普通になれない僕たちは
久しぶりに深酒をした。明日は休みだ、もう一件行こうという秋一を連れ、上手くいかないカンプも抱えて、終電ギリギリに飛び乗って二人でスタジオ兼家に帰る。
シャワーを浴びてそのまま寝室に転がっていく秋一を羨ましそうに見送りながら、買いこんできたエナジードリンクで自身をリセットしてもう一度カンプに向き合う。商品からインスピレーションを、と思ってケータイの写真をスワイプしていくと、嬉しそうに指輪を眺める秋一が写る。
何を考えてそうしたのか知らないが、大学生の後半から就職するまでの一年で一緒にいることを決められていたのであれば一緒に指輪を選んでいたのだろうかとぼんやりと空想する。
でも、あの時は確かに別れるという選択肢しか自分にはなかった。周囲からのプレッシャーと、成果の出せない自分。普通じゃないパートナーに、すべて疲れてしまった。
そんなことをつらつらと考えながら、スケッチブックに向かい合う。何枚も何枚も描き上げても満足いくものができない。時計の針が、まるで寿命の残り時間のように大きな音を立てて進んでいく。焦り、緊張、不安。
「だめだ、何を描いても目新しさも何もない、普通の見慣れたものになる。なんなんだよ!」
パンっとペンを机に叩きつけて頭を抱える。どうしても普遍的なイメージのジュエリー広告が脳裏によぎってしまい、何度描き直しても同じになってしまう。
「なにかイメージはある?」
「うわっ、びっくりした……いつの間に降りてきてたんだよ。……そうだな、この店のコンセプトみたいに、ぱっと見は気付かないけれど、内側から溢れ出すような自信をこう、新しい視点で」
「新しい視点な。それは何時だって問題になるよな」
湯気を立てるマグカップが横に置かれて、いつの間にか朝になっていることに気付く。
「どうやっていつもセンスが溢れ出して止まらない写真が撮れるわけ」
ぐあ、と伸びをしてコーヒーを飲む。徹夜明けには堪らない、目が覚めていく感覚。
「俺は、多分普通じゃないことを普通にしているからかな」
「なにそれ」
「春は、追い求めた普通を手に入れて、その"普通"に縛られているんだ」
綺麗なモスグリーンのマグカップを大きな両手で挟みながら、正面に座り直して秋一が真っ直ぐ春樹を見つめる。
「大学生のころ、あれだけ普通じゃない自分に憧れていたのにさ、面白いよね」
「絵の才能と人生の普通さは違うだろ……」
その話をされると、後ろめたさで心が締め付けられる。きっとそれを知っているのにもかかわらず、ふにゃりと笑って春樹と目線を合わせる。
「そうだね、でも違いはきっとここ。普通じゃないって言われても分からない俺と、ちゃんとそれが分かって、適合しようとしたお前の差だろ」
いつの間にか嵌っているリングが、陶器のマグカップと当たってカチリと音を立てる。いつの間にか昨日の指輪が指に嵌っている。
「普通じゃなくなりたかったお前が、普通に飲み込まれちゃった、それだけだろ。春樹は春樹でいいのに。世間の普通がなんなんだよ」
「俺は、お前みたいに……強くなれない。普通、が必要で、それが、」
「いいんだよ、そういう人がいたって。普通っていうのを否定しちゃいけないと思う。定義もできないけどね。でも、それで自分を責めるのだけはしちゃいけないと思うんだ。自分が自分でいることの否定は最悪だろ」
「でも」
「俺は、俺が撮りたいものを撮る。それだけ。生きたいように生きて、まあその責任はちゃんと自分で取れる範囲で生きている。もっと気楽に生きればいいとおもうけど」
男関係はもう少し自重しないといけないと思った、などと最後に茶化してみせる。
「春は春が描きたいものを描いてよ。俺はそれが一番好きだ。普通だっていいじゃん。普通を求めている人だっているんだ」
春樹はこの場に鏡がなくて本当に良かったと思った。きっと自分は誰よりも惚けた顔で秋一を見ていただろう。なんだっていいじゃないかと受け流せる大きさがあまりにも羨ましくて。そして、無条件で肯定された気がして。
「ほんの少しの勇気が足りなかっただけ、自分を受け入れる勇気が。もし、もしその勇気がでたら。自惚れかもしれないけど、これでも着けてよ」
昨日の小箱が差し出される。秋一と同じデザインの指輪が鎮座している。受け取るか受け取らないか迷うこともなく、すっと手を伸ばしてそれを受け取った。貰った言葉に背中を押されたのは事実だったし、なんとなくこれを逃したら二度とチャンスは来ないことが分かっていた。
「全て自分で整理を付けられたら、今度は俺から告白させてくれ、ケジメ、つけたくて」
「うん、いつになったって、どれだけ経ってもきっと俺は待ってるよ」
ソファのひじ掛けに座って、春樹の額にキスをする。
この仕事は、何を賭けてもやり遂げようと決意も新たに、もう一度だけスケッチブックと向き合う。
「今日の夜一回見てもらってもいいか?」
「うん。明日あたり、モデルの方もアレンジする?」
「また連絡する。仕上げてくるから、先方にカンプOK貰ったら入れる」
「分かった。必要なものあれば言ってくれ」
