第一章
夢小説設定
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息があがっていた。ここまでどれだけ走ったのだろう。そんなこと考えたくもない、と思ってしまうのは矛盾している。だけどどうでもよかった。とにかくあそこから逃げたい。離れたい。その一心でここまで辿り着いたわけだ。
まだ息があがっている中、暗い森の中を歩いた。そこらに落ちている木の枝に自分の体重がかかるとバキッと大袈裟な音をたてて折れる。…弱い。弱すぎる。まるで自分を見ているみたいな気分だ。その折れた枝を睨みつけた。睨んだ所で睨み返されもしないし反応だってしない。私には誰もいない。独りだ。だからただ黙って、奥へ奥へと歩を進めた。
暫く歩くと大きな木が見つかる。見た感じ、桜の木だろうか。今の季節に桜は咲かない。殺風景に見えた。ただ今は少しでも休みたい。走り続け、歩き続けで足が棒になってしまった。その桜の木の下に腰を掛けて寄りかかり、目を閉じた。目を閉じたところで対して先程まで見てた情景と変わらない。だってずっと真っ暗だから。照明も何もない、ずっと変わらないこの景色に嫌気が差す。そしてそのまま意識を手放した。
__
よっぽど疲れていたのか木の下に寄りかかったまま、いつの間にか朝を迎えていた。ただ眠ってしまう前と少し違う。何が違うって、それは自分に誰かの羽織が掛けられていた。白っぽい様な灰色の様な…。辺りを見回すと少しだけ離れた木のもとに私と同じように眠っている人がいる。亜麻色の長髪で女性?と思うが体格的に男性の様に見える。…がなんとも言えない。だが羽織自体は男物だ。きっと彼が掛けてくれたのだろう。私はそこから立ち上がり、彼の元へ歩く。先程自分に掛けられていた時と同じようにして、この人に掛けてあげた。それと同時に目が薄く開かれていく。
やばい、起こしちゃった。そう思ったときにはもう遅い。
「目覚めたんですね。おはようございます」
声を掛けてきたのだ。声は男性声だ。間違いない。この人は男。にしても綺麗な顔立ちだった。戸惑いながらも挨拶を返す。
「…おはよう…ございます」
「昨日の晩に君がここで眠っていたので驚きましたよ」
ニッコニコの笑顔で答える彼。直感的に裏に何か秘めてそうなものがありそうなのを感じた。
「寝るところがなかったから…。あ、それとこの羽織、あなたのですよね?私に掛けてくれたやつ」
彼に掛かった羽織を指さしながらありがとうと御礼を告げる。彼はそれに目線をやり、いいんですよと優しく笑った。この人は不思議だ。優しいけど、ただ優しい人って感じがしない。まるで本当の自分を閉じ込めているように思えた。
「先程寝るところがないと言ってましたけど、家出か何かですか?」
「まぁそんなところです」
「じゃあ、寝泊まりするもお金もなさそうですね」
「え、あ、まぁ…はい」
歯切れが悪い。だって痛いところついてくるから。でも彼は少し考える顔をして、何かいい案が思いついたのか手をポンと叩いた。
「では私の助手をやりませんか?」
「じょ、助手?!」
はい!とまたニコニコスマイルだ。
「塾を開いてるんですが、そのお手伝いさんとして働きませんか?」
「塾…。あなたって教師だったんだ…」
「うーん、教師という言葉が当てはまる感じはしませんね」
「え、じゃあ何なんですか」
「さぁ。なんでしょうね」
なんか話が噛み合ってない感じがする。天然なんだかよく分からないけど、子ども達に勉強など教えていることは分かった。
「あ、紹介が遅れてましたね。私は吉田松陽です。村で松下村塾を開いています。貴女は?」
「私は名字名前。よろしく松陽さん」
「松陽さんは違和感あるんで呼び捨てでいいですよ」
「じゃあ松陽」
「切り替えが早くて素晴らしいですね」
どんなに探ろうとも奥が、深いところがよく見えない。松陽は一体今、何を思っているのだろうか。
「名前が助手になることは決まったということで向かいましょうか」
勝手に話がとんとん拍子で進む。松陽はよっこらせと腰を上げて立ち上がる。やっぱり背は高い。尻についた土や砂を払い、私に目を向けた。
「松下村塾に」
その時もまた笑顔だった。
__
その後自然と松陽の後ろをついて行き、田んぼや畑が広がった村に出ていた。花が綺麗に咲いており、こんな自然豊かな場所があったのかと感心してしまった。辺りをキョロキョロと首を右に左に動かして見入ってしまう。私はこれからこんなところで働けるのかと思うとワクワクしてくる。そうすると一つの建物が見えてきた。
