第一章
夢小説設定
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名前は仕事が終わった後、萩原に連絡し了解を得て萩原のアパートまで向かっていた。何故だか、心無しか緊張している。久しぶりに会う親友の顔を見れるのが楽しみだ。そしてこんな無礼な事を相談するのは良いのかという不安もあった。だが萩原は答えてくれるだろうと信じてる。優しいから、彼は。
アパートに着き、インターホンを鳴らす。暫くすると鍵の開く音が聞こえ、ドアが開いた。萩原がヒョコっと顔を出し笑顔を浮かべた。
「いらっしゃ〜い」
「研二…お変わりなさそうで良かった」
「ハハ、こちらこそ。なんか安心したぁ」
寒いから中に入りなと萩原は言って、名前を部屋に入るよう促した。
「じゃあ…お邪魔します…」
「なーに固くなってんの」
「だって…久しぶりなもんだから」
薄っすらと頬をピンクに染めた名前の顔を見た萩原は一つひとつの小さな仕草があの頃とあまり変わってないのが嬉しかった。何より可愛い。大人っぽくはなっていたけど可愛い少女がそのまま大人になった感じ。見た目は大きく変わってない。それだけで萩原は安堵する。
きっと、彼氏は出来ていないだろう。変に着飾ってないから。少しは期待してもいいのだろうか。萩原は不安と安心が積み重なって心の中のざわめきが先程から酷い。だけど当の本人には動揺を見せないように隠し通す。
リビングにまで上がって、椅子に腰掛けた。
「そうだ、コーヒーいる?」
「じゃあお言葉に甘えて」
「今お湯沸かしてくるね。外寒いからホットの方がいいっしょ?」
「うん、何から何まですみません…」
「そんな他人行儀みたいにならなくてもいいんだぜ?今まで通りに接してよ」
「…うん、分かった」
名前は手ぶらじゃ悪いと思って、萩原のアパートに寄る途中にドーナツを買ってきていた。それを言いのがして今のタイミングで伝える。
「あ、そうそう寄る途中にドーナツ買ってきたの。一緒に食べない?コーヒーとさ」
「おお!いいねぇ〜、サンキュー」
「いえいえ」
ドーナツが入ってる紙袋を開くと砂糖の甘い匂いがする。その匂いが結構好きだ。なんか食べるのがワクワクするようなそんな気持ちになるから。
お湯が沸き、コーヒーを作る。作ると言っても粉末タイプの物だが。でもそのコーヒーの粉末にお湯を注いだだけで部屋中がふわっとコーヒーの香りに包まれた。喫茶店に入った時の様な香りと似ている。思わず名前はうっとりと声が出た。
「いい香り〜」
「ハハ、結構コーヒーって匂いするよなぁ」
「うんうん、今部屋中コーヒーの匂いする」
「でも割とこの匂いをかぐと休める」
「喫茶店とかに入った感じでね!」
「そうそう〜」
やっと名前にいつもの笑顔が戻ってきた感じがして萩原は懐かしむように微笑む。肩の荷が下りた感じで何処かホッとした。
そして用意が出来たからコーヒーの入ったマグカップをテーブルの上に置く。椅子に腰掛けて好きなドーナツを取り、コーヒーと一緒に味わう。それが堪らなく美味しいのだ。名前はドーナツを少し食べた後、湯気がまだ立ち昇ってるコーヒーが入ったマグカップに手を掛けて飲んだ。
「うわぁ〜これ美味しいし暖まるなぁ」
「だなぁ」
先程よりも打ち解けて、自然に学生時代の話が出てきて盛り上がった。松田はこの場所に居なかったのが少し寂しく感じたが顔には出さないし、逆にそれを望んで今回萩原の家に来たのだから。こんな恥ずかしい話、本命の松田には聞かせられないから。
暫くしたら萩原がそういや…と疑問を含んだような声で呟く。
「名前、今日俺に用があるって言っていたけど…どんな用なんだ?」
「え、ああ!その事ね」
勢い任して相談しようと思ったけど何故か変に緊張して口籠る。余計言い難くなってしまった。だけどこの機会は逃してはいけないと意を決して話し始めた。
「あのね…その…今日、仕事の同僚の女の子に、え、えっと…セックスの事聞かれたんだけどさ」
萩原は丁度コーヒーを飲んでいた所でゲホッとむせた。唐突な話だし、性の話を幼馴染の女の子にされるなんて思ってもいなかったから。だから戸惑いが隠せなかった。よりによって好きな女なら尚更だ。
「ちょ、大丈夫?」
「へーきへーき!話、続けて」
「う、うん」
男のくせに動揺したところを見せてしまった自分が恥ずかしい。好きな女の前では少しぐらいカッコつけさせて欲しいものだ。だから話をすぐ戻すように切り替えさせた。
「私、そんな事したことないから…つい動揺しちゃって。でもさ案外みんな大人になるとそういう経験あるんだよね。私が遅いだけで。でも私はシたことないから反応に困っちゃって、嘘ついちゃった。だから…研二はそこそこ経験ありそうだし、相談したかったというか…。ねぇ、セックスってどんな感じ?気持ちいいもんなの?」
