第一章
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萩原が思い出に浸っているとインターホンの音も鳴らさずに部屋のドアが開いた音がした。でも萩原は慣れていた。きっと今入ってきたのは姉の千速だと思う。たまにちょくちょ暇になったり休暇が被ると萩原の家に遊びに来るもんだからあまり驚きはしなかった。そのままソファーに座って煙草を吸い続けていると廊下から足音が聞こえ、音が近くなってきてリビングの扉が開いた。
「よう研二!てか煙くさいな」
「よ〜姉ちゃん」
千速は萩原のもとまで歩を進める。そして灰皿を見るとかなりの吸い殻が灰皿の上に置かれていた。
「研二お前、ちょっと吸いすぎなんじゃないか?身体壊すぞ」
「んー?うーん…まぁ少し今日は吸いすぎたかも」
萩原自身も灰皿に目を見やる。ふぅと溜め息を吐き、今咥えていた煙草を灰皿に押し潰して消す。今は千速が来たから側にあった煙草の箱には目を向けただけで手を付けなかった。
「なんだ?なんか考え事でもしてたのか?」
「まぁそんなとこ」
「姉ちゃんが聞いてやろうか」
萩原は千速の問いに黙った。これを言ったら女々しいと馬鹿にされそうだ。そんな萩原の心を悟ったのか千速は後に続けて言う。
「恋の悩みか?名前の事で」
図星をさされた萩原は姉には何でもお見通しだと思い、薄く笑う。
「せーかい。流石姉ちゃん」
「馬鹿にしないから話聞くぞ。研二は本命には恋愛下手だもんな」
「軽くディスってるの気づいてる?」
「はは、悪い悪い!で、何を考えてた?」
「んー何から話せばいいのかねぇ__」
悩んだ挙げ句、結局千速の真っ直ぐな目を見ると答えるしか選択肢はなさそうだ。今日は仕事が休み。存分に相談を聞いてもらおうではないか。
***
一方名前は_
萩原の思い出に出てきた頃の名前とは違い、大人っぽくなり、ごく普通のOLとして仕事をしていた。萩原と松田とは高校以降から違う道をいき、二人は警察…というより爆発物処理班の仕事に就いて名前は特に夢もなかったから安定に収入が得られる職業に就ければ良いと、今の仕事に就いていた。
そして今は同僚の由季とお昼休みで喫茶店でご飯をとっていた。
突然由季はパスタを食べてるフォークをお皿に置いて手を止める。身を乗り出しそうな勢いで名前に問い掛けた。
「ねぇ聞いてよ。一昨日さ今彼とやっとエッチしたんだけど」
「え、エッチ!?」
あまりに突拍子のない事を言われて驚き、思わず声を上げた。それを慌てた由季がシー!とわざとらしく音を立てて顔をほんのり赤らめた。声が大きいと小声で言われ、名前はごめんと慌てて謝る。
「てかそんな驚くー?」
「いやだって…突然すぎるって」
「え、高校生の時とかにそういう話、女友達としない?」
「うーん、したことないけど…」
確かにしたことがなかった。高校の時もずっと萩原と松田と一緒にいた名前は縁もゆかりも無い。
「まぁいいや。そんな事は置いといて!今の彼、年下なんだけど。もーそれが激しすぎて…。久しぶりにあんな激しいのヤったし興奮したんだけどさー。名前はそういう経験したことある?忘れられないセックスとか」
「せ、せ、…セックス…?」
「そう!」
もう20代にもなって今だに名前にはそんな経験が無かった。彼氏も出来た事がないから勿論キスなんかもしたことがない。完全なる処女。ていうよりずっと中学から松田を想い続けてきていたから彼氏が欲しいとも考えた事が無かった。強いて言えば松田が欲しかった…って言った方が正しい気もする。過去形ではなく現在も松田の事を想ってるが。
何を応えようか悩んでる名前を見て由季は眉間に皺を寄せた。
「ねぇまさか…シたことない?…処女?」
図星をつかれたが何故かシたことない事実が恥ずかしくなって急いで首を横に振って否定した。
「い、いや…?シたことはあるよ…そりゃ…」
愛想笑いをして必死に誤魔化す。後半は徐々に声のトーンが落ちていく。嘘ついてる自分が恥ずかしくて堪らない。今、凄く顔が引きつってる気がする。
「ふーん。じゃあどんな感じのやつ?」
「別に言わなくたっていいでしょ」
「えー!気になるんだけど!名前のそういう話聞きたーい」
「やーだ」
「もう、ケチなんだから!」
ケチでもなんでもいいから早くこの話を終わらせたかった。腕時計で時間を確認するともう時刻はお昼休み終了十五分前だった。ここは会社から五分で着くからそこまで急いで出る事ではないが名前は時間に几帳面だから今すぐ此処を出ないと気が済まない。
