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普通になれない僕たちは

『次はーーー、ーーー、』

 呪詛のようなため息を吐いて、ホームに降り立つ。全く関係がないと思っていたが、自分の居住区とそんなに離れてはいない。何処かですれ違っていたかもしれないと思うと、何か言われる前から気まずくて仕方ない。取敢えず本件を取り付ければ部長の機嫌も安泰、さらに自分の業績評価は悪くないかもしれないと励まして改札を抜ける。
 都会の海の中、ぽっかりと置き去りにされたかのような閑静な駅だった。かといって寂れているわけではなく、『閑静』という言葉がぴったりの世界だった。

「すっげぇ……」

 思わず小さな感嘆が漏れるほどに寂れた家だった。世界的に有名な写真家が居を構えている、スタジオと事務所を兼ねた建物だとは到底思えない。何度住所とスマホを照らし合わせても、その場所を示す。ようやく見つけた表札には、やはり『川上』の文字が小さくみえる。思い切ってインターフォンに手を伸ばして鳴らしてみるものの、一切音がしない。何度鳴らしたところで何の反応もなく、音が鳴る気配すらしないので、いい加減腹が立ってそっと門扉を押すと、ぎい、という不服気な音と共に軽く開く。川上というのが自分の知っている川上では無ければどうしようという一抹の不安はあったものの、ここまで来てそれすら確かめずに帰って、翌日藤田に使えないやつ、というレッテルを張られるのはごめんだ。 

「すいません……」

 奥に進むにつれ、本当に人が住んでいるのか?という疑問が強くなる。荒れ放題の庭と、今にも崩れそうな建物が見えてくる。昔からこういう場所が好きではあったという記憶はあるが、果たしてここまでだったのだろうか。最早軽く寂れた密林の様だ。奥にようやく現れた家は、その庭とは違い割と落ち着いた建物が現れた。インターフォンが今度こそ通じていることを祈りながら押すと、中からごそごそという人の気配をようやく感じる。……のに、一向に人が現れない。十分経ってもドアが開かないせいで、今まで抱えていた緊張や不安は全て流れ落ち、引き戸をだんだんと拳でノックしていた。

「川上さーん、川上さん、いらっしゃるんでしょ?」

 さながらヤクザのような呼び出し方だとは思ったが、居留守は誰だって腹が立つ。特に上手にとりつくろえてもいない居留守の場合は。

「川上秋一さん、いらっしゃるんでしょ?借金取りとかではなく、お仕事の依頼なんですが……」
「し、仕事なら帰ってください」
「いや、お話だけさせてください、お願いします」

 どうしても自らの過去を持ち出して話すのはアンフェアな気がして、必死で食い下がる。

「兎屋のどら焼きをお持ちしたので、それだけでも」

 もはや仕事でもなんでもなく、だただた手土産の話を持ち出した瞬間、扉の向こうの気配がピタッと止んだ。がらがら、扉が軋んで僅かに開くと、隙間からもじゃもじゃの頭が覗く。

「どら焼き……?それならどうぞ」

 がらりとドアが開け放たれ、家の奥に入っていく背中が見える。引き戸の奥はそのまま土間で、靴のまま入っていくことが出来る。誘われるがままその家に足を踏み込み、秋一が消えていった部屋のドアを開ける。
 高い天井から自然の光がやんわりと刺しこむ。白い壁が天井に生い茂った木のおかげで柔らかな色に染め上げられ、昼間なのにまるで海の中を揺蕩っているかのような静けさに身体が包まれる。ぽつんとそのスタジオにカメラと椅子が置かれており、椅子には白い埃が被っている。いつから使っていないのだろう、こんな素敵なスタジオを活かさないなんてあまりにも勿体ない。

「どうぞ、ここ。アシさんとかいないから、お茶とかないんだけど」

 冷えていない水が机の上に無造作に二本置かれる。長いもじゃもじゃの髪の毛は無造作に束ねられ、首元の伸び切っただらしない白いTシャツで春樹の前に腰を下ろした。
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