは渉も喜ぶだろうなぁ」
私の捨て台詞のような言葉に可笑しそうに肩を揺する。初回特典も買ったし、店舗別特典で貰った貼る予定のないポスターも家に眠っている。でもそれは、英智くんを喜ばせるだけだろうだから言ってあげない。
「今更だけど、英智くんお仕事休めたの?」
「ふふ、今日のために割と頑張ったんだよ」
「へぇー」
「こう見えても僕は君のことが好きだからね。君が生まれた日を一緒に過ごしたかったんだ」
「だったら前もって連絡しといてよ」
「おや、そうしたら君は約束をしてくれたかい?」
「うーん、多分断ってた」
だからだよ、見透かしているような声が返ってきた。
だって約束したら、肩が懲りそうな場所に連れて行かれるじゃない。
私はそんな所よりも、郊外にあるパン屋さんに行きたい。
fineのアルバムが一周するぐらい車を走らせると、目当てのパン屋さんへと着いた。駐車場は狭くて、英智くん家の車だと他の人の邪魔になりそうなぐらいだ。
「へぇ君はパンを食べるためにこんな所まで来るのかい?」
「たまにだよ。遠いから。まぁ、でも、今日は特別」
英智くんは、誕生日だから、と受け取ったかもしれない。
そろそろ本格的にお腹も空いてきて、今ならパンも3つや4つぐらい入りそうだ。お店に入ると、焼きたてのパンの香りがたちこめる。つやつやと光るそれらが、買って買ってと囁いてくる。
「うわぁ目移りする。英智くんは?何か食べる?」
トレーとトングを持って振り向くと、私以上にそわそわキョロキョロと落ち着かない様子の英智くんがいた。コンビニデビューはしたらしいけど、こんな所は来ることも無いだろうから珍しいんだろう。
「……トレー、持つ?」
「いいのかい?」
「トング、使う?」
「あぁ、ありがとう」
持っていた物を渡してあげると、子どものようにカチカチとトングを鳴らしていた。自分の買うの以外取っちゃダメなんだよ、とか、手前から取るのがマナーなんだよ、とか、小さい子に教えてあげるような言葉を伝える。それを、うんうん、と聞く姿は素直で可愛らしい。
「どこで食べよっかー」
買った後、再び車に戻りスマホでどこか良い場所がないか探す。郊外なだけあってもっと山の方へ行けば展望台があるようだ。天気が良いし、せっかくなのでそこを目指すことにした。
「英智くんて、こういう所来るの?」
数十分後、地図に案内され着いた所は山の展望テラスだった。木々が広がる緑の下に住宅街が見える。テラスには景色を眺めるためのベンチが二つ。それ以外は何もない。
「ふふ、さすがにこんなに何も無い所はロケでも来ないなぁ。タヌキちゃんは?」
「私も。清々しいほど何も無いね」
でもおかげでゆっくりできそうだ。
買ってきたパンを取り出し遅めの朝食、というか早めの昼食にありつく。口コミの評価が良いだけあって、時間が経っても美味しい。
「ねぇタヌキちゃん」
「なぁに?」
「せっかくの誕生日なのに、こんな所で過ごしていいのかい?」
「うん、いい」
即答すると、英智くんは少し驚いた顔をしていた。
英智くんからすれば、こんな何も無い山の中で、お手頃価格なパンを食べるなんて、意味のないことなのかもしれない。それが誕生日なら尚更だ。きっと英智くんも、私を非日常な空間へ連れて行こうと計画していたに違いない。でも私は、日常に、ちょっと毛の生えたような、こんな事がいい。
「ちゃんと楽しいよ」
誰にも邪魔されない、英智くんとの時間だからとは言ってあげないけど。
他愛もない話をしながらパンを食べた後、ぶらぶらと展望台の周りを散策する。多少整備はされていたけど、本当に何もない所だった。歩いている間も英智くんは、「本当に何もいらないのかい?」と誕生日の心配をしてくる。でも欲しいものないし、と答えれば物足りなさそうな顔をする。
「じゃあさー花瓶買って」
「花瓶?」
「そう。今日英智くんがくれた花束、花瓶無いから牛乳パックに入れてるんだよねー」
「牛乳パック……」
花束と牛乳パックがイコールしなかったようで英智くんは考え込む。庶民の知恵だよ。
「でも英智くんのお家にあるような大きいのじゃ困るからね。私の部屋に丁度良い大きさで、似合いそうな花瓶だからね」
「なるほど。分かったよ、楽しみにしておいで」
どんな花瓶を想像しているんだろう。宝石が埋め込まれたりしていないだろうか。名のある人が造った花瓶になるだろうか。何にせよ、私の部屋には不釣り合いな花瓶になるだろう。まぁそれでもいいか。
「なんなら今から買いに行こうか」
「えーもう帰ってゆっくり過ごすー」
録画していたドラマでも見ようか、それとも配信されてる映画でも見ようか。
「英智くんも一緒に見る?」
「ふふ、それもいいね……うん、でも、満足したから僕は帰るよ」
「そう?」
山の中でパンを食べただけだけど……誕生日だから多少は遠慮してくれてるんだろうか。いつもなら私には身分不相応な場所へ連れて行かれるのに。
「……いつもこうならもうちょっと付き合うのに」
「何か言ったかい?」
「別にー。英智くんどこに帰る?私の家?それとも英智くん家?」
「うーん、そうだな。送ってもらうのも悪いし、タヌキちゃんの家に向かってもらって構わないよ」
「分かった」
言うなり英智くんはスマホを取り出しどこかへ連絡をしている。きっといい時間にお迎えに来てくれるよう頼んでいるんだろう。
再び小さな車に2人で乗り込み来た道を戻る。もちろん、BGMはfine。
「今度のライブにはぜひ来てほしいな」
「えぇーありがたいけど関係者席はやだなー」
「ふふ、君の好きな渉も見れるよ?」
「それは興味あるけども」
まだ夕暮れにもならない時間に家に着く。もう既に天祥院家の車は来ていて、英智くんは牛乳パックに入った花束を見ることもなく車に乗り込んだ。やっぱり、そっちの方が似合ってる。
「じゃあね、英智くん。……誕生日、祝ってくれてありがとう」
ちゃんと言ってなかったなと思い言葉にすると、お礼を言われると思っていなかったのか驚いた顔をされた。驚くぐらいなら、約束もせず家に来ないでほしい。
「次は花瓶も持ってくることにするよ。……ねぇタヌキちゃん」
「うん?なに?」
「花は、ちゃんと見てくれたかな」
「え、うん。見た、よ?」
「ちゃんと本数まで数えてくれた?」
「数?」
「そう。答えが分かったら、応えてほしいな。それじゃあ、今日はありがとう」
少し引っかかる言葉を残して英智くんは帰っていった。
数なんて覚えてるわけないじゃん、と思いながら未だ無造作に牛乳パックに入れられている花束に目をやる。
「どれを数えたらいいんだろう……やっぱり、バラかなぁ」
カーネーションやかすみ草、あと名前の分からない花も色とりどりにあるが、一際目を引くのは真っ赤なバラだった。花言葉なんて分からないのでスマホで意味を探しながら答え合わせをしていく。
「……なるほど。ちゃんと言葉にしてくれたらいいのに」
さて、彼の誕生日にはバラを何本贈ろうか。