第一章
夢小説設定
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「そろそろ時間的にも終電じゃねーか?」
話が少し途切れた時、松田は自身の左手首に着けている腕時計を見る。名前も松田にそう言われた時に自分の腕時計の針の位置を確認した。
「あ、ホントだ。随分長い時間話してたんだね」
「だな」
話してる時って時間を忘れる。それはよっぽど楽しかったという意味なのか。ただ松田が隣にいてずっと浮かれていただけなのか。
「まぁ、でも女一人で帰らせる訳には行かねぇから俺の車で送ってくよ。アパートまで歩いて行けばあるし。酒も呑んでねぇから送っていける」
そう言うと松田は座っていたベンチから腰を上げて立ち上がった。
「でも明日仕事じゃないの?」
「明日は非番。だから酒買ったんだよ」
嬉しそうに買ったお酒が入ったビニール袋を名前に見せてニシシと歯を見せて笑う松田。同時に悪いことしたなと思う。だって早く帰ってお酒呑んで休みたいはずなのに、こんな私の我儘を聞いてもらってしまったから。だから名前はその松田の優しさに断った。
「やっぱり私…一人で帰るよ。二駅分で着くから大丈夫」
「はぁ…」
ジト目してからはぁ…と溜め息を吐く松田に一瞬ギョッとした。何か悪い事を言ってしまったか。
「やっぱり変わってねぇな」
「…何が?」
「どうせお前、俺に気ィ使ったんだろ」
やっぱり何でもお見通しか。幼馴染って怖い。まるで全て見透かされているような気がする。…さて、このまま松田に送ってもらうか、はたまた自分の足で一人で帰るか。
「チッ…めんどくせぇ!俺が送ってやるっつったんだから、さっさと帰るぞ!」
頭の中でどうしようか悩んでたら、松田に腕を引かれ、名前もベンチから立ち上がる。そのまま松田のあとについていく。頭の思考が追いつかない。そんなムキにならなくてもいい事なのに。松田には名前に恋とかそういう気がないのは分かっている。だが、少しばかりは“期待”というものをしてしまう。でもこれ以上に辛い思いはしたくないから、直ぐ様その思考を頭の中で追い払った。期待するだけ辛いから。そんなの自分が一番よく分かってる。
ほんの何分か歩いたら松田が借りてるアパートに着いた。駐車場に停まってる車のキーで開け、ライトが光る。眩しさに自然と眉間に皺が寄るように、目が険しくなった。
「カッコいい車乗ってるんだね」
「まぁな」
嬉しそうに松田は笑った。萩原の影響なのかは分からないが、松田も車には興味があるみたいだ。でも、松田は何らかの機械とかなら何でも良さそうな気もするが。
「じゃあ…失礼します…」
助手席のドアを開け、乗り込む。シートベルトをつけ、一息吐く。車の芳香剤の香りだろうか。いい香りがした。甘ったるい独特な匂いというよりラムネとかソーダとかに近い、爽やかな香りがする。松田らしい香りで少し安心した。
「名前の住所教えてくれ」
松田にそう言われて自分の借りてるマンションの住所を答えた。その通りにカーナビに住所を打ち込んでるが、それよりも指の早さが尋常じゃない。機械慣れというか器用というか…。
『目的地まで、およそ20分です。実際の交通規制に従って走行してください。』
ナビのアナウンスが流れ始め、設定が完了した。車を動かし始め、信号待ちしてる時に松田が名前の方を向いて喋り始める。
「着くまで20分掛かるみてぇだから寝ててもいいぜ。仕事帰りで疲れてるだろ?」
「疲れてはいるけど…。陣平もそうじゃないの?私だけ悪いよ」
「俺は明日休みだから元気だ、気ィ使うな」
名前は小さい時から親の車で寝ていた。車の揺れが丁度心地良くて、ぐっすり眠れる。それは今もあまり変わっておらず、その揺れで眠気が一気に襲ってきた。だが、信号が青に変わり正面を向き直る松田。運転する横顔に見惚れて口走ってしまう。
「でも見てたい」
「はぁ?何をだよ」
「陣平の運転姿」
名前にとっておふざけでも何でもなかった。本当に思ったことがポロリと出てしまったのだ。だけど言われた等本人は余裕そうで。
「ハハ…なんだそれ。俺に見惚れたのかぁ?」
…と。なんて子どものような無邪気な笑顔で笑う。彼はきっと何にも分かっていないのだろう。名前が本気だということ。そして…松田の事が好きだということも。
「なーに?もとからカッコいいよとでも言ってほしいの?」
わざとはぐらかす様に言うと松田はジトとした目をして口を尖らせた。
「フッ…バカ言え」
アームレストに置いていた左手で名前の額にデコピンをお見舞いした。名前が痛ぁと額を抑えながら言うと満足そうな顔する松田。そんな松田を横目で見る。そのまま言えちゃったらいいのに。もとからかっこいいは本当に思っている事なのだから。でもこんな言い方しか出来ない自分が嫌になってしまう。もっと素直に口に出せたら苦労はしないだろうなと考えた。だけどこれぐらい聞くのは悪くはないよね。
「ねぇ陣平…」
「ん。」
「千速姉さんの事…まだ好き?」
「…っ突然何言うのかと思えばよ…」
「答えてよ」
「…勿論好きだぜ?今もな」
「ふふ…そっか。やっぱり初恋は忘れられないもんだねぇ」
