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短編
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「今日もお仕事お疲れさま」なんて出迎えてくれたら嬉しいと思いながらうきうきでインターホンを押したが出てくる気配は無かった。行く連絡はしたよな?どこかに出たのかな?と合い鍵を探す。出迎えてくれなくても、合い鍵が“いつでも来て良い”と言ってくれているようで、もうすぐ会える、と頬は緩んでしまう。はやる気持ちを抑え、がちゃり、と解鍵してドアを開けば……ガチャン、と金属音が響いた。
「……は?」
数センチ開いただけの扉はどれだけ力を入れようとそれ以上は開かない。引っ張れば引っ張るほどがちゃがちゃと揺れるチェーンの音が耳についた。
「え、ドアチェーン……?えっと……おーい、タヌキー?」
近所迷惑を考え控えめに声をかけた。中にいるのか?今日行くことは伝えていたよな?もしかして動けなくなったりしてるのか?不安になり扉を開いたままスマホを探る。電話をかけようとした時、ゆらり……と扉の向こう側に人が現れた。
「うぉっ!びびった……。タヌキ?あー良かった。大丈夫っすか?」
明かりがついていない室内は薄暗く、タヌキの表情は見えないが、立って歩いていたことに安心する。ただ一言も発さないし、ドアチェーンを外そうともしないのはなんだ?
「もしもーし?タヌキ?え、本当に大丈夫なんすか?とりあえずコレ開け……」
「……浮気者」
「え?は!?」
ようやく話してくれたかと思えば、聞き慣れない言葉、自分には無縁だと思われる言葉を投げられ困惑してしまった。……え、それオレに言った?
「え、ちょっタヌキ!なんすかそれ!」
「ジュンくんの浮気者!もうジュンくんなんか入れてあげないっ!」
「いやいやいや、身に覚えなさすぎんだけど!」
前にタヌキと会って以降、女の子と2人っきりになった状況は……無い。仕事でも無い。週刊誌に載ったなんてことも茨から聞いてない。ネットとかの噂も……無い。あれば茨から絶対釘を刺される。だからオレは潔白だ。扉を隔ててタヌキに何度も「浮気者」と罵られる。声を潜めているとは言っても誰に見られるか分かったもんじゃない。
「タヌキ、とにかく落ち着きましょう。なので、入れて下さい」
「浮気者はお帰り下さい」
「だからぁ!……ったく。入れてくんなかったらオレはずっとここで待ってますよぉ?いいんですかぁ?」
彼女に“浮気者”なんて不名誉なレッテルを貼られたままでいるぐらいなら、“漣ジュン、彼女に閉め出される”なんて記事にされた方がましだ。……めちゃめちゃ怒られるだろうけど。薄暗い中、ぼんやり浮かぶタヌキの視線と合わせて聞けば、「わかった……」と小さく呟き一旦扉が閉められた。このまま閉めっぱなしになんねーよな、と一瞬思ったけど扉の向こうからはがちゃがちゃと音がしてほっと息をつく。
「……ん」
最初の想像とは全く違う、仏頂面のタヌキが可愛げ無く迎え入れてくれた。
「お、おじゃましまーす……」
声をかけても反応は無い。気まずい中靴を脱ぐことになった。タヌキはオレに見向きもせず、スタスタと廊下を歩いて行く。その背中を慌てて追いリビングに入れば、ソファの定位置、右側にタヌキは座っていた。依然、いつだったか思い出せないぐらい前の会話が思い出される。
『あんたには、右側に座ってもらいたいんすよねー』
『え、なんで?』
『右利きなんで、あんたに触りやすいというか、なんというか……』
それから何も言わなくても、タヌキは右側に座って、オレは左側に座るようになった。ぴったりくっついてオレの出てるドラマを見たり、バラエティで笑い合ったりしていた事を思い出す。まるで走馬燈だなと自嘲してしまった。まさかこのまま別れ話にならないよなと恐れつつ、自分の定位置、タヌキの左側に腰を下ろす。
「……最初に言っとくけど、本当にオレにはなんにも身に覚えは無いんで」
「…………てるもん」
「はい?」
「知ってるもん!でも絶対にこれは浮気だもん!」
「うおっ」
バッと目の前にスマホを掲げられた。驚いてすぐには目に入ってこなかったが、よくよく見るとそこではオレ、とおひいさんが歌って踊っていた。
「え……っと、Trap For You……?」
そういえば、何かの番組で昔の映像が流れるって言われていたような気がする。少しだけ懐かしい、おひいさんと二人だけの曲。これのどこが浮気?そもそも誰と浮気?
