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短編
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「私も死ぬなら英智さんより先がいいなー」
もぐもぐとクッキーを頬張りながら彼女が言った。まるで天気の話を呟くように。気を抜いていたら、聞き逃していたかもしれない。そんな呟きだった。
「いきなり物騒なことを言うね、タヌキちゃん」
聞けば「あれあれ」とテレビを指さすので読んでいた台本から顔を上げた。テレビは、泣ける!と話題になった恋愛映画を流していた。「見たけど泣けなかった」はタヌキちゃんの感想。それでももう一度テレビで見ようと思うなんてそれなりに魅力があるんだろう。僕は早々に離脱して台本を読ませてもらっていたけれど。
「ふうん……病院のシーンか。彼女の方は……死ぬのかな」
「そうそう。不治の病でねー、治らなくてねー」
タヌキちゃんの説明と流れてくる映像でなんとなく話を把握する。運命的な出会いをした男女が様々な困難を乗り越え結ばれる。しかし彼女の方に不治の病が見つかり、今はまさにクライマックスシーン。彼氏の方が「おいていかないで」と涙ながらに縋っていた。
「なるほど。君は僕に“おいていかないで”って泣いてほしいのかい?」
「うぅん、泣かなくていい」
想像もしていなかった答えに虚を突かれた。
「君がいなくなったら、さすがの僕でも泣くと思うんだけど……」
「うーん、でも英智さん泣く暇ないと思うよ?だって英智さん、なんだかんだで天祥院家のご当主さまでしょ。ESのことでも忙しいでしょ。fineだってどんどん忙しくなるでしょ」
ほらね、私のことで泣く暇なんてないでしょ?と笑うタヌキちゃんはそれを信じて疑っていないようで、君は泣く時間すら与えてくれないのかと思うと無性に寂しくなった。確かに君がいなくなってもやるべき事が減るわけではないのは目に見えている。それでも君がいなくなってしまったら……。
「いや……僕は泣くよ」
「うーん、泣くかな?泣いてる所想像できないもん」
そんなの君の前では強がっているにすぎない。もちろん、君を心配させるようなことは今後もしないつもりだ。
「だから、泣かなくていいからね」
タヌキちゃんは念を押すように何度も繰り返す。僕はそれに「泣くさ」と繰り返す。
「いやほんと、英智さんは泣いてる暇ないから」
「頑固だね君も」
英智さんもね、とタヌキちゃんは譲らない。テレビの向こう側では、彼女が息を引き取り、彼氏の頬に大粒の涙が伝っている映像が流れている。きっと世の恋人達はこの二人に自分達を重ねているんだろう。
「まぁ、泣かなくてはいいんだけど」
クッキーを食べる手は止めず、タヌキちゃんは独り言のように呟く。
「ちょっとだけ、たまに、寂しいなぁって思ってはほしいなぁ」
もしも本当にタヌキちゃんがいなくなって、今食べているクッキーの銘柄を見る度、映画に出ている俳優を見る度、この映画が再放送される度、僕は今日のこの瞬間を思い出すだろう。そしてきっとタヌキちゃんの思い通りになるだろう。
「ふふ、そんなの当たり前じゃないか」
「約束ね」
見たけど泣けなかった、と言っていた映画から目を離さずタヌキちゃんは満足そうな顔をした。
「でもきっと僕の方が早世するよ」
「笑えない冗談は聞こえませーん」
僕の冗談にタヌキちゃんは笑いながら最後のクッキーを頬張った。
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