第一章
夢小説設定
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三人が中学生になった頃の話。
中学生になると成長期のせいなのか、男女同士仲良くしてるのが珍しくなってくる年頃だ。だが松田、萩原、名前は変わらず三人で行動を共にしたり、登下校を繰り返していた。そしてある一人の男が同学年からは勿論、後輩や中には先輩も惚れ込む程モテたやつがいる。それは萩原研二だ。学校中の話題になる程に萩原は女子にモテていた。だが松田も名前もあまり気にせず、女子に構わないで萩原と関わっていたのだが…ある日それが素に突然名前は女子たちから反感を食らう様になった。よく小説や少女漫画、恋愛ドラマにある話のように。
萩原と名前二人は週番で教師からクラス全員分のノートを職員室まで持っていけと言われ、休み時間帯に向かった。そこで向かいから歩いてきた女子の軍団が名前にわざとぶつかってきたのだ。
「うわっ!」
声を上げた時にはもう既に遅い。ノートを十冊程、廊下にぶち撒けた。
「あー、ごめんね〜。よそ見してたわー。へーき?」
微笑ぎみに答えたクラスの女子でリーダー格のやつ。いつもの嫌がらせだと思い、ハァとため息を吐いた。拾おうと名前は腰を落として、ノートを拾いながら答えた。
「大丈夫…」
隣りにいた萩原はその女子たちに構うのではなく、名前に声を掛け、腰を落とした。
「手伝うよ。怪我ない?」
「うん、ありがとう研二」
「名前に怪我がなけりゃ良かったよ」
その場に突っ立ったままの女子達に萩原は少し低めの声で呟いた。
「君たちもノート拾うの手伝ってくれないかなぁ」
でも何故か頑なに女子たちは動かない。そうこうしてる内に前から松田がムスッとした顔で萩原達に近づいてきた。
「またなんかされたのかよ」
一冊のノートを拾って名前に渡す。
「陣平…。ありがと。特に何もされてないよ、自分が床に躓いてノートぶち撒けちゃったの。ね、研二」
「え?ま、まぁ…」
萩原は戸惑った。何故名前は松田にこの事を隠すのか。
「ふーん。じゃあなんでコイツらが此処にいるんだよ」
「あー、それは彼女たちにぶち撒けたノートとかが当たっちゃって謝ってたの」
松田はムスッとした表情を変えない。寧ろ先程よりも眉間に皺が寄ってる気がする。
「……名前」
「んー?」
「…いや、なんでもねぇ。それより運ぶの手伝ってやろうか?」
松田は名前に聞いたつもりだったが、それよりも先に萩原が一足先に答えた。
「いいよ、陣平ちゃん。俺が名前が持ってる半分持ってくから」
「へいへい。名前、萩に多めに持ってもらえよ」
「う、うん」
萩原は名前が持っていたノートを半分よりも多いくらいにドサッと自身の所に置いた。名前は萩原のお陰で視界が広くなり、前方などが見やすくなったのだ。そして二人はこの場を後にして職員室まで向かった。
ノートを担任に預けた後、萩原は先程から気になっていた事を今隣にいる彼女に聞いた。
「なぁ名前…さっきのこと、どうして松田に言わなかったんだ?て、いうよりなんで嘘なんかついたんだ?」
考え込むようにうーんと名前は唸った。
「陣平に迷惑かけたくなかったから…かな。ボクシングの試合が近いのにこんなことで巻き込みたくないんだもん。陣平にはボクシングの試合を頑張って欲しいから」
「…そっか」
名前はいつだって松田のことを考えてる。別に名前は気にしてもいないだろうし、分かってもいないだろうし、無自覚だろう。だが薄々と萩原はそう感じ取っていたのだった。
***
萩原と名前が職員室に向かい、この場に残された松田と女子たち。何処か居心地の悪さを感じた女子は行こ、と口々揃えて教室に向かおうとした。だがそれを松田は低い声で阻止する。
「おい、アンタら。今から裏庭まで来てもらってもいいか?話してぇことがあるからよ」
女子達は一瞬断ろうと口を開くが、そう簡単にはいかなそうだった。何故なら松田が凄い形相で睨んできてるからだ。
「わ、分かった」
松田が裏庭まで歩きだすと女子たちはそれに従うようについてゆく。
先程の件に関しては、松田はあの時名前が嘘ついてる事をすぐに見破った。名前が嘘をつくときの癖が目を合さない事と必ず手を動かしてる。今回もそう。目を合わさないし、ノートを拾う手が慌てていたように動かしていた。要は落ち着きがない。
そんなこんなで裏庭に着き、松田は女子たちに背を向けながら話し始めた。
「お前ら、萩原のこと好きなのは別に否定も肯定もしねぇし興味はねぇけどよ…。だけど“あれ”は話が変わるぜ」
あれ…とは萩原の事が好きな女子たちが名前に対して虐めてる事だ。
「アンタらなら“あれ”の意味が分かるだろ?わざわざ口にするような単語じゃねーから言わねぇけど。次そういうような事があったら_」
背を向けていたが、ゆっくり顔を女子たちの方に向けて半ば睨んだような表情で言う。
「女だろうと手加減はしねぇぞ」
静かな裏庭には松田の声が轟いた。
そんな状況を名前と萩原は窓から覗いて見ていた。上の階だから何を話してるかはよく聞こえないけど松田と先程の女子たちがいると言うことだけは分かる。
「陣平…」
