普通になれない僕たちは
クリエイティブダイレクターの肩書がついても、先方からオファーが来ることは無いような中小企業だったのに、今回ばかりは、川上と契約を結んでいると聞きつけた会社から逆にオファーが来るくらいであった。普段では余り契約できないような大手との交渉を成功すらした。川上秋一の名は凄まじく、いくつも契約が手に入る。
「秋、聞いてくれ!ここと、ここからも依頼が来た。お前のおかげだよ」
既にスタジオ兼家の鍵を手渡されている状態だった。家の中に飛び込んで、ソファで寝ぼけている秋一を起こす。
「そうなんだ」
「そうなんだ、って反応薄い!お前、ここは最大手だぞ」
「でも、女の人撮らないってば」
「頼むよ、ここの仕事は初めて手にできたんだ……」
「無理だって、興味ないもん」
「でも断るわけには!」
「最初に約束しただろ?俺は撮りたいものしか撮らないって」
寝起きの頭をぼりぼりと掻きながらマグカップを持ってコーヒーを淹れに行く。春樹が差し出した案件を指先でつまんで、右と左に分けていく。
「コンセプトがそのままなら、こっちは撮る、こっちは撮らない」
「は?」
「俺、最初に言ったよね?春だから引き受けたって。それ以上の条件は譲歩しない」
振り分けられた企画書の内三分の二を春樹に押し付けて、コーヒーをなみなみと注いでソファに戻る。女性は撮らないってば、という中にはジュエリーの広告もあり、はあと頭を抱える。何とかと食い下がる春樹に苦笑して、商材を手にして光に透かしてみる。
「春、取敢えずモデルしてみてここに返してみてよ。意外といい反応かも知れないよ」
「もうここは最後でいいから、他のとこから取り掛からないか……。今撮ってくれるって言ったあたりから」
「山形か、ロケの同行の許可貰えるの?」
「勿論。この案件は場所も指定されているから許可も下りている」
「きっと日の入りが一番綺麗だ。磯の匂いと、どことなく懐かしい食べ物の匂い。郷愁っていうのかな。そのままこの二つ目のロケも行こう、日本は久しぶりだ」
先ほどまで仕事を選り分けていた男とは別人のようにやる気を見せる。なぜか秋一とは無縁だと勝手に思っていたタブレット端末を器用に繰る手をぼんやりと見ながらぽつりとつぶやく。
「秋、そんなもん使えるんだな」
「まあね。ちょっとお世話になってた人からもらって」
「男?」
「うん、若くてかわいかった」
「そういうのな……」
「ねえ、ここに二泊するのは?もしかしたら一日は少し雨がけぶったいい写真が撮れるかもしれない。春、スケッチブックと色鉛筆が必須だ」
「……俺、もう絵はやめたんだって」
「あれ、本気だったの?お前の絵、好きだったのに」
「金になんないもん、続けたってさ。仕方ないだろ」
ふうん、というあまり興味を持たないような返事が返ってくる。あっさりとした返しに、些か拍子抜けしながらも安堵していた。
「まあ、構想練るのに欲しいから持ってきてよ。あとこれと……」
まるで大学生のころの旅行の様だ。全くそんな気もなかったのに、楽しそうにリストを作成する秋一を見ていると思わずつられてタブレット端末を覗き込む。マップで見る景色はどれも輝いて見てえて、久しぶりにすごく楽しみなことができたと思ってしまった。
「俺が車を借りるから、海岸線沿いをしばらく走ってお前が撮りたいもの探せよ」
「春運転下手じゃん」
「上手くなったから、過去の俺と比べてみろよ」
「あんまり信頼していないけど、まあバイタクより安心かな」
「あれよりは遥かに安心だろ」
結局何かに触発される様にスケッチブックをカバンの中に詰めたが、取り出すことなく旅も終わってしまった。
「秋、聞いてくれ!ここと、ここからも依頼が来た。お前のおかげだよ」
既にスタジオ兼家の鍵を手渡されている状態だった。家の中に飛び込んで、ソファで寝ぼけている秋一を起こす。
「そうなんだ」
「そうなんだ、って反応薄い!お前、ここは最大手だぞ」
「でも、女の人撮らないってば」
「頼むよ、ここの仕事は初めて手にできたんだ……」
「無理だって、興味ないもん」
「でも断るわけには!」
「最初に約束しただろ?俺は撮りたいものしか撮らないって」
寝起きの頭をぼりぼりと掻きながらマグカップを持ってコーヒーを淹れに行く。春樹が差し出した案件を指先でつまんで、右と左に分けていく。
「コンセプトがそのままなら、こっちは撮る、こっちは撮らない」
「は?」
「俺、最初に言ったよね?春だから引き受けたって。それ以上の条件は譲歩しない」
振り分けられた企画書の内三分の二を春樹に押し付けて、コーヒーをなみなみと注いでソファに戻る。女性は撮らないってば、という中にはジュエリーの広告もあり、はあと頭を抱える。何とかと食い下がる春樹に苦笑して、商材を手にして光に透かしてみる。
「春、取敢えずモデルしてみてここに返してみてよ。意外といい反応かも知れないよ」
「もうここは最後でいいから、他のとこから取り掛からないか……。今撮ってくれるって言ったあたりから」
「山形か、ロケの同行の許可貰えるの?」
「勿論。この案件は場所も指定されているから許可も下りている」
「きっと日の入りが一番綺麗だ。磯の匂いと、どことなく懐かしい食べ物の匂い。郷愁っていうのかな。そのままこの二つ目のロケも行こう、日本は久しぶりだ」
先ほどまで仕事を選り分けていた男とは別人のようにやる気を見せる。なぜか秋一とは無縁だと勝手に思っていたタブレット端末を器用に繰る手をぼんやりと見ながらぽつりとつぶやく。
「秋、そんなもん使えるんだな」
「まあね。ちょっとお世話になってた人からもらって」
「男?」
「うん、若くてかわいかった」
「そういうのな……」
「ねえ、ここに二泊するのは?もしかしたら一日は少し雨がけぶったいい写真が撮れるかもしれない。春、スケッチブックと色鉛筆が必須だ」
「……俺、もう絵はやめたんだって」
「あれ、本気だったの?お前の絵、好きだったのに」
「金になんないもん、続けたってさ。仕方ないだろ」
ふうん、というあまり興味を持たないような返事が返ってくる。あっさりとした返しに、些か拍子抜けしながらも安堵していた。
「まあ、構想練るのに欲しいから持ってきてよ。あとこれと……」
まるで大学生のころの旅行の様だ。全くそんな気もなかったのに、楽しそうにリストを作成する秋一を見ていると思わずつられてタブレット端末を覗き込む。マップで見る景色はどれも輝いて見てえて、久しぶりにすごく楽しみなことができたと思ってしまった。
「俺が車を借りるから、海岸線沿いをしばらく走ってお前が撮りたいもの探せよ」
「春運転下手じゃん」
「上手くなったから、過去の俺と比べてみろよ」
「あんまり信頼していないけど、まあバイタクより安心かな」
「あれよりは遥かに安心だろ」
結局何かに触発される様にスケッチブックをカバンの中に詰めたが、取り出すことなく旅も終わってしまった。