古市左京
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千秋楽公演が終わり、打ち上げも始まってから2時間ほどが経過してそれぞれが話し込む空気になってきたところで私はそっと席を外して空になった劇場の扉を開けていた。
作業灯のスイッチを付けると、バラシが終わってがらんとした舞台と舞台袖が白っぽい光に包まれる。
そっと舞台上に足を踏み入れると、真っ暗闇の客席がどこか恐ろしいように見えて、無意識に足がすくんでしまった。
それでも舞台の真ん中まで足を進め、1人で客席に向かって立ちつくす。
数時間前にはセットが組まれ、照明に照らされていた舞台は物語の世界にあってその向こうにたくさんの背景が見えていたのに、ただ床と幕に覆われた空間になった舞台は、もっと狭くて舞台の空間以上のなにものでもなくなっていた。
私はすうっと息を吸い、台詞の一節を口に出そうとして、一文字目を発する形に口を動かしたところで止まってしまった。
「はは……」
代わりに小さな笑い声を漏らし、つい視界が潤んで霞そうになるのをぐっと堪える。
またすぐに打ち上げ中の寮に帰らなければいけないのだから、目を赤くしたりしてはいけない。
「次はお前も舞台に立つか」
不意にかけられた声に、はっとして振り返る
「さ、左京さん…」
ゆっくりとした足取りで近づいてくる左京さんに、私は慌てて笑顔を向ける
「なに言ってるんですか、MANKAIカンパニーは男性だけの劇団ですし、第一私みたいな大根は舞台に立つ資格なんてないの分かってますから!それに私は監督として、カンパニーの舞台の演出が出来るだけで毎日幸せだし…」
「舞台に立つ資格なんて、誰が決めるもんでもないだろ」
私の言葉を遮るように、隣に立った左京さんが言葉をかけてくる。その目はお酒のせいなのか、少し熱を帯びているように見えた。
「俺はお前のおかげで舞台に立つことができた。ずっと焦がれてきたこのカンパニーの舞台に立てて、本当に…幸せだと思った。それでもし、お前とこの舞台に立てるならそれ以上の…いや」
そこまで言って言葉に詰まってしまう左京さんの隙をつくかのように、私は畳み掛けるように
「私、演劇が本当に好きで、もちろん演じることは大好きですけど、それはもう無理だなぁって思っていたところでまたこのカンパニーで演劇をつくることができて、本当に幸せなんです。今までずっと、劇場に住みたいって思うくらい劇場が舞台が演劇が好きで、それも叶えられたしもうそれだけで夢みたいなんですよ!
だから更に舞台に立ちたいなんて、そんなの自己満足の舞台にしかならないって分かってるんです。だから…」
「俺は自己満足でもなんでもいいって言ってんだ!」
今度はもっと強く、左京さんの声が私の言葉を遮る。声が劇場に反響して、天井に吊るされた灯体が小さく揺れる音がした。
左京さんは一度はっとしたような表情をして、それでも私から目をそらさずに絞り出すような声で続けた。
「…俺は、お前が舞台にまた立ちたいなら立たせてやりたい。お前が幸せであれば、客がどう思うかなんて関係ない、そう思う…演劇は何より好きだが、お前と比べるなら、俺は…」
「左京さん、待ってください」
私は、気づいたら涙を流していた
嬉しさと、悔しさの入り混じった涙だった
「左京さん、私、この公演を左京さんと一緒につくれて、幸せでした。今分かったけど、私あなたのことが…好きみたいです。いま、すごく嬉しい」
「…いづみ」
左京さんの手が少し私の体に近づくように持ち上げられ、私はそれを遮るように言葉を続ける
「でも、でも今、ものすごく悔しい、悔しいです。……私は、なによりいい舞台をつくりたい。そのために自分が舞台に立つことを諦めるのは、辛い気持ちはあっても迷うところではないんです。
…左京さん。」
「…、ああ」
「私は今、はっきり分かりました。私はもう二度と舞台には立たない。でも代わりに、演出としていい舞台を作るために一生頑張り続けたいです。だから」
左京さんの中途半端に行き場を無くしていた手に、私の手をそっと重ねる
「左京さんも一生、私の舞台に立ち続けてくれますか?」
涙でぼろぼろの顔で、それでも晴れやかな気持ちで笑顔を浮かべて左京さんの瞳を見つめる。
左京さんの瞳にもうっすらとゆらぎが見え、そしてすぐに言葉がかかる。迷いはない声色だった
「もちろんだ。…一生、俺はお前とこのカンパニーで演劇を続ける。それ以外の選択肢はない。」
その時、舞台の作業灯がチカチカと点滅し、ふっと消えた。
「…!大丈夫か、危ないから動くんじゃねえぞ、」
左京さんの焦った声がすぐ近くで聞こえ、ぐっと手を握られる。
そのまま少しの沈黙、じわりと少し左京さんの体温が近づくのを感じたところで、私はあっと声をあげた
「…な、なんだ。どうした」
「左京さん、ほら、蓄光が」
まっくらになった舞台には、公演中暗転の目印として付ける蓄光テープがちらほらと残されていて、まるで星空のように仄かな光を放っていた。
「あいつら、ちゃんと全部剝がせって言ったのに仕事が甘えんだよ…」
「はは、でもおかげで舞台から出られそうですよ!そろそろ打ち上げに戻らないと。」
「…そうだな」
そう言うと左京さんは私の手を引き、蓄光の目印を頼りに舞台袖まで歩き出す。
「左京さん。これ、まるで夜空の中を歩いてるみたいですね」
「…ああ」