萩原は隣にいる名前がそう呟いた時、何故か心にずっしりと重い何かが乗っかったような感覚に陥った。でもなにか話しかけるのではなく、ただ黙ったまま松田を見続ける名前を横で見つめる事しか出来ない自分がもどかしかった。俺は一体名前の為に何が出来る?松田みたいにああやって行動に移すことはあまり得意ではない。ただ黙って時の流れを待つしかないのだろうか。
***
その日の放課後、名前は一人で教室に残って日誌を書いていた。萩原は部活、松田は習い事のボクシングの為にいない。帰宅部の私はやることも無いし、日誌を部活がある萩原には頼めないから一人で書く事にした。
「_よし、出来た」
日誌を閉じて伸びをする。んーと唸りながら。伸びをし終わり鞄に荷物を詰め込み、日誌を手に持った。椅子から立ち上がり、職員室に向かおうと扉を開いた瞬間にあの女子軍団がいた。
「!…な、何か用?」
そう名前が弱々しい声で呟くと日誌を奪われ、叩き落し、そして自身の鞄も奪い取られて日誌と同じように叩き落とされた。
「アンタ…何?何がしたいわけ?萩原くんに媚でも売ってんの?」
「媚なんか…」
肩辺りをドンッと力強く押され、床に倒れ込む。こんな大人数の女子に勝てる訳無いと悟り、名前は無抵抗でされるがままの状態だ。
「たかが幼馴染だからっていう理由で松田くんも萩原くんも利用して、アンタ何様?」
「利用なんかしてない!二人共優しいから…私が助けてって言う前よりも先に気づいて動いてくれちゃうから…私が利用してるように見えるかもしれないけど、それは違う!信じて!二人の優しさなの!!」
「アンタのことなんか誰が信じるのよ!」
後ろにいた女子たちの手には水が並々入ったバケツを持っていた。それを名前に掛けようと上に翳す。名前は覚悟してギュッと目を閉じる。だが突然前方から凄い勢いで走ってきて女子の間をすり抜け、
「名前!!」
と怒号のような声がした途端、抱きつくように名前の上に覆い被さった。それと同時に水がジャバンと音をたてるがあまり濡れなかった。それよりも目の前にいる“彼”が…。
首元に腕が回され、左耳辺りには髪の毛が当たり擽ったくて、左耳元に“彼”のハァハァという息遣いが聞こえる。
でも名前は目を開けなくても彼が誰かがすぐに分かった。小さい頃から変わらない髪の香りと柔軟剤の香り、柔らかそうでふわふわした髪の毛、そして小さい頃より少し低くなり男っぽくなった声色_松田だ。
「じ、陣平!!大丈夫!?」
「…ああ、大丈夫」
戸惑いが隠せずに次から次へと何から何まで口走る。
「どうして此処に?!帰ったんじゃないの?ボクシングは?平気なの?」
「取りあえず話はあとだ」
今までに聞いたことない声だった。少し背筋が凍る。本気で怒ると松田は表情に出やすいし、声色も変わる。
松田は名前に向かれていた身体を起こして、女子たちの方を向いた。
「テメェら…言ったよな。次そういうことがあったら女だからって手加減はしねぇって」
一歩一歩リーダー格の女子へと近づく。
「そ、それが何?何かする気なの?!」
そう言うとバチンと大きな音が教室中に鳴り響いた。松田はその女に頬を叩いたのだ。かなりの強さで。
「テメェら…自分がどんなにクソダセェことやってるか分かってんのか?分かんねぇなら一人ずつ教えてやるぜ?」
その場にいた女子軍団はみんな躊躇して何も答えない。これ程までに松田が怖いんだと思い知らされたのと同時に何か下手なこと言ったらぶっ飛ばされるという恐怖心が勝つ。
「分かったなら…二度とこんな事するんじゃねぇ!!!」
名前は何故か心がスッと軽くなったのと同時に凄く熱く感じた。ドキドキして胸が高まる。
女子たちはごめんなさい!と声を口々してこの場を去っていった。松田はそれを見届けて、床に転がり落ちてる鞄と日誌を手に取り、名前に渡した。
「あ、ありがとう」
「いや…」
「…ねぇ、さっき聞きそびれた事なんだけど_」
「あぁ、なんで此処にいるのかって事だよな」
「うん」
「ホントは家に帰ろうとしてたけど、やっぱりお前が心配になってな。アイツらになんかされるんじゃねぇかと思ったら居ても立っても居られなくなって此処に戻ってきた。はぁ…戻ってきて良かったぜ」
「ありがとう…」
「ダチとして当たり前だろ?しかも名前は…女なんだぞ?男が助けに行かなくてどうするんだよ」
またドクンと大きな音が胸辺りで鳴り響いた。恋に落ちるってこんな感覚なんだ。でもそれが気付いたときにはもう遅かった。松田は萩原の姉、千速が好きだって事を。だけど今はそんなのどうだっていい。今だけはそんな事忘れちゃいたい。
「ありがとう陣平!」
思わず経ってもいられなくなった名前は松田にギュッと抱きついた。松田は妹を宥めるかの様に頭を撫でてやる。満足そうに微笑んでた名前の顔を見て松田も心底安心して笑った。
それを気付かれない様に廊下で見ていた萩原。部活が終わり、忘れ物を取りに来た際にこのような現場を見てしまったのだ。罪悪感なのか、はたまた嫉妬?萩原自身もよく分からなかった。
だけどこの出来事が名前と萩原と松田が大きくすれ違うもとになったのだ。
そしてあれから数年経ち、大人になった現在。
今だに萩原は名前を想っていて
名前は松田を想い
松田は千速を想い続けていた。