第二章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
署に戻った後、結局先程はお昼が食べられなかったから出前を頼んで食べた。私はさっきからモヤモヤしていることがある。本当に自分が動かないでただ署でじっと待っているだけでいいのかと考えてしまい、お昼があまり味がしないように感じて美味しくなかった。でもきっと何も考えていなければ美味しいはず。とにかく、この件は私が関わっている以上、大下さんたちに負担をかけている。だからこそ自分が動かないといけない。そう考えてると昇くんが眠たそうな声で呟いた。
「お姉ちゃん、僕まだ眠い…」
「そっか、じゃあ仮眠室で少し寝る?」
「いいの?」
「うん、一回課長に頼んでくるから待っててね」
自分の席を立ち、近藤課長に事情説明をすると了承を得たので昇くんと仮眠室に向かう。ベッドに寝転んだ昇くんにおやすみと伝え、仮眠室から出たらトオルくんが来た。
「名前ちゃん、なんでそこまでして昇くんの事気にしてるの?そんな神経尖らせてたら疲れちゃうよ」
心配そうな顔で私に言ってきた。私は大丈夫だと答え、横を通り抜けようとしたら腕を掴まれる。
「それに…さっきから顔が暗いし。昇くんの事だったら俺たちやカオルさん達に任せれば__」
そうトオルくんが言葉にしようとした途端私の口から自然に、低めの声が出た。
「似てるの」
「え」
「…似てるんだ。昇くんが…私の小さいときに」
***
私が小さい時、父親はギャンブラーでパチコンで金を擦ってしまうし、タバコや酒なども買って毎日飲んでは母と私に暴力を振る最低な父親だった。終いには母もそれが耐えきれなくなり、家から出ていったきり戻ってこない。父親がパチンコに行って出掛けた時、私もこっそりと家から飛び出して、直ぐ側にあった交番に入った。そこの交番にいた刑事の若いお兄さんは心配な顔して尋ねられる。
「お嬢ちゃん、どうしたの?何かあったの?」
刑事さんに頭を撫でられ、そしてその優しい声で言われた瞬間に不思議と安心感に満たされ、大きな声を上げて泣きじゃくった。今でもその心配そうな顔した刑事さんの顔は覚えてる。
「ゆっくりでいいから。落ち着いたらお名前とご要件を教えてね」
刑事さんから貰ったハンカチで目元を抑え、俯き加減で頷く私にもう一度優しく頭を撫でてくれた。少し落ち着いた私は声を震わせながらに必死に刑事さんに家の事を伝える。どうやったら伝わるかなんて今ではそんな事考えていたかは分からないけど、だけど凄く一生懸命に話した。
「うんうん…。それは大変だね。家ではちゃんとご飯食べてる?寝れてる?」
ここまで心配してくれた人が人生で初めてだった私は戸惑うばかりでなんて答えればいいかも分からなかった。それほど脳が混乱していた。幼いときからずっと命令されて生きてきた自分に対して質問なんか投げかけられる事なんか一度も無くて考えてもいなかったから。
「……た、食べてるよ。ちゃんと」
「じゃあ昨日の夜ご飯はなんだったの?」
「…ラーメン」
「そっか」
本当はこの時嘘をついた。何も食べてないし、水を飲んだだけ。
「あ、そうだ!今お腹空いてない?お兄さんね、おにぎりがあるんだけど食べ切れなくて。良かったら食べない?」
「え!いいの?」
「うん、沢山食べていいぞ!おかずもあるから、もし良かったら食べなさい」
「ありがとう!!」
今思えばきっとお兄さんは気づいていたのだろう。ちゃんと食べてるって言ったのに、ガリガリに痩せ細っていた私の身体を見たって誰だって嘘だと分かるのに。
そして夕方になり帰らなければならなくなった。刑事さんと別れるのが心寂しかった私は刑事さんに訊ねた。
「また、来てもいい?」
刑事さんはニコリと笑って頷く。
「もちろん。いつでもいらっしゃいな」
