変換してね
短編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ただいまー…………?」
普段なら「おかえりなさい」とすぐに顔を見せてくれるのに、声すら返ってこなかった。何か手が放せないことでもしているのかな、とゆっくり靴を脱ぎ、上着を脱ぎ……それでも彼女はやってこない。少し寂しい気持ちを抑えながらリビングに入れば、彼女はソファで力無く座っていた。
「ただいまタヌキちゃん。どうしたんだい?具合でも悪いのかな」
僕が帰ってきたことに気づいていないはずもないのに、その目は虚ろにテレビばかり見ている。声をかけてもやっぱり反応の無いタヌキちゃんのおでこに手をやるが……熱は無さそうだ。
「……タヌキちゃん?」
「…………じゃった……」
「うん?」
「英智くんが、死んじゃった……」
「えっ、まだ生きてると思うんだけど」
もしかして自分が気づいていないだけで死んでいる、というやつだろうか。それなら声をかけても触っても反応の無い彼女の様子にも納得する……いや、僕は生きている。その証拠に、彼女に触ればちゃんと彼女の体温を感じる。
「なんでそんな哀しいことを言うんだい?」
彼女の隣に座り抱き寄せれば、人形のように大人しく僕の肩に体重を預けてくる。
「だって英智くん、死んじゃったんだもん」
じゃあここにいる僕はなんだ、と思ったが流れ続けるテレビを見て合点がいった。
「あぁ、今日が放送日だったんだね」
次回予告に病衣を身につけた僕が映った。ベッドの上で上半身を起こし微笑する演技は現場でも「うまいね!」と好評だったものだ。でもきっと来週のこれは誰かの回想シーン。彼女の言葉通り、僕は今日死んだはずだ。
「僕はここにいるよ」
「……英智くん死んじゃったらどうしよう」
「うーん……君には長生きをしてもらいたいな」
「英智くんのいない世界で長生きはつらいなぁ……」
「おや、それは嬉しいことを言ってくれるね」
「英智くんが死ぬ前に死にたいなぁ」
「それは考えたくない話だね」
もしもそうなったら……僕はどうするだろう。僕の心音を確かめるように、彼女の頭がずりずりと左胸に落ちてきた。大方、ドラマに感情移入をしすぎて良からぬ妄想でもしたんだろう。もう大丈夫だと、元気だと何度伝えても、もしかしたらと考えさせてしまう自分が少し情けない。
「ちゃんと動いてるかな?」
「うん、動いてる。英智くんの音がする……」
「安心した?」
「うん……」
「安心できた所でタヌキちゃんにお願いがあるのだけれど」
“お願い”の言葉にようやく僕を見た彼女と目が合った。でもやっぱりその目はどこか虚ろで、僕を映しているようで映していない。
「おかえり、って言ってくれないかな?」
僕の言葉にタヌキちゃんは「あ」と短く声を漏らし、何度も瞬きをする。瞼を開閉させる度、彼女の中に僕が映るのが分かった。ばつが悪そうに身を起こしたタヌキちゃんは、申し訳なさそうにソファに正座をする。
「あのね英智くん」
「うん」
「わざとじゃないんだけど」
「うん」
「あの、ごめんね?」
「今はそれより違う言葉が聞きたいかな?」
「英智くん、おかえりなさい!」
言葉と共に勢いよく抱きついてくる。タヌキちゃんが手を回した首から、頬ずりしてくる胸元から、彼女に触れる全ての場所から温かさを感じられ、やっと帰ってきた、と思えた。
「うん、ただいま、タヌキちゃん」
そんな些細なやり取りが、今はとても嬉しい。
19/27ページ