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普通になれない僕たちは

 終電ギリギリ一本前に飛び乗って帰路に着く。金曜の夜、世界は浮足立っているが、春樹はそれを脇目に、三次会の帰りの人間より吐きそうな顔をして電車を降りた。

「しんど……」

 給料の良さに目が眩んで就いた仕事だ、しんどいのは当たり前だと分かっていながらそのハードさに辟易していた。ボーナスもいい、給料もいい、だが平均勤続年数が短くて、稼いで転職していく人間が多い中、自分は長く勤めている方だという自負はあった。人間関係は面倒ではないのだけが唯一の救いだとは思うが、それにしても補い合って余りあるほどにハードだ。
 パチリ、と電気をつけると、帰って寝るだけの塒が照らし出される。清潔とは断言し難いが、それなりに住めるし、大屋はうるさく無いので春樹は存外そこが気に入っていた。
 部屋に入る途中で電気ケトルをかちりとセットして、湯が沸くまでの間に昨日のごみを纏める。湯が沸き上がると、三分待つ間にワイシャツを脱ぎ捨て、靴下から解放される。一日中パソコンと向き合った後で、自分に来ている連絡をチェックする。煩い親とまた新たな結婚報告を目を滑らせながらチェックした後に、ようやく自分の必要とするネットニュースを追いかける。幾ら疲れていても、世界の動きは春樹を待ってはくれない。

「あ」

 カテゴリー別のニュースをぶち抜いた、大きな面に思わず目が行く。

『世界的知名度のある写真展で見事一位を受賞、新進気鋭のフォトグラファー、川上秋一。彼の見せる世界』

 連なる写真を捲る手が震える。思わず引き込まれるような強い魅力。掌が汗ばむのを感じる。 自然の一瞬を収めた写真の美しさは、いつ見ても目を奪われる。何度も何度も見直して、確かにそれが秋一のものだと納得する。

「あいつ、いつの間にこんなにすごくなったんだ……?」

 記事の最後につらつらと書かれた経歴は、途中まで春樹と同じ経歴が並んでいる。卒業後の先が、というところでふと我に返って思い出した。 

「ら、ラーメンが!」

 急いで開けたが、どう見ても麺が伸びきっている。とはいえ、夕飯がないのも辛い。水分を含みすぎてブヨブヨの半ば冷めた麺をもさもさと咀嚼して、その記事をスワイプして消し去る。未練たらしいことこの上なく、いったい自分は何をしているのかと自嘲気に笑う。
 羨ましいのかと聞かれたら、絶対にハイとは答えないだろうが、自分でも心底彼の選択を羨ましがっているのは自覚している。でも、決定的に違ったのだ、自分とは。才能が溢れる秋一と、ただただ絵を描くのが好きなだけであった春樹。そういえば、秋一はポートレートが得意なのではなかったのだろうか。古い記憶を引きずり出すふりをしたくとも、いつも鮮明に思い出せてしまう。

「俺は、別に……」

 羨ましくなどない。不安定で、将来の確約も低く、下手をすれば仕事の掛け持ちが必要となる仕事は自ら断ったのだ。才能が無いものには用がない世界。
ふう、と息を吐いてビールのプルタブを引っ張る。くだらないテレビを見る気もなく流しながら、ソファに沈み込む。土日になってもすることのない、暇な人生が静かに目の前に横たわるのを感じながら生暖かい眠気に身を委ねる。
 夢に見たのは、モノクロの映画のようにゆったりと流れる自分たちの過去の思い出。突然の別れを切り出した春樹を呆然と見上げる秋一の顔。
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