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短編
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「ってなことがあって、めちゃくちゃ大変だったんですよぉ」
大変だった、と言う割にジュンくんは終始にこにこ……いや、ニヤニヤしていた。番組で少し昔の映像、Trap For YouのMVが流れた後彼女に会いに行ったらドアチェーンを掛けられたり、浮気者と言われたり、泣かれたりしたそうだ。でもこの顔を見たらこれは完全なる惚気だね。
「ふふん、だったら僕のタヌキちゃんはもっとジュンくんに嫉妬してるだろうね!なんせ、タヌキちゃんは僕のことが大好きだからね!」
「えー……あの人、どっちかってーと物分かり良い系じゃないですか。オレに嫉妬とかするんですかねぇ」
「ジュンくんがタヌキちゃんの何を知ってるって言うの。勝手に僕のタヌキちゃんを想像しないでくれる?悪い日和っ!」
「はいはい、すいませんでしたー」
確かにジュンくんの言う通り、タヌキちゃんは物分かりの良い子だ。付き合いだしてこの方、過度な嫉妬をされたり、理不尽な我が儘を言われたりしたことは無い。急な予定変更でも「次に会えるの楽しみにしています」なんて言う子だ。でもジュンくんが彼女にドアチェーンを掛けられるほど嫉妬をされた、という話を聞けば、タヌキちゃんだって嫉妬に狂っているかもしれない、なんて期待もしてしまうというもの。今日は丁度タヌキちゃんに会う日。どんな反応がされるだろう。と期待していたのに。
「おかえりなさい日和さん!」
タヌキちゃんは普通だった。インターホンを押すといつも通りすぐにタヌキちゃんは玄関扉を開けて出迎えてくれた。いつもと変わらない笑顔で。今にも飛びかかってきそうな子犬みたいに。
「……ただいま、タヌキちゃん!」
一緒に暮らしているわけではないけど、いつの間にか挨拶はおかえりとただいまが当たり前になって、出て行く時は行ってきますと言うようになった。でも今はこの当たり前が少し不満だと思ってしまう。
「お食事はされてるんですよね。何か飲みますか?」
僕の鞄を受け取ってくれたり、スリッパを出してくれたりといつものように甲斐甲斐しくお世話をしてくれる。ダージリン、アッサム、アールグレイ……僕のための紅茶を歌うように言葉にする中から一つ選べば、「すぐ用意しますね!」とパタパタとスリッパを鳴らし、小さな台所に向かった。これもいつも通り。普通すぎる……。いつもは彼女にまかせてリビングで待っているけど、今日はなんとなく側でその様子を眺める。僕の存在に気づいたタヌキちゃんが首を傾げながら手を動かす。僕はただ、黙ってにっこり笑みを返した。
「あの、日和さん、何かありました?」
ローテーブルにお揃いのティーカップとソーサーが並ぶ。一緒にソファを背もたれにしてぴったりくっつくのもいつもの事。それでも僕の様子がいつもと違う事に気づいたタヌキちゃんが、上目遣いに訪ねてきた。
「うんうん、さすがタヌキちゃんだね!でも、君の方こそ僕に言うことがあるんじゃないの?」
「え……ある、かな?」
うーん、と考えだしたタヌキちゃんに、少なからずショックを受けた。え、何もないの?
「ほら、最近の僕の仕事内容とか」
「日和さんの……えーと、あ!」
「うんうん」
「あの雑誌のグラビアすっごく格好良かったです!衣装もかっちりスーツで決めててどきどきしちゃいました!Edenの皆さんカッコ良かったですけど……やっぱり日和さんが一番ですね」
保存用に二冊買っちゃいました、と頬を赤らめながら雑誌を見せてくれる。……ありがたいけど、今はそれじゃない。
「うんうん、それも嬉しいけど、他にもあるよね?」
「他……」
タヌキちゃんは再びうーんと唸りだす。新曲?ラジオ?雑誌にSNS……?うんうん唸りながら呟く言葉はどれも外れ。見てないわけはないと思うけど、もしかしたら本当に嫉妬の欠片もしてないのかもしれない。でもジュンくんの言う通りになるのは癪だった。
「僕のお仕事を把握してくれているなんてさすがタヌキちゃん。彼女の鑑だね!だったら、あの番組もちゃんと見たんだよね?」
あの番組、でタヌキちゃんは合点がいったらしく「あぁ!」とぱぁっと顔を明るくさせたかと思えば、「あー」と視線を宙に泳がせ、最後は「あぁ……」と俯き加減に顔を真っ赤にさせた。
「あ、あの、Eveの頃のです、よね」
「うん!その様子だと、ちゃんと見てくれたようだね」
ちらちらと僕を見るけど一向に口を開かないタヌキちゃんに感想を言うよう促す。大丈夫、浮気者って言われる覚悟はできているからね!
