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健康優良児で遺伝子相性も抜群だったため天祥院家の婚約者(仮)になりました
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昔からお伽噺が好きだった。
毒リンゴ、ガラスの靴、糸車、喋る家具、魔法のランプ。
何より憧れたのはお姫様が最後は素敵な王子さまと結ばれること。
困難を乗り越え、みんなに笑顔で祝福されている中、エンドロールが流れる。
小さな私にはそれがとても素晴らしいことに思えた。
何度も同じ絵本、DVDを繰り返し見る私を両親は呆れるでもなく見守ってくれ、
「タヌキもおうじさまとけっこんする」
なんて言う子どもの戯れに付き合ってくれた。
苦手な野菜を残そうとすれば「晩餐会で困るわよ」と言われ
運動会がイヤだとごねれば「体を動かさないと馬にも乗れないぞ」と言われ
いつか王子さまが、と信じていた幼い私は疑うことなく「それはイヤだ」と苦手な物事をクリアしてきた。
もちろん、成長するにしたがい色々な男子と出会う内に「王子さまなんていない」と悟り
「王子さまと結婚する」は可愛い小さな子どもの夢となった。
そして私は、毒リンゴを食べることも妖精に出会うことも無く年を重ね、
あなたの夢は?と聞かれたら悩んだ末に「安定した生活」と答えるような
夢も希望も薄い普通の高校生になった。
だけど今、私の目の前には王子さまがいる。
「やぁ君がタヌキちゃんだね」
儚げな印象をうける金髪碧眼の王子さまは声まで甘く優しかった。
「は、初めまして。ぽんぽこタヌキです」
王子さまに比べ平々凡々な私は面白味のない挨拶をする。
育ちの良い王子さまはそんなことは気にしないといったように私にソファへ座るよう促した。
その一挙手一投足が滑らかで、美しくて、私は心の底から「来て良かった」と思った。
王子さまの名前は天祥院英智……さま?さん?
普通に生活していたら縁もゆかりも、出会うことすら無い人。
そんな人とどうして会うことができて会話までしているのか。
「それで君はこの話をどこまで聞いているのかな?」
優しい声音だが『君と無駄話をしている暇はない』といった圧力を感じる。
やはり王子さまは下々の者と話をするほど暇ではないらしい。
私は両親に説明されたことをそのまま話した。
実はぽんぽこ家が天祥院家の遠縁(の遠縁の遠縁ぐらい)だということ。
天祥院家に縁がある家から英智さまの結婚相手、婚約者候補を募ったこと。
婚約者候補の条件は“英智さまと遺伝子的に相性が良い”こと。
話を聞いた時は正直、どこの漫画の話?と思ったが
こうして実際に天祥院家にお呼ばれして事の大きさに気づいた。
「なるほど。そうだね、概ねその通りだよ」
王子さまの言い方は少し気になったが、天上人とはこういうものなのかもしれない。
それに何より顔が良い。許せる。
どうせ断る、いや、断られる話だ。今の内に目に王子さまを焼き付けておこう。
「君はどう思っている?この話」
「えっ?」
「もちろん、君には、君の家族には悪い話じゃないと僕は思っているんだけど」
「あーそれは、もちろん……身に余りすぎる話というか……」
煮え切らない私に王子さまは首を傾げる。
「何か不満でもあるのかい?」
「いえ!不満ではないんですが……」
とてもありがたい話ではある。だがしかしそもそも身分不相応だ。
というか、王子さまはこの話に疑問を持っていないんだろうか。
王子さまと一般庶民が婚約して、結婚して、なんてそんなお伽噺、現実では通用しないだろう。
「……あの、私がするって言ったら、本当に婚約するんですか?」
半信半疑、怖ず怖ずと訪ねれば何を言っているんだと王子さまは言った。
「もちろん、僕はそのつもりだよ」
「ひぇっ!え、私なんの取り柄も無い一般庶民ですけど」
「そうだね、身辺調査はしているから知っているよ」
「あ、そう、ですか」
さらりと怖いことを言われた気がする。
「この婚約はね、言ってみれば婚約より契約に近いものなんだ」
「えーと……?」