「松陽、まさかあそこがあなたの私塾?」
「そうです」
ここらへんは家も少なく畑や田んぼばかりだから建物があるとより目立つ。心做しか大きく見えた。
「結構立派な建物なんだ」
「教え子のためですよ。広々している方がのびのびと過ごし、よく遊んで、よく学ぶ事が出来るでしょう?」
「子どもたちの事、大事に思ってるんだね」
私はそんな親のもとに生まれて…愛情が溢れるような家庭に恵まれたかったな。
「そういえば名前の年齢聞いてませんでしたね」
年齢…。たしかに言ってなかった。それよりも自分の年齢が今幾つなのか忘れかけていた。親に祝われた事なんてない。家 は貧乏で裕福な事なんて出来ないからケーキも食べた事がない。だから誕生日会なんかせず、ただ勝手に身体が大人の女になってくだけ。でも一緒に寺子屋で学んできた友達からおめでとうと祝われた事はあるから、完璧に年齢を忘れる事はならずに済んだ。あのときの友達には感謝だ。
「今は17歳だよ。よくもう少し上に見えるって言われるけどね」
「そうですか?私は逆にもう少し下に見えましたけど。歳のせいですかね?」
クスッと笑う仕草がなんとも儚く見えた。
「じゃあ村塾ではみんなのお姉さんになりますね」
「…お姉さんかぁ。てか村塾の子たちは幾つぐらいなの?」
「それは入ってからのお楽しみです」
そして松下村塾に着いた。お邪魔しますと言って上がらせてもらうと、ただそこにはシーンと静まり返ってる廊下と部屋しかなかった。不思議に思って一つ一つの部屋を見てみる。でも誰もいない。
「ねぇ、誰もいないんだけど」
「そりゃまだ開校してませんからね」
「…え?」
素っ頓狂な声が出た。まだ開校してない?じゃあ何でこんなすぐに助手なんか頼んだんだ。松陽一人で足りるかもしれないじゃないか。そう疑問を抱えて松陽の言葉を待つ。
「なのでこれからどんどん教え子たちを増やしていくつもりです。勿論無償で」
「無償!?あなた…凄いわね…」
「学舎に行きたくても行けない子のためにですよ」
本当にこの人は優しい。自分のことより相手のことを想えるって簡単そうにみえて意外と難しいこと…というよりもできないこと。私だってそうだ。いつも自分自身のことしか護っていない。
ただ…この吉田松陽と一緒に学舎を創っていきたい。そう思った。
「今からどんな子たちが集まるのか楽しみだなぁ」
「ふふ、そうですね」
これが私と吉田松陽との出会いだった。
まだ息があがっている中、暗い森の中を歩いた。そこらに落ちている木の枝に自分の体重がかかるとバキッと大袈裟な音をたてて折れる。…弱い。弱すぎる。まるで自分を見ているみたいな気分だ。その折れた枝を睨みつけた。睨んだ所で睨み返されもしないし反応だってしない。私には誰もいない。独りだ。だからただ黙って、奥へ奥へと歩を進めた。
暫く歩くと大きな木が見つかる。見た感じ、桜の木だろうか。今の季節に桜は咲かない。殺風景に見えた。ただ今は少しでも休みたい。走り続け、歩き続けで足が棒になってしまった。その桜の木の下に腰を掛けて寄りかかり、目を閉じた。目を閉じたところで対して先程まで見てた情景と変わらない。だってずっと真っ暗だから。照明も何もない、ずっと変わらないこの景色に嫌気が差す。そしてそのまま意識を手放した。
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よっぽど疲れていたのか木の下に寄りかかったまま、いつの間にか朝を迎えていた。ただ眠ってしまう前と少し違う。何が違うって、それは自分に誰かの羽織が掛けられていた。白っぽい様な灰色の様な…。辺りを見回すと少しだけ離れた木のもとに私と同じように眠っている人がいる。亜麻色の長髪で女性?と思うが体格的に男性の様に見える。…がなんとも言えない。だが羽織自体は男物だ。きっと彼が掛けてくれたのだろう。私はそこから立ち上がり、彼の元へ歩く。先程自分に掛けられていた時と同じようにして、この人に掛けてあげた。それと同時に目が薄く開かれていく。
やばい、起こしちゃった。そう思ったときにはもう遅い。
「目覚めたんですね。おはようございます」
声を掛けてきたのだ。声は男性声だ。間違いない。この人は男。にしても綺麗な顔立ちだった。戸惑いながらも挨拶を返す。
「…おはよう…ございます」
「昨日の晩に君がここで眠っていたので驚きましたよ」
ニッコニコの笑顔で答える彼。直感的に裏に何か秘めてそうなものがありそうなのを感じた。