萩原は反応に困る。確かにそういう経験はあるし多い方なのかもしれない。だが男の本性言ったら気持ち悪いって思われるのではないか。こんな幼馴染とは付き合いたくないって思われるのではないかとヒヤヒヤする。でも名前はキラキラした目で子どもみたいに自分の事を見つめてくるから言い逃れはできなさそうだと思い、素直な気持ちを口にした。
「そりゃー気持ちいいもんだよ?女の子にとってはどうか分からねぇけど、なるべく気持ちよくしてあげたいって気持ちは男にはあるのは本当。でも相性っつーもんもあるからねぇ〜」
真剣に頷いて聞いてる名前を目の前にして、今自分で何話してんだと思ってくる。生徒に問題の解説を細かくしてる気分だ。
「へぇー。そっか。やっぱり研二は同い年で幼馴染なのに遠い存在みたい。大人ーって感じする。そう思うとなんか感慨深いよね」
「てか名前って経験したことなかったんだ。一回くらいはあるかと思ってた」
「ないよ!だって私…ずっと_」
萩原はそこで胸がドクッと音をたてる。嫌な方の意味で。ここで続く名前は分かってる。きっと…
「陣平が好きだから__だろ?」
変に強がった。何故か名前に呼ばせたくなかった。今だけはどうしてもこの女を独り占めにしたかったから。だから先に萩原自身でその名前を言う。すると顔をまた赤くさせる。コクッて頷く様子を目の前で見ると、妙にその事が事実となりリアルに感じて嫌だ。
「う、うん。だから彼氏もできたこと無いし、キスもしたこともない。私、こう思うとまだまだ全然子どものまま!何も成長してない。処女だし、男経験なんてないし…」
目に見て分かるくらいショボーンという顔をする。顔を俯かせて表情が見えなくなった。顔と行動で分かりやすいのが昔と何にも変わってない。だがそこが良いところなんじゃないか。だけど気づいていないだけで名前が思ってるより充分大人になってる。だから歯止めが今でも効かなくなってきてる。萩原は口走った。つい口からポロリと呟くように、だがしっかり通る声で言う。
「じゃあさ、してみる?」
「え?」
名前は素っ頓狂な顔して答える。驚きで顔を見上げた。それをお構いなしにテーブル越しいた萩原は少し身を乗り出し、顔を近づけた。グッと近づく幼馴染の男の顔に慌てる。だけど萩原の目を見つめる事だけしか出来ない。
「キスぐらい…してみない?」
「ほ、本気?」
「男に二言はない。本気だよ」
「研二はいいの?だって私だよ?ただの幼馴染の」
ただの幼馴染…。そう思ってるのは名前だけだろう。萩原は幼馴染という言葉を憎んだ。そんな恋を邪魔する境界線みたいな言葉なんかいらない。怒りを少し含んだ声で低めに呟く。
「キスぐらい減るもんじゃないでしょ」
息遣いがあたるほど顔が近付く。そして口唇に柔らかいものがあたった。萩原はゆっくり顔を離し、名前の顔を見た。顔が今までに見たことないくらい真っ赤になっていた。名前は自身の手で口唇に触れて、珍しいものを見たかの様に言う。
「こ…これがキスか…」
萩原は衝動にかられる。やべぇ。もっとしたい。さっきよりも深く、そしてそれ以上のことも…。だけど純粋な名前を見て、ただキスするだけでここまで赤くなる名前を見てるとこれ以上、手が出せなかった。いや出してはいけない気がしたのだ。“破滅への入口”って言うやつかもしれない。
「な、なんかごめんね!研二はただの幼馴染なんだから、それ以上でもそれ以下でもないもんね!さっきは私に経験させてくれる為にやってくれたんだから」
慌てた様に必死に伝えようとする。萩原は静かに一人の名前だけを呟いた。
「……松田」
「え?」
「なんで松田にこの事言わなかったんだ?」
名前は下を俯き、ボソボソと言った。照れ隠しなのか気まずさなのか。
「…言えないよ。好きな人にはこんな話、恥ずかしくてできない。馬鹿にされそうで」
萩原にとってこれは良いんだか悪いんだかよく分からない。だけどここで確信がつく。多分名前の目からみて萩原は男として見られてないのだろう。
名前は気まずさでか、左手首に付けられている腕時計を確認した。
「あ、もうこんな時間か。明日も仕事あるから帰るね。今日はありがとう。それとコーヒーご馳走様」
「あ、ああ。こちらこそ」
荷物をまとめて玄関まで歩く。ハイヒールを履いて萩原に向き合う。スーツにハイヒール…どっからどう見ても大人だ。萩原にとっては充分過ぎるくらいに。
「じゃあ、また来るね。今度は陣平も呼んで三人で会おう」
「うん、そうだな」
「またね」
ドアを開いて、見えなくなるまで手をヒラヒラと振り続けた。
帰ると言ったときにもし自分が帰したくないなんて言ったら名前はどんな反応をしたのだろう。ドラマみたいに上手くいくわけもない。そんなの分かってるから言えなかった。
今度は三人で……か。