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短編
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『今すぐここに来てほしいね』
今日も暑くなりそうだと思った特に予定の無い日曜日。大人しくクーラーをつけて大学の課題でもしようかなと考えていた時、ピロンとスマホが鳴った。メッセージの送り主は日和くんで、短い文と共に複合商業施設の画像が添えられている。テレビや雑誌でよく見かける彼が今更私になんの用だろうと思ったが、予定も無かったので赴くことにした。
「もー遅いねタヌキちゃん!ぼくを待たせるなんて、悪い日和っ!」
身支度もそこそこに慌てて来たというのにこの言われよう。日和くんは高校時代と何も変わっていないようだ。
「えーいきなり呼び出して久しぶりに会ったセリフがそれー?」
元気だった?なんて野暮なことを聞けば見ての通りだね!と返ってくる。会うのは玲明学園を卒業して以来なのに軽快に話せるのは日和くんだからこそだろう。ほんの数ヶ月前はこれが当たり前だったのに、ほのかに懐かしいと思ってしまう。
「あれ、日和くん一人?いつも一緒の子はいないの?」
キョロキョロと周りを見渡しても誰かと一緒にいる気配がない。
「あぁジュンくんのこと?」
「そうそう、ジュンくんだ。一緒じゃないの?」
「どうして?ぼくは今日、君しか呼んでないね」
「え……あーそう、なんだ……」
日和くんは心底不思議そうに私を見つめてくる。……出かけたかったのにジュンくんとは予定が合わず、きっと他の人も都合がつかなかったんだろう。何かの拍子に私を思い出して代わりに荷物持ちか暇つぶしの相手にしようと思ったとかそんなとこかな。そうかそうか、と私は一人で納得をする。日和くんと話すのも出かけるのも嫌いではない、むしろ楽しいから私としてもありがたい。それに思い出してくれたことがなんだか嬉しい。今日は楽しめたらいいな。
「それじゃ早速行こうね。タヌキちゃんは何か欲しいものとかある?」
「えっ私?」
「うんうん、ここはなんでも揃っているみたいだからね!」
何か、と言われてすぐに思いついた物はトイレットペーパーがそろそろ無くなるなぁ、だったが多分そんな事は聞かれていない。欲しい物……欲しい物……なんだろう。何も思いつかない。
「えっと……ごめんね、今すぐだとトイレットペーパーしか思いつかないんだけど」
「え……トイレット、ペーパー?……あはははは!」
トイレットペーパーってなんだっけ?という顔をした日和くんは一呼吸置いて爆笑した。まさかこんな所まできて欲しい物がトイレットペーパーだとは予想もしていなかっただろう。
「さすがタヌキちゃんだね。まぁ確かに、生活必需品も大事だけど、今はもっと違うものを欲しがってほしいかな。例えば、ありきたりだけどお洋服とか」
「服かぁ……」
「もしも夏用の服がいらないなら、秋の準備をするのもいいんじゃない?うんうん、それがいい日和!」
「秋かぁ……ってあ、ちょっと日和くんっ」
もうすぐ夏期休暇に入るから夏用の服はもういいいかなと思っていたし、だからと言って秋物を買うにはまだ早いかなって思ったけれど、日和くんは私の手を取って歩き出した。というか、日和くんが用事あって私を呼び出したんじゃないの?という私の声は二人の靴音にかき消されてしまった。
「うんうん、良い買い物をしたね!」
あれから数時間、歩き回って色んなお店に入って「これが似合うね!」「こっちもいいね!」とまるで日和くんの着せ替え人形のようにたくさんの服を買ってもらってしまった。夏と秋だけはこれから数年、服を買わなくてもよさそうなぐらい。たくさん買った、割には私達は手ぶらだ。「君に荷物を持たせるわけにもいかないし。全部送ってもらったらいいんじゃない?」と日和くんが私の自宅へ配送してくれるよう手続きをしてくれたからだ。持って帰れる距離だけど、あの量は大変だっただろうから正直助かった。
「でも、いいの?日和くんは何も買ってないけど」
