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短編
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「か、かぁっこいい~」
並んでソファに座る彼女から感嘆の声が漏れた。
なんのことかと思い顔を上げればテレビに映っていたのは自分の顔。
一瞬息がつまったが、彼女が喜んでいるようなので巽は再び手元の本に目をやった。
しかし巽がテレビに映る度彼女が「やばぁ~い」「言われたい~」「かっこいい~」と語尾にハートマークをつけながら呟くため本の内容は全く頭に入って来なかった。
何度も同じ場所を読んでいると認めた後、何度目かの「やばい」を呟く彼女に声をかけることにした。
「タヌキさんは、このドラマがお好きですね」
「あ、ごめんね巽さん。うるさかった?」
巽が本を閉じていることに気づき彼女はチャンネルに手を伸ばしかける。
テレビを切るか違う番組に替えようとしたんだろうが巽はやんわりとそれを制止した。
「いえ、俺のことは気にせず楽しんで下さい」
「正面切ってそう言われると逆に落ち着かないけど」
録画してるから大丈夫と言われてもリアルタイムで楽しむ彼女の邪魔もしたくはない。
自分が出演しているドラマを一緒に見るのは気恥ずかしいが、彼女の反応ごと楽しむことにした。
その後も画面の向こうの巽が喋るたびに彼女は「かっこいい」「やばい」を連呼するのでその度に心臓がキュッと締められる巽だった。
「はぁ、今週も格好良かった。ありがとう巽さん」
と彼女は隣にいる自分ではなくテレビに向かってお礼を言う。
「えぇっと、俺はこっちですが……」
まさか見えていないわけはない、と思いながら心配になり言葉にすれば彼女がようやく振り向いた。
「今のは、なんていうか……ドラマの中の巽さんに感謝したの」
彼女と目が合っているのにその目は自分を映していない。
自分を通してドラマの役柄を見ているんだろうか。
もやり、と胸の奥に霧が広がる感じがした。
「つまり、俺よりドラマの中の俺の方が好きだと?」
もやの正体に気づかないふりをしても、つい思いが言葉になってあふれた。
言ってしまった後に「しまった」と思ったが遅い。
彼女が傷付いた顔をして自分を見ていた。
「あ、すみま……」
「違うからね!」
「えっ」
醜い嫉妬心、それも相手は自分という認めがたいものを恥じ、謝ろうとした矢先勢いよく手を捕まれた。
「違うから!1番好きなのは今ここにいる巽さんだから!でも、その……ただ……」
彼女の言葉尻が段々すぼみ、聞き取れなくなっていく。
「ただ?」
語尾を受け取り聞き返しても彼女は相変わらず言いづらそうに目を泳がせている。
「うーん……引かない?」
「はい、それはもちろん」
君から発せられる言葉は全て大事にしたいんですよ、と常日頃伝えているつもりだがまだ不十分だっただろうか。
言い淀む彼女の手を今度は巽が包み返す。
「俺も、タヌキさんが1番好きなので」
自分にすら嫉妬をすることがあっても引くことはない。
どうか伝わってほしいとその手に熱を込めた。
「ド、ドラマの巽さんに……すごく……ときめくんです」
「はい?」
「わー恥ずかしいー!」
言い終わるやいなや彼女は握っていた手をふりほどき、顔を覆ってしまった。
隙間から見える頬や耳は段々を赤みを帯びていく。
ドラマの巽さん、と言われ先ほどの役柄を思い出す。
学園ドラマの準レギュラーで、度々出てきてはレギュラー陣の恋模様に彩りを与える役だ。
素行はあまり褒められたものではなく、口調も横暴な時があり、台詞回しに時々苦労している。
自分とは正反対ではないかと思っているのだが……
「え、タヌキさん、ああいった方が好みなんですか?」
そうだと言われたらショックだが聞かずにはいられなかった。
「え、違う違う!ときめくって言うのはそういう恋心じゃなくて、なんていうか……乙女心?」
首を傾げられたが巽の方もピンと来ず首を傾げてしまう。
乙女心とは……?
時々藍良が言う(彼は男だが)「やっぱり女の子ってェ、チョイワルなやつに惹かれちゃうんだよねェ」ということだろうか。
もう映ってはいないテレビを見るがそこに答えは載っていない。
「タヌキさんはチョイワル、という人の方がお好きなんでしょうか」
「え?」
「藍良さんが、女性はそういう方に惹かれると言っておられたので……」
「あー……うーん?」
彼女はそうかな?と考え込んでいるが、どうやら違うらしく少し安心した。
「うーん、そりゃ少女マンガとかのチョイワルにはときめくけど、実際近くにいたら困っちゃうからなー」
「困るんですか?」
「うん、燐音さんとかさ、話すのは楽しくても反応に困っちゃう」
「あぁ」
なるほど、と巽の中でも合点がいく。
しかしあれはチョイと言っていいのだろうか。
「あぁ分かった!」
ポン、と柏手を打ちすっきりした顔で彼女が巽に向き直った。
「巽さんがなんか乱暴におらおら調に話してるのがすごいツボっていうか、すごいときめいちゃうんだ。普段の巽さんが好きなんだけど、あんな一面があったら、その、なんていうか、めっちゃ萌える……」
言っていて恥ずかしくなったのか、彼女は再び顔を覆った。
「……あぁいう俺が好みなんですか?」
「好みというか、たまにあんな風に話されたらめっちゃやばいだろうなって思ってる」
ふむ、なるほど。めっちゃやばい。
いつの間にか胸の奥のもやは晴れ、変わりにかすかな悪戯心が芽生えた。
彼女の言動でこんなにも一喜一憂するのかと自分が可笑しくなる。
「分かりましたタヌキさん。……いや、タヌキ」
「へっ?」
滅多にしない呼び捨てをすると状況の読めない彼女が驚いた顔で見てくる。
「今日は嫌だって言ってもやめないから覚悟しろよ」
「え、え、えぇ!?」
ドラマでしているようにわざと声を低めにし、彼女の両手を掴み目線を合わせる。
普段とは違う言葉遣いのため合っているかも分からないが、彼女の目に期待が灯るのは見逃さなかった。
めっちゃやばいことを致しましょうか。
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