変換してね
短編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
そろそろ寝ようかな、と考えていた頃その男は現れた。
「近くまで来たから来ちゃった♪」
ドアチェーンを外さず開けた扉の隙間から、へらっと笑顔を見せてくる。微かにアルコールの匂いも漂わせていて私はまたかと思ってしまった。
「あのねぇ英智くん、何時だと思ってるの?」
「そうだね、夜の11時を過ぎた所かな」
語気の強い私なんて意に介さず、お高い腕時計を見てさらりと答える。本日の営業は終了しました、と扉を閉めたくなったがそうした所で英智くんは諦め悪く居座ることを知っていた。寝る所だったのにと文句を言いつつも一度扉を閉めてドアチェーンを外す。どうぞと中に招いてやればにこにこと嬉しそうに狭い部屋に入ってきた。
「ねぇ先にシャワー借りてもいいかな」
「えぇ?いいけど」
「浴槽も入っていいかな」
「そりゃぁ、好きにしていいけど」
家にあがるなり英智くんは脱衣所に向かう。やったぁと楽しそうだがどう考えてもこんな狭い家の狭い風呂に喜ぶ要素があるのか分からない。自分の家だか寮だかに帰れば湯船にだって足を伸ばして入れるはずなのに。なのに英智くんは私の家に来ると必ずお風呂に入り楽しんでいた。
「タヌキちゃんも一緒に入る?」
「入れないでしょその狭さじゃ」
「え、広い所だったら一緒に入ってくれるのかい?」
「広くても入らないけどね?」
夜、家に来る。泊まらせてもあげる。お風呂だって貸してあげる。でも私達は付き合ってない。どういう関係?と聞かれれば……同僚?同じスタプロに所属をしているというだけで、月とスッポン、雲泥の差はあるけれど。何故か英智くんと仲良くなって、家に泊まりに来るような間柄になってしまった。もちろん、天祥院家には恐れ多くて泊まりに行ったことなんてない。
「あぁ楽しかった。ありがとう、タヌキちゃん」
打ち上げとか接待とかで飲んだ日は高確率でうちに来るようになった英智くんは、当たり前のように着替えも置いている。当たり前のようにタオルを使って、当たり前のようにドライヤーも使う。そのどれもに、自分の家に帰った方がもっと質の良いものあるよね?と思ってしまうが、英智くんはそのどれもが「楽しい」という。
「絶対天祥院のお家の方が広くてのびのびできると思うんだけど」
飲んで疲れている日なんて尚更。それでも英智くんは家に来る。狭くてベッドとソファが兼用になってる部屋で、当たり前のように私の隣に座ってくる。壁を背に距離が近づいた英智くんからは、私と同じ匂いが微かにした。
「うん、でもあっちにはタヌキちゃんがいないだろう」
やはり疲れているのか、英智くんは私の肩に頭を乗せる。と思えばずりずりと下がってきて無遠慮に太股を枕代わりにし始めた。
「だからさタヌキちゃん」
英智くんは小さな子どものように体を丸めた。太股に乗っかった頭を撫でれば、同じシャンプー使ったのかな?と思うほどさらさらする金の糸が指の隙間から流れていく。
「僕と付き合おうよ」
撫でていた手が驚いて止まる。英智くんはお酒を飲んだ時しかこういう事は言ってくれない。そんな風には見えなかったが、今日は相当酔っていたようだ。照れ隠しか、本当に力つきたのか、英智くんは目を瞑ったまま規則正しい息を立て始めた。人の気も知らないで。
「そういうのは、酔ってない時に言ってよね」
口から出たのは恨み節か願望か。自分でもよく分からない感情を指にのせ英智くんの白い頬をつっついてみても返事は無かった。
17/27ページ