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普通になれない僕たちは

 交番前、午後七時。都会の雑踏に久しぶりに踏み入れた秋一はその人ごみに思わず気圧される。
 顔を隠すように俯いてポストに凭れ掛かり、少しばかり遅れるというメッセージを瞬かせている液晶を見下ろした。

「待たせえた、ごめん」

 もう限界だ、と抜け出そうとした瞬間、春樹の声が降ってきて、ぱっと目線を上げる。縦のストライプが入ったスーツ姿が様になる男が正面に立っていて僅かばかり安堵する。

「こんな人が多いところで毎日生きてるなんて、信じられない」
「お前だってインドやらメッカやら、人が多いところに行くのは慣れているだろ」
「それとこれは違うだろ、もう……」

 はぐれないようにと自然に春樹のスーツの裾を掴んでついて行く。雑踏を抜け、商店街へ。キラキラと輝くショウウィンドウを両側に受けて目当ての店へと二人で並んで歩く。

「これは気後れしそう。ちゃんとした服を着てくればよかった」
「世界の川上だろう、別に問題ないよ」

 それでもやはり、ジュエリーショップは男二人には少しハードルが高い。

「金持ちそうな客ばっかりだな」
「そうだな、本当に高い店だからなあ」 

 少し離れたところから、二人並んで店を眺める。ペンシルスカートの女性、パンツ姿の女性にエレガントなワンピースの女性。ひとりで入ってくるときもあれば、同伴者で男性を連れてくる女性もいる。難しそうな顔をしたり、嬉しそうな顔をして出てきたり、反応も様々だ。

「入ってみる?……プレゼントを探すふりをして、どう?」

 少し及び腰の春樹を見て、悪戯そうに秋一が笑う。すっと腕を取って、春樹が嫌がるのを物ともせずに、店に足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ」
「ちょっと、秋」
「指輪を見に来たんだけど、いいかな」
「勿論ですとも」

 シックな制服に、ゴールドの輝きがよく映える。二人が並んできたところで特に目立った反応もせずに、にこやかに大きめのリングのコーナーに通す。

「春樹、みて。これとか似合いそう。石は要らないし」

 シンプルなシルバーを見てわざとらしく微笑んで振り返り、春樹の腰に腕を回す。

「やめろよ、困るだろ」
「試されますか?」

 いいです、という春樹の声より先にはい、と指を差し出している秋一に頭を抱える。まるでこれでは自分が抱かれている様ではないか。今はなんの関係も無いけれど。

「お二人とも指が綺麗な形をしていらっしゃるので、もう少し細いものでもお似合いになりそうですね」
「春樹、どう?俺ももう少し細い方が好きかもしれない。そちらのものも試してもいいですか?」

 対人スキルが極限までなくなっていると思っていたのにどうやらそれは、ただ面倒だっただけの様だ。積極的に店員とやり取りをして、とてつもない金額の指輪を見繕っている。加えて、まるで自分たちがそういう関係であるかの様な体をして。
 それを否定する体力もなく、当初の目的だった店内の観察をする。落ち着いた色合いながら金の掛った店内を見回す。元々大きなメーカーだったが、それだけではどうしても生き残れない。新しいデザイナーに、新しい広告を大きく打とうという目論見なのだろうか。この店の命運を握りそうな男は、嬉しそうにリングを見下ろして熱心に選んでいる。

「春樹は何か好みある?せっかくやる気になってくれたんだから、研究のための投資は惜しまないつもりなんだけど」

 投資って考えたら、楽じゃない?そう続けられても、それをすんなり受け入れられるほど若くはない。金の価値も、ただよりやすいものもはないこともわかっているのに。

「秋の好きにしたらいいよ、うん……でも、俺そんな大金ポンと出せないからな」
「お金はいいんだよ、とりあえず会計はこれで、一括で」

 途中、何人か店を覗いた女性客も特に二人に注意を払う訳でもなく自分の好きなものを買って帰っていく。ブランドのターゲットと客層がちょうど合っている、いいブランドだと思った。横で機嫌良さそうに紙袋を振り回している男の行動に対する態度を含めて。

「お前さあ、そういうの」
「あ、ねえあの店入ろう、お昼がっつり食べちゃったから飲みに行くついでぐらいが嬉しい」 

 人の話を聞く気はないようだ。はあ、と溜息をつきながらもその誘いに乗って、細い階段を降りていく。これだけ摩天楼が聳え立つ中、薄暗い地下に潜り込んでいく。ぽっと広がるオレンジ色がありがたくて、控えめな音を立ててドアベルを鳴らして入る。
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