男二人が並んでも余裕の広さを誇るキッチンで、意味もなく二人並んで後片付けをしたあとにそれぞれの仕事に戻っていく。
シャワーを浴びてそのまま寝室に転がっていく秋一を羨ましそうに見送りながら、買いこんできたエナジードリンクで自身をリセットしてもう一度カンプに向き合う。商品からインスピレーションを、と思ってケータイの写真をスワイプしていくと、嬉しそうに指輪を眺める秋一が写る。
何を考えてそうしたのか知らないが、大学生の後半から就職するまでの一年で一緒にいることを決められていたのであれば一緒に指輪を選んでいたのだろうかとぼんやりと空想する。
でも、あの時は確かに別れるという選択肢しか自分にはなかった。周囲からのプレッシャーと、成果の出せない自分。普通じゃないパートナーに、すべて疲れてしまった。
そんなことをつらつらと考えながら、スケッチブックに向かい合う。何枚も何枚も描き上げても満足いくものができない。時計の針が、まるで寿命の残り時間のように大きな音を立てて進んでいく。焦り、緊張、不安。
「だめだ、何を描いても目新しさも何もない、普通の見慣れたものになる。なんなんだよ!」
パンっとペンを机に叩きつけて頭を抱える。どうしても普遍的なイメージのジュエリー広告が脳裏によぎってしまい、何度描き直しても同じになってしまう。
「なにかイメージはある?」
「うわっ、びっくりした……いつの間に降りてきてたんだよ。……そうだな、この店のコンセプトみたいに、ぱっと見は気付かないけれど、内側から溢れ出すような自信をこう、新しい視点で」
「新しい視点な。それは何時だって問題になるよな」
湯気を立てるマグカップが横に置かれて、いつの間にか朝になっていることに気付く。
「どうやっていつもセンスが溢れ出して止まらない写真が撮れるわけ」
ぐあ、と伸びをしてコーヒーを飲む。徹夜明けには堪らない、目が覚めていく感覚。
「俺は、多分普通じゃないことを普通にしているからかな」
「なにそれ」
「春は、追い求めた普通を手に入れて、その"普通"に縛られているんだ」
綺麗なモスグリーンのマグカップを大きな両手で挟みながら、正面に座り直して秋一が真っ直ぐ春樹を見つめる。
「大学生のころ、あれだけ普通じゃない自分に憧れていたのにさ、面白いよね」
「絵の才能と人生の普通さは違うだろ……」
その話をされると、後ろめたさで心が締め付けられる。きっとそれを知っているのにもかかわらず、ふにゃりと笑って春樹と目線を合わせる。
「そうだね、でも違いはきっとここ。普通じゃないって言われても分からない俺と、ちゃんとそれが分かって、適合しようとしたお前の差だろ」
いつの間にか嵌っているリングが、陶器のマグカップと当たってカチリと音を立てる。いつの間にか昨日の指輪が指に嵌っている。
「普通じゃなくなりたかったお前が、普通に飲み込まれちゃった、それだけだろ。春樹は春樹でいいのに。世間の普通がなんなんだよ」
「俺は、お前みたいに……強くなれない。普通、が必要で、それが、」
「いいんだよ、そういう人がいたって。普通っていうのを否定しちゃいけないと思う。定義もできないけどね。でも、それで自分を責めるのだけはしちゃいけないと思うんだ。自分が自分でいることの否定は最悪だろ」
「でも」
「俺は、俺が撮りたいものを撮る。それだけ。生きたいように生きて、まあその責任はちゃんと自分で取れる範囲で生きている。もっと気楽に生きればいいとおもうけど」
男関係はもう少し自重しないといけないと思った、などと最後に茶化してみせる。
「春は春が描きたいものを描いてよ。俺はそれが一番好きだ。普通だっていいじゃん。普通を求めている人だっているんだ」
春樹はこの場に鏡がなくて本当に良かったと思った。きっと自分は誰よりも惚けた顔で秋一を見ていただろう。なんだっていいじゃないかと受け流せる大きさがあまりにも羨ましくて。そして、無条件で肯定された気がして。
「ほんの少しの勇気が足りなかっただけ、自分を受け入れる勇気が。もし、もしその勇気がでたら。自惚れかもしれないけど、これでも着けてよ」
昨日の小箱が差し出される。秋一と同じデザインの指輪が鎮座している。受け取るか受け取らないか迷うこともなく、すっと手を伸ばしてそれを受け取った。貰った言葉に背中を押されたのは事実だったし、なんとなくこれを逃したら二度とチャンスは来ないことが分かっていた。
「全て自分で整理を付けられたら、今度は俺から告白させてくれ、ケジメ、つけたくて」
「うん、いつになったって、どれだけ経ってもきっと俺は待ってるよ」
ソファのひじ掛けに座って、春樹の額にキスをする。
この仕事は、何を賭けてもやり遂げようと決意も新たに、もう一度だけスケッチブックと向き合う。
「今日の夜一回見てもらってもいいか?」
「うん。明日あたり、モデルの方もアレンジする?」
「また連絡する。仕上げてくるから、先方にカンプOK貰ったら入れる」
「分かった。必要なものあれば言ってくれ」
男二人が並んでも余裕の広さを誇るキッチンで、意味もなく二人並んで後片付けをしたあとにそれぞれの仕事に戻っていく。