「寝るところがなかったから…。あ、それとこの羽織、あなたのですよね?私に掛けてくれたやつ」
彼に掛かった羽織を指さしながらありがとうと御礼を告げる。彼はそれに目線をやり、いいんですよと優しく笑った。この人は不思議だ。優しいけど、ただ優しい人って感じがしない。まるで本当の自分を閉じ込めているように思えた。
「先程寝るところがないと言ってましたけど、家出か何かですか?」
「まぁそんなところです」
「じゃあ、寝泊まりするもお金もなさそうですね」
「え、あ、まぁ…はい」
歯切れが悪い。だって痛いところついてくるから。でも彼は少し考える顔をして、何かいい案が思いついたのか手をポンと叩いた。
「では私の助手をやりませんか?」
「じょ、助手?!」
はい!とまたニコニコスマイルだ。
「塾を開いてるんですが、そのお手伝いさんとして働きませんか?」
「塾…。あなたって教師だったんだ…」
「うーん、教師という言葉が当てはまる感じはしませんね」
「え、じゃあ何なんですか」
「さぁ。なんでしょうね」
なんか話が噛み合ってない感じがする。天然なんだかよく分からないけど、子ども達に勉強など教えていることは分かった。
「あ、紹介が遅れてましたね。私は吉田松陽です。村で松下村塾を開いています。貴女は?」
「私は名字名前。よろしく松陽さん」
「松陽さんは違和感あるんで呼び捨てでいいですよ」
「じゃあ松陽」
「切り替えが早くて素晴らしいですね」
どんなに探ろうとも奥が、深いところがよく見えない。松陽は一体今、何を思っているのだろうか。
「名前が助手になることは決まったということで向かいましょうか」
勝手に話がとんとん拍子で進む。松陽はよっこらせと腰を上げて立ち上がる。やっぱり背は高い。尻についた土や砂を払い、私に目を向けた。
「松下村塾に」
その時もまた笑顔だった。
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その後自然と松陽の後ろをついて行き、田んぼや畑が広がった村に出ていた。花が綺麗に咲いており、こんな自然豊かな場所があったのかと感心してしまった。辺りをキョロキョロと首を右に左に動かして見入ってしまう。私はこれからこんなところで働けるのかと思うとワクワクしてくる。そうすると一つの建物が見えてきた。
「松陽、まさかあそこがあなたの私塾?」
「そうです」
ここらへんは家も少なく畑や田んぼばかりだから建物があるとより目立つ。心做しか大きく見えた。
「結構立派な建物なんだ」
「教え子のためですよ。広々している方がのびのびと過ごし、よく遊んで、よく学ぶ事が出来るでしょう?」
「子どもたちの事、大事に思ってるんだね」
私はそんな親のもとに生まれて…愛情が溢れるような家庭に恵まれたかったな。
「そういえば名前の年齢聞いてませんでしたね」
年齢…。たしかに言ってなかった。それよりも自分の年齢が今幾つなのか忘れかけていた。親に祝われた事なんてない。
「今は17歳だよ。よくもう少し上に見えるって言われるけどね」
「そうですか?私は逆にもう少し下に見えましたけど。歳のせいですかね?」
クスッと笑う仕草がなんとも儚く見えた。
「じゃあ村塾ではみんなのお姉さんになりますね」
「…お姉さんかぁ。てか村塾の子たちは幾つぐらいなの?」
「それは入ってからのお楽しみです」
そして松下村塾に着いた。お邪魔しますと言って上がらせてもらうと、ただそこにはシーンと静まり返ってる廊下と部屋しかなかった。不思議に思って一つ一つの部屋を見てみる。でも誰もいない。
「ねぇ、誰もいないんだけど」
「そりゃまだ開校してませんからね」
「…え?」
素っ頓狂な声が出た。まだ開校してない?じゃあ何でこんなすぐに助手なんか頼んだんだ。松陽一人で足りるかもしれないじゃないか。そう疑問を抱えて松陽の言葉を待つ。
「なのでこれからどんどん教え子たちを増やしていくつもりです。勿論無償で」
「無償!?あなた…凄いわね…」
「学舎に行きたくても行けない子のためにですよ」
本当にこの人は優しい。自分のことより相手のことを想えるって簡単そうにみえて意外と難しいこと…というよりもできないこと。私だってそうだ。いつも自分自身のことしか護っていない。
ただ…この吉田松陽と一緒に学舎を創っていきたい。そう思った。
「今からどんな子たちが集まるのか楽しみだなぁ」
「ふふ、そうですね」
これが私と吉田松陽との出会いだった。
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