王子さまの真意が分からず今度は私が首を傾げる。
「君の両親はそこまで話していないのかな。
いや、もしかしたら君の両親も本当の所は知らないのかもしれない」
やれやれと軽くため息をつかれたが王子さまはどうやら説明をしてくれるようだ。
「僕の体が弱いことは知っているよね」
「え、いえ初めて聞きました」
素直に答えれば王子さまは虚を突かれたのか「おや?」と考えこんでしまった。
小さな声で「どこから話せば良いんだろう」とぶつぶつ言っている。
悩ませているのは無知な私なのだろうが、顎に手を当て考える姿はさながら彫刻のようで美しい。
いつまでも見ていたい、と思ったのも束の間、考えがまとまったのか王子さまは顔を上げる。
「何も知らないのはさすがに可哀想だから1から説明するね」
「お願いします」
「さっきも言った通り、僕は体が弱くてね。最近はそうでもないんだけど
こう見えて、幼い頃はしょっちゅう入退院を繰り返していたんだ。
そんな自分が悔しかったし、惨めだった。
両親や周りにも心配をかけたからね。そこでだ。
次の代では健康な子が欲しいと天祥院家は望んだ」
ここまでは良いかい?と聞かれ曖昧に頷く。そりゃ健康に越したことはない。
「僕の遺伝子を調べ、僕の結婚相手は遺伝子的に相性の良い子にする。
到底無理なような話かもしれないけど、天祥院が所有する研究所ががんばってくれてね。
もちろん公にお嫁さんを募集します、なんてはできないから
ある程度こちらで候補は絞らせてもらったよ」
「……はぁ」
王子さまの話に私はもしや、と思い当たることがあった。
高校入学を機に母親に「健康診断行くわよ」と大きな病院に連れて行かれたのは数ヶ月前。
あれはもしかして遺伝子を調べられていたんじゃないだろうか。
いや、しかしこの話はおかしい。
「あ、あの、ちょっといいですか?」
「うん、なんだい?」
「候補を絞らせてもらった、っていうのは、あのー
つまり天祥院さまと釣り合うお家のお嬢様たちですよね?
私はどう考えても釣り合わない方の家だと思うんですけど」
「あぁそれは簡単なことだよ。サンプルはたくさんあった方が良い。
だから家柄や素行に問題が無い場合はそれこそ色んな子の遺伝子を調べさせてもらったよ」
もちろん、合意の上でね、と言うが採取された子達は私のように知らぬ間に、が多かったんじゃないだろうか。
そして多分、お眼鏡に適わなかった場合は採取されたことも知らないままだ。
……お金持ちの考えることは分からない。
「家としてはそれなりの家柄の子を、とも考えていたようだけど……
検査の結果、君以上に相性の良い子はいなかったようだ」
「はぁ……」
おめでとうと言われたのにこんなに嬉しくないこともあるのか。
宝くじに当たったというよりはまるで交通事故だ。
感覚が、感性が合わない。
いくら見目麗しい素敵な王子さまが相手でも、やっぱりこの話は有り得ない。
「僕はね、タヌキちゃん」
「うへっ」
王子さまの形の良い唇から甘やかな声で私の名前が発せられ変な声が出てしまった。
……私の名前、そんなに素敵な響きをしてましたっけ?
「僕の子どもには、僕みたいに悔しくて惨めな思いはしてほしくないんだ。
そして僕自身も、本来なら僕の両親が心配しなくても良かったことを心配したくない。
そのためなら持てる力を全て使うって決めているんだ」
強い意志の宿る碧眼でまっすぐに見つめられてしまった。
そんな目で見られると断るぞと決心していた心が
王子さまのためなら協力しちゃっても良いんじゃない?とぐらぐら揺らぐ。
でもまって、冷静になって。
私に天祥院のお嫁さんは務まらない!
「でも、あのっ」
「だからねタヌキちゃん。僕は君が欲しい」
「婚約します」
「ありがとう。君ならそう言ってくれると思ったよ」
「あ……」
王子さまの言葉に反射的に答えてしまったが後の祭り。
この瞬間から私は王子さまの婚約者になってしまった。
おめでとう小さな私。
「おうじさまとけっこんする」っていう夢がとっても身近になったよ。
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