そして何度も何度も通ってるうちにとうとう父親にバレた日。こてんぱんに殴られ、蹴られたのだ。
「二度と外に出るんじゃねぇーぞ!!!」
あの交番に行ってお兄さんと話せるのが唯一の楽しみだったものを、それを一瞬で壊してしまう言葉を言われた私は何も言えず、ずっと行かなかった。
暫くして父親はアルコール中毒で息を引き取り、帰らぬ人になる。もう高校生になって久しぶりにあの刑事さんに会いたかった私は交番に行く。だがその交番にはお兄さんの姿はなかった。ただ、結構な年をとった年配の男性の刑事さんが中にいただけ。確かあのお兄さんの名前って小林さんだったと思い、中にいた年配の刑事さんに声を掛けた。
「あの、ここの交番にいた小林さんっていう刑事さんは?」
「小林?ああ、あの人は交通事故で亡くなったんだ。もう5〜6年経つかな。その刑事になんかあったのかい?」
亡くなったという事実を聞いたとき、天から地獄へ突き落とされたように感じて何も言えなかった。
「…でもその亡くなる少し前に彼、ここの交番から移動になってね。それでこんなのを私に渡してきて、“名字名前ちゃんという女の子が来たら渡しといてください”って言われたんだが…。その名字名前ちゃんってひょっとして君のことかい?」
その刑事さんが手に持っていたのは綺麗にしまい込んでくれていたのだろう、便箋だった。頷いて刑事さんから貰う。直ぐ様お礼を言ってから交番を出て、家へ向かった。手紙の封筒を開け、中身の紙を出して開く。綺麗で達筆な字がびっしりと並んでおり、あの人の人柄を字で表した感じだった。読み勧めていくととめどなく涙が溢れ、嗚咽が溢れる。悲しさと悔しさと後悔が募りに募ってつくづく自分が嫌になりそうだった。
あの孤独で寂しさと戦っていた私を助けてくれた人。人生で初めて優しくしてくれた人。
それから私は警察官を目指すきっかけになり、特に困った少年少女の事を助けてあげる事をやりたかった。それが今の私。
***
過去を思い出して涙が出そうになったがトオルくんが目の前にいるから我慢する。
「その時の私が昇くんに似てる。それでその若い刑事さんは…」
「若い刑事さんは…?」
「大下さんに似てるんだ。見た目なんかは全然似てなかったけど、だけどこう…性格というか私と接してる時のあの優しい目とか声のトーンがとっても似ている。だからかな、大下さんの事が気になって、好きで仕方ない理由は」
「そんな過去があったなんて知らなかったな、俺」
「あは、誰にも話したことなんかないもん」
「俺は大下先輩に勝ち目ないなー、絶対」
「なんの勝ち目?」
「あ、いや」
「まぁ、だから私と似てるからこそ、昇くんを幸せにしてあげたいし守ってあげたいの。今のどん底から。私の事を最後まで救ってくれて守ってくれたあの小林刑事に。それに今現在、守ってくれてる大下さんの事を想って…ね」
「そっか。そういえば、手紙はなんて書いてあったの?」
「それは秘密」
「なんか気になるなぁ〜。その言い方」
そして刑事部屋の方に戻る。意を決して近藤課長の前に立ち、お辞儀をしながら伝えた。
「近藤課長。私を捜査に加えさせてください。この件は私が責任を持って解決します。大下さんに守られてばかりじゃいけないので。どうか私のわがままを。…お願いします!!」
断られてもしつこく頼むつもりだ。それほど捜査に加えてほしい。これ以上私のために動いてくれてる人が何かあったら嫌だ。
「…たく。名前くんも大下たちみたいに危なくなってきたな。…分かった。捜査に加えよう。ただし必ず生きて帰ってこい。ワシはそれしか言えん。」
「…!はい!もちろんです!」
「大下達にはこちらから連絡しとく。もしなにかあれば無線で報告しろ。あと拳銃の弾も持っていけ。じゃあ気をつけるんだぞ」
「はい!」
車に乗り込みエンジンをかけ、横羽組の事務所へ向かった。せめて犠牲者だけは私だけで充分だ。