夢の舞台から、打ち上げの喧騒に帰っていく夜空の旅は、永遠のように美しく感じた。
作業灯のスイッチを付けると、バラシが終わってがらんとした舞台と舞台袖が白っぽい光に包まれる。
そっと舞台上に足を踏み入れると、真っ暗闇の客席がどこか恐ろしいように見えて、無意識に足がすくんでしまった。
それでも舞台の真ん中まで足を進め、1人で客席に向かって立ちつくす。
数時間前にはセットが組まれ、照明に照らされていた舞台は物語の世界にあってその向こうにたくさんの背景が見えていたのに、ただ床と幕に覆われた空間になった舞台は、もっと狭くて舞台の空間以上のなにものでもなくなっていた。
私はすうっと息を吸い、台詞の一節を口に出そうとして、一文字目を発する形に口を動かしたところで止まってしまった。
「はは……」
代わりに小さな笑い声を漏らし、つい視界が潤んで霞そうになるのをぐっと堪える。
またすぐに打ち上げ中の寮に帰らなければいけないのだから、目を赤くしたりしてはいけない。
「次はお前も舞台に立つか」
不意にかけられた声に、はっとして振り返る
「さ、左京さん…」
ゆっくりとした足取りで近づいてくる左京さんに、私は慌てて笑顔を向ける
「なに言ってるんですか、MANKAIカンパニーは男性だけの劇団ですし、第一私みたいな大根は舞台に立つ資格なんてないの分かってますから!それに私は監督として、カンパニーの舞台の演出が出来るだけで毎日幸せだし…」
「舞台に立つ資格なんて、誰が決めるもんでもないだろ」
私の言葉を遮るように、隣に立った左京さんが言葉をかけてくる。その目はお酒のせいなのか、少し熱を帯びているように見えた。
「俺はお前のおかげで舞台に立つことができた。ずっと焦がれてきたこのカンパニーの舞台に立てて、本当に…幸せだと思った。それでもし、お前とこの舞台に立てるならそれ以上の…いや」
そこまで言って言葉に詰まってしまう左京さんの隙をつくかのように、私は畳み掛けるように
「私、演劇が本当に好きで、もちろん演じることは大好きですけど、それはもう無理だなぁって思っていたところでまたこのカンパニーで演劇をつくることができて、本当に幸せなんです。今までずっと、劇場に住みたいって思うくらい劇場が舞台が演劇が好きで、それも叶えられたしもうそれだけで夢みたいなんですよ!
だから更に舞台に立ちたいなんて、そんなの自己満足の舞台にしかならないって分かってるんです。だから…」
「俺は自己満足でもなんでもいいって言ってんだ!」
今度はもっと強く、左京さんの声が私の言葉を遮る。声が劇場に反響して、天井に吊るされた灯体が小さく揺れる音がした。
左京さんは一度はっとしたような表情をして、それでも私から目をそらさずに絞り出すような声で続けた。
「…俺は、お前が舞台にまた立ちたいなら立たせてやりたい。お前が幸せであれば、客がどう思うかなんて関係ない、そう思う…演劇は何より好きだが、お前と比べるなら、俺は…」
「左京さん、待ってください」
私は、気づいたら涙を流していた
嬉しさと、悔しさの入り混じった涙だった
「左京さん、私、この公演を左京さんと一緒につくれて、幸せでした。今分かったけど、私あなたのことが…好きみたいです。いま、すごく嬉しい」
「…いづみ」
左京さんの手が少し私の体に近づくように持ち上げられ、私はそれを遮るように言葉を続ける
「でも、でも今、ものすごく悔しい、悔しいです。……私は、なによりいい舞台をつくりたい。そのために自分が舞台に立つことを諦めるのは、辛い気持ちはあっても迷うところではないんです。
…左京さん。」
「…、ああ」
「私は今、はっきり分かりました。私はもう二度と舞台には立たない。でも代わりに、演出としていい舞台を作るために一生頑張り続けたいです。だから」
左京さんの中途半端に行き場を無くしていた手に、私の手をそっと重ねる
「左京さんも一生、私の舞台に立ち続けてくれますか?」
涙でぼろぼろの顔で、それでも晴れやかな気持ちで笑顔を浮かべて左京さんの瞳を見つめる。
左京さんの瞳にもうっすらとゆらぎが見え、そしてすぐに言葉がかかる。迷いはない声色だった
「もちろんだ。…一生、俺はお前とこのカンパニーで演劇を続ける。それ以外の選択肢はない。」
その時、舞台の作業灯がチカチカと点滅し、ふっと消えた。
「…!大丈夫か、危ないから動くんじゃねえぞ、」
左京さんの焦った声がすぐ近くで聞こえ、ぐっと手を握られる。
そのまま少しの沈黙、じわりと少し左京さんの体温が近づくのを感じたところで、私はあっと声をあげた
「…な、なんだ。どうした」
「左京さん、ほら、蓄光が」
まっくらになった舞台には、公演中暗転の目印として付ける蓄光テープがちらほらと残されていて、まるで星空のように仄かな光を放っていた。
「あいつら、ちゃんと全部剝がせって言ったのに仕事が甘えんだよ…」
「はは、でもおかげで舞台から出られそうですよ!そろそろ打ち上げに戻らないと。」
「…そうだな」
そう言うと左京さんは私の手を引き、蓄光の目印を頼りに舞台袖まで歩き出す。
「左京さん。これ、まるで夜空の中を歩いてるみたいですね」
「…ああ」
夢の舞台から、打ち上げの喧騒に帰っていく夜空の旅は、永遠のように美しく感じた。
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