「あ、私そろそろ出るよ?食べ終わったし。時間がギリギリになっちゃう」
「え!もうそんな時間?あーじゃあ先行ってて!私もこれ食べたらすぐ戻るから」
「ん。了解」
先に自分の分の会計を済まし、店を出た。何かの着信音がなりスマホを取り出す。そこには特に興味のないニュースが通知を知らせただけだった。そしてふとさっきの由季との会話を思い出す。セックスってどんな感じなのだろう。キスってどんな感触なのだろう。こういうのは萩原が経験豊富な気がした名前は思わず、萩原の電話番号に掛けてた。
なんか凄く久しぶりに掛けた気がする。変に緊張して身体が強張るのが分かった。でも歩くスピードだけは緩めること無い。
コール音が鳴り止み、携帯のスピーカーから聞き慣れた萩原の声が聞こえた。
『…もしもし名前?』
「も、もしもし研二…。あの…久しぶり」
懐かしい声。何処かホッとする。
『久しぶり。確か…俺達が爆処に所属するのが決まった時にお祝いで会った以来か?』
「多分そのくらいだよねぇ。あ、てか今電話大丈夫だった?」
『大丈夫。姉ちゃんは今目の前にいるけどね』
「千速姉さん!?」
『電話かわる?』
「あ、いや平気だよ」
『そっか。で、なんかあったのかぁ?』
「うん。あのさ今日の夜会えない?少し研二に用があるの…」
名前が弱った子犬のように言うもんだから萩原は驚いた。だけど返す言葉は一つ。
『モチのローン♪名前の頼みなら何でも聞いちゃうよ〜』
「ふふ、ありがと。頼もしい」
先程のトーンよりも明るくなった感じがして萩原は嬉しかった。少しでも力になれてる事が出来てるかもって。
『じゃあ何処で会う?』
「研二のアパートで大丈夫。ゆっくり二人で話したいし。仕事終わったら行っても平気?」
『うん、今日休みだからいつでもいらっしゃいな』
「了解、仕事終わったら連絡するね」
『ん。てか迎えに行こうか?』
「なんのなんの!大丈夫!私一人で行くから」
『ふーん。じゃあ気を付けて』
「分かった。ありがとね」
『どういたしまして』
そこで電話は切れた。
萩原に恋愛について…というか人生相談のようなものを聞きたい。松田一筋に片想いをして過ごしてきた名前は恋というものがよく分からない。だから萩原にそういう体験を聞いて、知っておきたかった。松田にも心の奥底では会いたいなという気持ちがあったが、こんな事を本命には聞かせられないし聞かれたくない。だからあえてもう一人の頼れる親友の萩原だけ。
***
「まさか話題主の名前から電話とはなぁ。研二良かったじゃんか!」
千速は萩原の肩をドンとどつくように叩いた。萩原も内心自分を頼ってくれた嬉しさもあるが不安もあった。
「姉ちゃん、これでもし悪い知らせとかだったら俺、かなりやべぇんだけど」
「それは保証出来ないが、少なくとも名前は陣平に相当惚れ込んでたんだからないんじゃないか?今は分からないけどな」
「まぁ、そこらの男と付き合うとかって言われるより陣平ちゃんと付き合ったって言われた方がいいけどねぇ」
「もっと研二は強引にいってもいいんじゃないか?相手に男がいるなら別だけど。貪欲すぎるんだよ。本命ちゃんに。強引に行きすぎても駄目だけどさ、もう少し攻めてもいいと思うんだけどな、私は」
強引…か。名前は強引に萩原に迫られたとしても落ちてくれるのだろうか。気になってくれるのだろうか。いや、駄目な気がする。きっと今も松田を好きだと思うから。
「あ、換気ぐらいしとけよ?名前来るなら」
「勿論しとく」
「まぁ頑張れよ研二。当たって砕けろだ」
「ハハ、結局は砕けるのかぁ」
「それはお前と名前次第だ」
「…確かに」
「じゃあ私はそろそろ行く」
千速は荷物をまとめて玄関まで行く。それを萩原も着いていく。
「またな姉ちゃん。ありがと」
「互い様だろう。じゃあ名前にもよろしくな」
そして萩原の家を後にして千速は出てく。正直千速は不安だった。あの三人は昔からずっと今でも仲いい事は知ってる。だけど成長してきてから男女ということもあり、とても複雑になってる関係なのだ。松田は千速の事が好きなのは千速自身でも知っていた。会うたび会うたび告白され続けてたから。そして弟は名前が好き。でも名前は松田が好き。互いに想い続けてる相手がすれ違いになってる。
だけど萩原と名前はこの三人の関係を壊したくなくて告白も出来ないまま、本命に打ち明けられず仕舞い。それが千速にも分かってるから簡単に告白しろとも言えない。側から見て、ほんの少しアドバイスをしてやることしか出来ないけど、この三人が幸せになるのはどの形が一番良いのだろう。