「あー……その、めちゃくちゃかっこいくて……直視できなかったです」
映像を思い出したようで耳までリンゴのように真っ赤に染め、それを両手で隠そうとする姿はとても可愛らしい。でも……
「……それだけ?」
僕が欲しい言葉はそれじゃない。もちろん、彼女にカッコいいと言われ嬉しくないわけがない。でも僕がカッコいいのはみんなが知っていること。君にしか言えない感想があるよねと圧を込め、じぃっとタヌキちゃんを見つめた。
「え、えーっと画面越しなのに目が合うと心臓掴まれたみたいにキュンキュンしました」
「うんうん、それから?」
「それから……さり気なく漣くんを気遣う様子があってさすがだなぁって」
「そんな所に気づくのはタヌキちゃんぐらいだね!……そのジュンくんには何か思うことはないの?」
「漣くん……?えっと、初々しいな……?」
「……そう」
思ったよりも素っ気ない返事になってしまいタヌキちゃんが慌てる。僕の態度を見て言葉や表現を変え僕やジュンくんのことを褒めるけど、そういうことじゃない。僕のことを何でも褒めて、受け入れてくれるタヌキちゃんに不満を持ち、嫉妬しろなんて僕の方が我が侭なことは重々承知だ。
「あの、日和さん?」
純粋に僕の様子を心配し、覗き込んでくる目に無性に腹が立ち、言わずにはいられなかった。
「なんで……なんでタヌキちゃんは嫉妬をしてくれないの!」
「んぇ?」
「ジュンくんの所なんてあの動画を見てドアチェーンをかけたり、浮気者って言ってきたり随分僕に嫉妬をしたっていうのに、タヌキちゃんはジュンくんになんとも思わないんだね!僕がジュンくんとキスしたってなんとも思わないんだね!」
「えっ!したんですか!?」
「してるわけないね!」
「え、じゃあ別にいいですよ」
「なんで君はそんなに物分かりがいいの!?僕は嫉妬をしてほしかったのに!」
ジュンくんの言った通り、タヌキちゃんは物分かりが良い系の女の子。今だって僕に理不尽に怒られているのに相変わらずいつも通りの笑顔……じゃなかった。タヌキちゃんはキョトンとした顔で首を傾げている。
「……嫉妬は、してますよ?」
「え!?」
思いがけない言葉にマヌケにも大声が出てしまった。それも意に介してないように淡々とタヌキちゃんは言う。
「漣くんにはしないですけど。日和さんが知らないだけで、嫉妬はずっとしてますよ」
「え…………誰に?」
ジュンくんじゃなかったら……凪砂くん?それともメアリ?それ以上は言いたくないのかタヌキちゃんの目が逸れる。でもここまで聞いたら聞きたいし、言わせない理由もない。無理矢理目線を合わせ見つめれば、タヌキちゃんは観念して口を開いた。
「……ファンの人たちに」
「ファンの子?」
思いがけない言葉に今度は僕が首を傾げる。どう考えてもただのファンの子たちより彼女であるタヌキちゃんの方が羨ましがられる位置にいると思うのだけど。嫉妬されることはあっても、タヌキちゃんが嫉妬をする理由が見つからない。
「どうしてファンの子に嫉妬するの?」
「言うつもりはなかったんですけど……」
「うん、でも、教えてほしいね」
「……日和さん、ファンサめちゃめちゃするじゃないですか」
「うん……うん?」
「ファンの人たちには……無条件で、優しいからぁ」
言うなりタヌキちゃんは膝を抱えて丸まってしまった。横から覗く耳がじわじわと赤くなっていく。
「私、本当は物分かりだって良くないし、嫉妬だってずっとしてるんです。でも日和さんに嫌われたくなくて、重たいって思われたくなくて……」
言うつもりなかったのに、という声は少し震えていた。
「ファンサだって、仕事の一つで……日和さん、プロ意識高いから……仕事だからって……分かってても……いいなって、思っちゃう時が……あります」
「え、僕、タヌキちゃんに優しくない?」
驚き口を突いた言葉はタヌキちゃんの首振りによって否定される。数秒の間に頭の中ではこれまでの自分の行いが思い起こされ、甘えすぎてしまったかと思ったので安心した。
「優しいです……でも、でも……ホントは私にだけ優しくしてほしい……」
タヌキちゃんの秘密を暴いてしまってみたいで、ちくりと良心が痛んだ。でもそれ以上にふつふつと愛しい気持ちが体を満たす。なんだ、僕が気づかなかっただけなんだね。
「僕はね、タヌキちゃん。君に嫉妬をしてほしかったんだね。例え相手がファンの子だろうと、君が嫉妬をしてるなんて分かってどれだけ嬉しいか分かる?」
母が子に言い聞かせるように、できるだけ優しい声音で語りかける。頭だって撫でてあげる。こんなこと、ファンの子には絶対しない。
「ねぇ、だから、その顔を僕に見せて?」
タヌキちゃんに甘える時のように、思いっきり甘い声を作っておねだりをすれば、いつものように「しょうがないですね」と微笑しながら、顔を上げてくれた。目元は潤んで、鼻先は少し赤い。
「……めんどくさい、重いやつだって、思いませんか?」
「全然!むしろ、さっきも言ったように、僕はとっても嬉しいね!だからこれからは、もっとそれを言葉にしてほしいね」
頬に手を添え、額と額をくっつける。至近距離で見つめる内に、タヌキちゃんの目には涙が溜まっていく。でもそれは悲しいからとは思ってあげない。
「今からタヌキちゃんにだけ、特別に優しくしてあげるね!」
「えっ……な、……っ!」
涙がこぼれ落ちる前に目元に唇を寄せる。反射的に目を閉じたのをいいことに、そのままタヌキちゃんの唇に自分のを重ねた。
「ねぇ、僕にもっと優しくされたくなぁい?」
「…………さ、されたいです」
「うんうん、やっぱりタヌキちゃんは物分かりの良い子だね!僕はそんな君がだぁいすきだね!」
リンゴも裸足で逃げ出すほど真っ赤になったタヌキちゃんに何度も何度もキスをする。こんなことをするのは、君にだけだよ、と思いを込めて。
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