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健康優良児で遺伝子相性も抜群だったため天祥院家の婚約者(仮)になりました
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王子様が出てくる童話は最後はいつもハッピーエンドだった。でもこのお話はハッピーエンドに向かっているかどうかとても怪しい。
私は今駅からほど近いホテルへ全力で走っている。息は既に上がり苦しいがこれ以上あの人を待たせるわけにはいかない。家族旅行でも絶対使わないよう立派なホテルに入ってきょろり、と辺りを見渡すだけでホテルのスタッフさんの方から声をかけてくれることにももう慣れた。最上階にほど近いスウィートルームに通されば、そこには優雅に紅茶を飲んでいる王子さまが私を待っていた。
「やぁ、遅かったね」
高級ホテルの一室で私を待ち受ける王子の名は天祥院英智さま。その王子に迎えられる私はお姫様、でもなんでもないただの高校生。
「ご、ごめんなさい!学校出ようと思ったら先生に、っ捕まっちゃって……」
天祥院さまは私の言い訳なんて興味なさそうに「座ったら?」と椅子を勧めてくる。まだ息が整いきらないのでありがたくふっかふかの椅子に座らせてもらう。婚約者、正しくは契約者になってから数ヶ月。こうして月に何度か合っている内に顔の良さに圧倒されず話せるようになってきた。
「早速だけど、今日は君にプレゼントを用意したんだ。気に入ってくれると嬉しいんだけど」
言うが否や天祥院さまは立ち上がり隣の部屋へ私を招く。ちょっと休憩したいな、と思ったのだが待たせてしまったのは自分なので大人しくついていく。ホテルって、各部屋一室じゃないんだ、と思ったのが遠い昔のようだ。今じゃ高級ホテルに制服で1人で入りVIP扱いを受けている。もちろん、VIPなのは私じゃなくて天祥院さまで私はそのおまけみたいなもんなんだけど。人間の慣れって怖ろしい。
「どうかな」
「ひぇっ!」
通された部屋には『ここはベルサイユ宮殿』と思うほどのドレスやら靴やらアクセサリーが所狭しと並び飾りたてられていた。お目にかかったことのない高級品と分かるそれらに囲まれながら天祥院さまは私の驚いた顔を満足げに見ている。
「君の好きそうな物を集めさせたんだよ」
「す、すき?」
「君はお姫さまが好きなんだろう?ほら、これなんてどう?」
天祥院さまが手に取ったのはピンクのプリンセスラインのドレス。その名の通り、どこかのお姫さまが着ていそうなほど裾が大きく膨らみ、細かいレースがふんだんに使われている。可愛い!と思ったのは束の間、どこに着ていくんだ!と脳内はすぐに切り替わった。それに悲しいかな、デコルテ全快で肩紐のついていないそれを着て一歩でも進んだらずり落ちてしまいそうだ。何がとは言わないけど。
「えぇっと……ありがたいんですけど、着ていく所が無いです」
申し訳なく返せばウキウキと嬉しそうに天祥院さまは「舞踏会でも開こうか」と言うので丁重にお断りした。付き合いが始まって数ヶ月、うっかり「ぜひ」なんて言えば本気で開かれかねない。
「舞踏会なんて開いて婚約者って認識されて困るのは天祥院さまじゃないんですか?」
「ふふっそうだね。でも新しい友人を紹介したくてパーティーを開いたって言えばみんな納得するんじゃないかな。ほら、こんなのもあるよ」
天祥院さまは楽しそうに次から次へとドレスを引っ張って私に当ててくる。その度にこれはあのお姫さまに、こっちはあのプリンセスに似てるなぁとわくわくどきどき楽しんでしまっている自分が嫌になる。だめだだめだこんな非日常に浮かれては。
所詮私は契約者。子どもは生んでも結婚はしない関係。そんな関係がまかり通るかは知らないし、いつ何時“ドッキリでーす!”と言われるかも分からない。だから、こんな、キラキラふわふわに囲まれたって……
「~~っかわいい~!シンデレラみたぁ~い!すご~い!ひゃぁこっちは眠れる森の美女かなぁ。わぁ雪の女王みたいなのもある~!」
テンションが上がるのは仕方ない。だって私お伽話が好きなんだもん。さすがに着てみたい願望は無いけど、こんな夢のような空間に放り込まれたら嬉しいに決まっている。
テンションが上がり、やばっと思ったが、天祥院さまはにこにこと私を眺めている。……彼の手の平で転がされているようで癪に障るが……好きなものは好きだからしょうがない!私はあれも可愛い、これも素敵と壊さないように気をつけながら夢のようなアイテムを手に取った。
「あぁそうだ。こんなものもあるよ」
部屋の隅から隅まで「かわいい!」と練り歩いていた私に、君が好きそうだと差し出されたのはガラスの靴。それは彼の手がはっきりと見えるほど透き通っていた。
「……きれい」
「履いてみるかい?」
小さい頃に何度も何度も絵本で見たガラスの靴。それは何者でもない者からお姫さまになれることが約束されたようなアイテム。憧れないわけがなかった。物心がついてこの世に王子さまなんていない、と知ってからも、プロポーズされるなら、あのお城の前で、ガラスの靴を差し出されながら、なんて夢見ることも未だにある。
ガラスの靴は、正に私の憧れの象徴のようなものだった。だからこそ彼から受け取ることはできない。
「いえ、遠慮しときます。……だって、天祥院さまは私の王子さまじゃないですから」
私の答えに天祥院さまは驚いた顔をしたが、それ以上何も言わずガラスの靴を元の場所に戻した。少し、履いて見たかったけど……ん?っていうか
「え!?それ履けるんですか!?」
「もちろん。ただの置物を持ってきてもしかたないだろう?」
当たり前のように言われ、人の体重に耐えれるのか、と丁重に置かれたガラスの靴を食い入るように見る。童話の挿し絵の如く、ヒールは細め。これで人1人支えられるのか。素材はガラスなのかどうか分からないが、天祥院さまが用意させるぐらいだからその辺のなんちゃってガラスの靴ではないだろうし、安い素材でもないんだろう。すごい、ガラスの靴は存在した。夢がある。
「ふふっそんなに気になるなら履いていいのに」
「いえ、これは軽々しく履いて良いものじゃないので」
「それじゃあ軽々しく履けるような物を紹介しようかな。おいで」
もちろん、紹介された物は全て0がたくさんつきそうな代物だったので全て丁重にお断りをした。「身の丈に合わない物は身を滅ぼすので」と伝えれば天祥院さまはきょとん、とした後何がツボに入ったのか分からないが大笑いをしていた。その笑っている顔は王子さまや天祥院さまと言うよりも、年相応の英智くんと思ったことは内緒だ。
この夢のような関係が結局は楽しくて、契約のことについては詳しく聞けないままだった。
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