そうだよ。初恋だけは今でも忘れられない。人を好きなるって気持ちを始めて知るのだから。こんなにも夢中でがむしゃらになって、自然に目で追いかけて、一言でも喋れたら満足で、必ず一日一回は想い出して…。だけど、胸が張り裂けそうなぐらい痛くて苦しくて悲しくて。それでも愛してしまうのだ。
だがこの世には初恋が実ってる人なんて何人いるのだろう。初恋の人が初めての彼氏になるって凄く素敵だと思う。だけどそんな上手くいくほど、世の中甘くはないことは知っている。だけど何故かどうしても、叶えたくなってしまう。自分がここまで執着するのは人生でこれが最初で最後なのだろうな。かれこれ10年以上は経っている。考えられない。
「名前は?誰か好きなやついねぇのか?それとも、もう恋仲の奴がいるとか」
「そんな訳ないでしょ。いないよ、彼氏なんか」
「ふーん。…あ、萩はどうなんだよ。お前ら仲良かっただろ?」
“萩”という名前を聞いてドキリとした。先程まで忘れかけていたのに、また鮮明にキスしたことを思い出してしまった。顔中心が火照り始めてる気がするが、比較的、夜で車の中だから表情が見えにくくて助かった。
「研二は恋愛対象としては見たことないけど。てかお前らって…陣平も仲良いんだから、そんな言い方しないでよ」
「悪ィ悪ィ。いやでも、萩と付き合ったら幸せになれそうだけどな。アイツ一途だしよ」
「え?研二って好きな人いたの?」
「あー、まぁ…そうだな。いるな…」
松田は濁して答えた。名前は知らなかったという事を先程の疑問を投げかけられたときに我に返り、思い出した。萩原が好きなのは今、松田の横にいる名前だ。もう少し、このままボーとしていたらそうだぜと口車に乗せられるところだった。でもそんな松田にお構い無しに目を輝かせて聞いてくる。
「研二の好きな人って誰なの?私に一言もそんな話、言ってくれなかったのにー」
「そんな全部お前に打ち明けるかっつーの。直接本人から聞いてみろよ。俺が教えちまうのは気が引けるからな。聞けば教えてくれるかもしれねーぜ?」
「…確かにね。じゃあやーめた」
そうして窓から景色を見ると、もうそこには見覚えのある近所の付近に着ていた。マンションにもう着くというところでカーナビが喋り出す。
『目的に近づきました。案内を終了します。運転お疲れ様でした』
20分ってこんなあっという間だったっけ。体感的に凄く早く感じた。松田とのお別れを告げるようなカーナビのアナウンスが憎らしく思ったが、明日も仕事だから早く部屋に入って寝ようと思う。シートベルトを外してドアノブに手を掛けた。
「今日はどうもありがとう。楽しかったよ」
「ああ。俺も久しぶりに楽しかったぜ」
「じゃあ…また…。おやすみなさい」
「おやすみ。ゆっくり休めよ」
車から降りて、松田を見送った。今の時刻は何時か確認しようと鞄からスマホを出す。電源ボタンを押すと画面がピカリと明るくなった。すると通知一覧に母親からの着信があった。取り敢えず外は寒いから部屋へ向かった。松田に買ってもらった、生温いミルクティーのペットボトルを手に持って。
鞄から鍵を取り出し、部屋へ入る。勿論誰もいないから部屋は真っ暗。壁にある電気のスイッチを押して明かりを付けると煌々と光り始めた。廊下を渡り、リビングへ一直線に歩き、荷物をソファーに置き、先程の母親の着信を折り返しでかけ直した。
「…あ、もしもし。母さん?」
『もしもし、久しぶりねぇ。どう?仕事の方は?』
「まぁそこそこ」
『そう…元気そうで良かったわ』
電話越しだが、懐かしい声が聞こえてきて頬が緩む。何故か安心する。母親の声って。だが何か不吉な予感が漂っていた。電話嫌いで滅多に掛けて来ない母親からの電話だし、それに喋り方が何か違和感だ。
『あのさ…あんた、今交際してる人っているの?』
ほら…やっぱりだ。こういう話、されると思ったのだ。母はずっと私が結婚しないことに不安がっている。私は大丈夫だと何度も言っているのに。
「いないよ。特に」
『そう…。今になってもお付き合いしてる人がいないって私まで焦ってきたのよ。このままあなたが独身で独り身でいるんじゃないかって。だからさ…お見合いしなさい。丁度ね、お父さんの会社で良い人見つけたんだって』
「はぁ!?ちょ、ちょっと待ってよ!私、お見合いなんか」
ふざけるんじゃない。私は結婚なんか望んでない。ましてや松田でも萩原でもない、他人なんかに。そんな想いなんか抱かない。
『まぁまぁ、落ち着いて。必ずしもその
出会いがあるとかないとか関係ない。ずっと中学生の時から松田が好きだから。想い続けてる人がいるから。自分が望んで、今まで誰とも付き合わなかったのだ。いつか松田に振り向いてもらえるんじゃないかって希望を抱いているから。
返事に困って、唇を無意識に噛んでいると母は話を続けた。
『また詳しい事分かったら連絡するわね。…それと…』
「何…」
怒りを含んだような声で返してしまった。だけど今は抑えきれない。勝手に決めて、勝手に話を進めている事に腹立たしくて。
『陣平くんの事は諦めた方がいいんじゃない?』
「…っ母さんには関係ない!」
そう言って無理やり通話を切った。もし、今お見合いなんかしたら…年齢的にも決定的になってしまいそうで怖い。それに…10年間の片想いをこんな形で終わらすのだけは、どうしても悔しくて悲しかった。
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