「えぇっと……?」
「……んで……なんで日和さんとキスしてるの!?」
「はいぃ!?」
「しかも何回もぉ!これを浮気と言わずになんと言うのぉ!」
何度も繰り返し映像を見せられ、そういう振りがある所でタヌキは「ほら!」「ここ!」と大きな声を出す。
「いや、してるわけねーだろ!」
「これをしてないに数えたくない!」
「えぇ……いやでもホントにしてないとしか言えねぇんで……」
「うぅ、やっぱり私は日和さんには勝てないんだぁ…………」
大声で「浮気者」「キスしてる」と喚いたかと思えば、終いにはわけのわかんねぇ言葉を発してタヌキは泣き崩れた。なんて言い訳……弁解、をしようかと言葉を探している間、部屋の中はぐしぐしとタヌキの泣き声だけが響く。
「うーんと……」
「分かってるんだよ……うぅっ……」
「え?」
「うっ……お仕事だって……ちょっと前までそういう感じで売り出してたって……」
「あぁ……まぁ、そう……っすね」
まだまだ名前が売れる前。駆け出しと言われている頃、注目されるから、ファンが喜ぶから、とそういう方向にしていたのは事実。実際、反応は良かった。
「分かってても……嫉妬しちゃったんだもぉおん!」
ぶわぁっとタヌキの両目から大量に涙が溢れ、タヌキは本格的に泣き始めてしまった。「ごめんなさい」「八つ当たりした」と嗚咽混じりの言葉に、多少はどこか冷静な部分があるようだった。
「あーはいはい。オレは大丈夫なんで、とりあえず泣きやみましょうか、ね」
うずくまるタヌキを右手で抱き起こし、その頭を胸の中に収める。タヌキも大人しくされるがままに、オレの腕の中でぐすぐすと泣き声を上げていた。よしよしと頭や背中を撫でれば段々呼吸も落ち着いてきたのが分かった。
「で、結局あんたはおひいさんに嫉妬してたってことでいいんですか?」
まだ鼻をすするタヌキに聞けば、顔を上げずに頷く反応があった。
「浮気相手って……おひいさん?」
再び頭が縦に動く。
「ははっなんだそれ」
身に覚えも無いはずだ。思いも寄らない相手を浮気相手だと言われたのだから。まさか今更おひいさん相手に嫉妬されるとは思わなかったけど。
「いい加減落ち着きましたぁ?……そろそろ顔を見せてほしいんですけどぉ?」
肩に手を置き、ゆっくりとタヌキの体を起こす。涙の痕と鼻水の痕で可愛い顔が台無しだ。でも、そんなに泣くほど嫉妬してくれたのかと思うと心臓がきゅっと締め付けられ嬉しくなってしまう。
「ははっひでぇ顔」
「誰のせいよぉ」
「えー、オレですかー?」
軽口も叩けるようになり安心する。タヌキは乱暴にティッシュを取ると、これまた乱暴に目と鼻を拭いた。落ち着いてはきたもののまだ完全ではないようだ。
「本当にね、分かってはいるんだけどね、どうしようもない思いがぶわーっときちゃったわけで」
「それでおひいさん相手に浮気ねぇ……」
「本当にしたとは思ってなかったけど、もしかして万が一したんじゃないかとも思っちゃって……」
「そこは安心してください。してねーんで」
「それに全世界の人がジュンくんのキス顔見たと思ったら許せなくなっちゃったの!」
「はぁ?」
「だってジュンくんのキス顔は私だけのものじゃん!違うの!?」
「え、いや……ははっ違わないっすね」
「もー笑わないでよー」
ぽこぽこと叩かれても全く痛くはない。さすがに加減もしてくれてはいるんだろうけど、その仕草がたまらなく可愛くて、口元が緩む。
「ちょっと、ニヤニヤもしないでほしいんだけど」
「あ、バレました?」
手で隠したつもりが隠しきれなかったようだ。
「嬉しいからしょうがないじゃないですかぁ」
正直に言えば、タヌキはきょとんと目を丸くする。そして瞬きを繰り返しながら首を傾げ「なんで?」と放つ。
「なんでもなにも……可愛い彼女にオレのキス顔は自分だけのモノって言われて嬉しくなったらダメですか?」
「え?うーん……うーん、ダメ、じゃない?かな?」
「ってわけでオレのキス顔見たくないですか?」
「は?」
「ぜってー目ぇ閉じないでくださいよぉ」
「え、え、えっ!」
タヌキの腕を掴み顔の距離を縮めていく。声にならない声を発しているタヌキは結局キスする寸前に目を閉じた。
「目ぇ閉じたらオレのキス顔見れないですよぉ?ちゃぁんと見てくれるまで止めませんからねー」
「ま、ってジュンくっ……んっ……!」
何度キスをしてもタヌキは何度も目を瞑る。きっと反射的なものなんだろう。でもオレは言った事を撤回するつもりはない。あんたがオレの顔を見ながらできるまで、止めるつもりはないですからね。ちゃんとオレのキス顔、独り占めしてくださいよ。
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