「うん、そもそも今日は君に色々買いたくて誘ったようなものだからね」
「え?へー……?」
荷物持ち、暇つぶし要員じゃなかったのか、と疑問に思うが「楽しかったね」と向けてきた笑顔を信じたいと思う。昼食ぐらいは私が出すと誘ったけれど、「帰ったらパーティーが待ってるからね」とやんわり断られ今はカフェに入って二人で甘いものをつついている。
「ねぇそれよりもタヌキちゃん。大学って楽しいの?」
「え、うん。楽しい、よ。玲明にいた頃みたいに変な制度もないし、自分のしたいこともできてるし」
「ふぅん……ちょっと勿体ない気もするけどね」
「日和くんぐらい売れてたらアイドル、続けてたかもだけど……」
ちょっと嫌味っぽかったかなと思ったけど日和くんはそう捉えなかったようで「僕だからね!さすがのタヌキちゃんでもそれは無理だね!」と鼻高々に言ってのけた。そういう自信満々な所が見ていて清々しい。お世辞も言わなければ裏表のあることも言わない日和くんと過ごすのは、高校生のころから好きだった。
「でも日和くんも大変だよね」
「ぼく?」
「だって今日帰ったらパーティーなんでしょ?巴家の方も大変なんじゃない?」
「あぁ……うん、でも今日のは畏まったものではないからね。ジュンくんや凪砂くん、見知った子たちがたくさん集まるものだから」
「そうなんだ。じゃあ気が楽だね」
「……うん。本当はそこに君も呼びたかったんだけど、そういうわけにもいかないからね。だからこうして今タヌキちゃんと過ごしているわけなんだけど」
よく分からなくて「ふぅん」と相槌を打てば、日和くんがじぃっと私を見つめてくる。何か、言いたいことがありそうだがやっぱりよく分からない。見つめ返して首を傾げれば日和くんは困ったように笑った。
「そろそろ出ようか」
出す出さないの押し問答をしても結局日和くんがスマートに支払ってくれた。今日だけで幾ら使われたか分からない。
「あのねぇ日和くん。私は日和くんにそこまでしてもらういわれはないんだよ?」
暗に自分の分は自分で払う意志を示しても「ぼくが呼び出したんだからね!」とどこまでもカッコいい。
「ぼくとしてはこういう時は“ありがとう”と言われた方が嬉しいね」
「もー。ありがとう、日和くん。次は私がお礼するからね」
「え……次も会ってくれるの……?」
「そりゃー友達だから会うでしょ」
「……うんうん、そうだね、ぼく達は友達だね!」
一瞬日和くんの顔が曇り、なんか変なこと言ったかなと思ったがすぐにパッといつもの日和くんに戻った。軽々しく友達なんて言ったのがまずかっただろうか。相手は人気アイドル巴日和くんで、こっちはただの大学生だ。日和くんの方は友達だと思っていないかもしれない。
「ねぇタヌキちゃん。友達からのお願いなんだけど、“おめでとう”って言ってくれない?」
「え、おめでとう?」
「うん、できれば、心を込めて」
日和くんが期待に満ちた瞳で私を見つめてくる。何かめでたい事があったんだろうか。最近見たテレビや雑誌を記憶から呼び覚ましても、申し訳ないけど日和くんのめでたい事は思いつかなかった。
「……日和くん、おめでとう」
それでもありったけの思いを込めて日和くんを祝福した。日和くんの目を見て言葉をかければ、満足してくれたようで頷いている。
「うんうん、これで今年もいい日和!ありがとうタヌキちゃん。送ってはあげれないけど、気をつけて帰ってね」
「うぅん、私の方こそありがとう。また暇つぶしの相手が欲しかったら連絡してね」
私の言葉に日和くんは苦笑して何かを呟いた。聞き返しても「なんでもないね」とアイドルスマイルを返されたから大したことじゃないのかもしれない。日和くんとまたねと別れて私は気分良く家路につく。日和くんといると楽しくて、こっちまで明るくなれる気がする。何にも予定の無かった日曜日を有意義に過ごせて私も「いい日和」とこっそり呟く。あぁそうだ。トイレットペーパーも買って帰ろう。
数日後、この日が日和くんの誕生日だったと知り慌てふためいて連絡をするのはまた別の話。
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