第一章
夢小説設定
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萩原の家を出た後、近くにあるコンビニに寄ることにした。今日は一段と冷える。寒くて身体が身震いした。先程までは萩原とキスして顔も身体も暑いくらいに火照っていたのに、外に出ると一瞬で冷えた。手で腕を擦るようにしながら店内に入ると店員さんから気怠そうな、いらっしゃいませが返ってくる。時間と見た目の若さ的に大学生くらいだろうか。高校生はもう出勤時間を過ぎているから、きっとそうだろう。
そしてそのままホットの飲み物が置いてある場所に一直線に向かう。紅茶かコーヒー、迷ったが萩原の家でコーヒーを頂いたばかりだからホットのミルクティーを選び、手に取った。手に取ると冷え切っていた指先がジワジワと温かくなっていく。自然にあったか〜と声が出そうになったが抑えて、特に用もなく店内を拝見する。弁当、サラダ、パン、デザート、アイス…。いくつか惹かれる物もあったが遅い時間だからやめる。
次は酒や冷たい飲料が置いてある店の奥の方に行く。すると酒が置いてある所に男性が立っている。随分と背が高いし脚が長い。そして見慣れたふわふわとした天然パーマのかかった黒髪。胸がドクンと音を立てた。いや…何より先に声が出たのだ。
「陣平…?」
後も先も何も考えないでその名を呼びかける。そうすると透かさず彼は顔をこちらに向けた。ずっと逢いたくて堪らなかった松田の顔を見た瞬間、頬が緩んだ。
そんな松田も驚く。缶ビールを買おうと選んでる時に聞き馴染みのある声が側から自身の名前を呼んで聴こえてきたのだから。
「よぉ!久しぶりだな、名前」
ニカッとした笑顔で笑う松田。その顔を見て鼓動が止まない名前。その松田の変わらない笑顔でどれだけ安心したか。きっと松田は知らないだろう。
「まさかここで会うとは思ってもみなかったな」
「うん、私も」
「てかお前の住んでるアパートってここらへんだっけ?」
「あ、いや…もう少し遠い」
「ふーん」
口下手な感じも変わってない。無理に話を盛り上げようとかない、あくまでもこれが自然。でもそんな松田の横は結構居心地がいい。名前は視線を酒をどれにしようかと悩んでいる松田の手元に移した。大きな手に触れたい、頭を撫でてほしい。そう思ってしまった。
缶ビールを選び終わった様子の松田は名前が持っていたホットのミルクティーを奪うように取り、そのままレジへ歩いていった。松田の後を慌てて追い、鞄から財布を出す名前。
「じ、陣平!悪いよ、自分のは自分で払う」
「このくらい俺が払ってやるよ」
「あ、ありがとう…」
「それと煙草が欲しいんすけど…28番のやつ。」
名前の言葉を聞いているのか聞いていないのか分からないが、そんなのお構い無しに手際よく煙草も買う松田。名前は煙草は吸ったことも無ければ買ったこともない。そんなに美味しいモノなのか。
会計が終わると名前の目の前にミルクティーをプラプラと揺らしながら渡す松田。それを受け取り、店内を出た。先程ちゃんと聞いているのか分からなかったから改めてお礼をもう一度言った。
「ありがとう、買ってもらっちゃって。でもホントにいいの?」
「良くなけりゃ買わねぇよ」
「それもそっか…。ふふ、そうだね。ははは」
何だか正論を言い返されて思わず笑ってしまった。いつも松田は無意識にこういうカッコいい事やっちゃう人だから、それがどれだけ嬉しいか有り難い事なのか、本人には分からないだろう。当たり前にこんなことできる人ってやっぱり素敵。今隣りにいる松田がどうしようもないくらいに好きなことを再確認させられた気分。
好きだ。松田がどうしても好きなのだ。ずっと変わらなかった名前の想いはまた爆発するくらいに想いが溢れ出していた。
「仕事帰り?」
「まぁな。名前は?なんで此処に来たんだ?家から遠いんだろ?」
「え…まぁ散歩がてらに…」
「てっきり萩と会ってたのかと思った。ここから萩ん家近ぇから」
何故か松田に萩原と会っていたことを言えなかった。自分でも不思議だ。別に会ったことぐらい隠す必要もないじゃないか。だけど、何かが喉に引っ掛かったみたいにつっかえて言えなかった。誤魔化すかの様に松田に買ってもらったミルクティーのペットボトルのキャップを開けて、喉に流し込む。確かに潤うけど直ぐに渇く感じがするのは言いたいことが言えずに口籠っているからなのか。
「陣平の家はここらへん?」
「ああ。萩ん家と近いぜ。アパートは違うけどな」
「そっか」
「なんだよ、随分他人行儀みてぇで話しにくい」
他人行儀…それは今さっき、萩原にも言われたな。自分は人見知りしやすいほうだから暫く会わないと少し恥じらってしまう。でも松田と萩原とでは緊張の感じが違う気がする。やっぱり松田の方が緊張しちゃって上手く言葉が見つからない。
「ごめんね、私人見知りが激しいもんだから」
「俺たちは親友だろ?今頃人見知りなんか言うなよ。ちっと寂しくなるだろ…」
ジト目で唇を尖らせ、そっぽを向かれた。寂しくなるなんて言われるとは思ってもいなかったから心底驚く。確かに自分も松田や萩原にそのような他人行儀な態度とられたら寂しく感じてしまうだろう。それなら自分が直さなければならない。ちゃんと前みたいに、学生時代の時の様に他愛も無い話をして笑ったり出来る関係に戻りたい。今も萩原と松田は仕事が同じな上に家も近いから同じような関係は続いてるだろうけど、自分は社会人になってからは二人とはほぼ音沙汰もなく連絡もしていなかったから自分が変わらなきゃいけないのだ。変わる…というより戻らないといけない。
「陣平、少し時間とかってある?」
「ん?まぁあるけど」
「少しさ、話さない?思い出話に花を咲かせちゃったりしてさ!」
「…フッ…。まぁお前がそういうなら付き合ってやらぁ」
「ほんじゃ決まり!」
コンビニから少し歩いて、暫くすると公園が見えた。学生時代は寒いも暑いも関係なく公園で他愛もない話をして盛り上がっていた。その気分を取り返そうと、公園のベンチに腰掛けて思い出話をどちらからともなく話し始めた。
互いに仕事の事なんか忘れて、時間なんか忘れて、思い出話にゲラゲラと学生の時みたいに笑いあっていた。
本当は萩原も呼ぶべきか迷ったが今は顔を合わせるとキスしたことを鮮明に思い返してしまいそうで怖かったから、呼ばなかった。松田への恋心は今の間だけ一途に想いたいから。
だから今だけは、どうかこの今だけは松田陣平という男を独り占めすることを許して。