悲恋を乗り越えて
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真選組の女中として働いてる名前は、今日一日だけ将軍様の希望で真選組全員でスキーに出向いてる。別に、特別名前は将軍様を誘導したりする必要はないのだが茂茂公が真選組の全員でスキーに行きたいと言い出したのが発端で女中も駆り出されていた。
そんな何をしていいか分からない名前はキョロキョロと辺りを見回し、ある人物を探した。そのある人物とは密かに想いを寄せている土方十四郎のことだ。でも姿は見つけたが、あまりに大声を張り上げて茂茂公を誘導したり、隊員に指示を出したりなど忙しそうだった。そんな姿に一人、熱〜い視線を送ってる名前に気づかない土方。今は仕事だし仕方ない。まぁ、仕事一筋の人だから中途半端には出来ないのだろう。
そんな当の土方は心の中で何でこんな事俺たちがやらなきゃならねぇんだと思っていた。実際にスキーをやりに来たはずなのに、将軍様一人でさせたりなどそんなこと何か事故ったりしたらと考えてしまい、ヒヤヒヤしてできるわけない。責任感の強い、副長の土方はスキーどころではなかった。
休む暇のない土方に、と思った名前はすぐそこのゲレンデ食堂に入り、一杯の温かいお茶を貰った。それを零さないように雪の上を気をつけて歩いて、土方のもとへ向かう。話し掛けるタイミングは指示が終わったあと。でも丁度名前が近付き始めた頃には指示が終わり、隊員の様子見に入った所だった。土方は胸ポケットからジッポと煙草を取り出して火を付けて一服する。煙が立ち昇ったのを見送った後、左後ろから声がした。
「土方さん、温かいお茶持ってきました。少し休んだ方がいいですよ?」
そうやって優しく微笑んで、はいっとお茶を渡す名前に戸惑いも滲むが、嬉しくなって頬が緩んだ土方。
「おう。サンキュ」
「いえっ、お仕事頑張ってくださいね!将軍様の命を守るのは土方さんにかかっていますから」
「気を休ませたいのか、休ませたくないのかどっちなんだよ」
「…どっちとも?」
首を傾げて言う名前に吹き出した土方。
「はっ…なんだそれ」
実は密かに土方も名前に想いを寄せていた。食堂でいつも土方と嬉しそうに笑う彼女に惹かれていた。マヨネーズが好きな土方に対して名前は毎度新しいマヨネーズを買うといちいち報告をしに来て
『土方さん!マヨネーズ買ってきましたよ!』
とマヨネーズがパンパンに詰められた袋を両手に掲げてとびっきりの笑顔で言うもんだから可愛くて仕方がなかった。いつもこの笑顔で癒やされている土方は、お茶を渡された今も気が張ってた心にじーんと染みていた。
「そういやぁ、後でお前にスキー教えてあげねぇとな」
「ああ、でも疲れてたら無理にいいですよ」
スキーに行くと決まった後、名前は土方にある相談していたのだ。
***
「私…実はスキーしたことなくて不安なんですよね」
書類を整理してる土方にお茶を運んできた名前は、土方に突然告げる。すると土方は手を止めて名前に向き直って少しの間休憩する。
「じゃあ俺が教えてやろうか?」
「え、いいんですか!?」
キラキラとした目で身を乗り出す名前。だけどすぐに困った顔してボソボソと不安をこぼした。
「でも…土方さんは将軍様を御守りしなければ行けないんでしょう。そんな時間…あまりないんじゃ…」
「まぁそんときゃ近藤さんと総悟に任せれば大丈夫だろ。だってお前…ずっとあんな寒い所で何もせず突っ立てるだけじゃつまんねぇし退屈だろ?別に今回は仕事として頼まれたっつーより、一緒に行きたいって言う将軍からの希望だからな。時間は作れるはずだ」
そこまで考えてくれているんだと嬉しくなって口角が自然に上がってしまった名前。
「だから…その……教えてやるよ、お前に」
いつも以上に優しく呟く土方に、こんな声は世界で私しか聞いてないのだろうなと浮かれる名前は大きく頷いて見せた。
「はい!楽しみにしてます!」
スキーに行くのが不安だった名前は、その言葉で一気に行くのが楽しみになっていたのだ。
***
何でもかんでも自分より相手を優先にする名前に溜息が溢れた土方は少し強めに言い放った。
「別に疲れてはねぇから大丈夫だ。それに、将軍には松平のとっつぁんがずっと隣についてるから平気だろう」
「そ、そうですか?じゃあ、スキーの道具用意して待ってますね」
そう言ってスキー場にあるレンタルショップに足を向けた名前。土方はそんな彼女に気をつけろよと声を掛けて仕事に戻った。
___
名前はレンタルショップからスキーの道具を借りて、使い方を教えてもらった。それを持って、あまり人気の無いところに移動した。
先程レンタルショップの人に教えてもらった通りに装備を着けて滑れる準備が出来た。土方に迷惑を掛ける訳にもいくまいと思った名前は、練習に軽く滑ってみたのだ。ただ、平たい所だから余り練習にならない。そうとなれば自然に斜面の方に向かう。だがここは上級者向けの滑りやすい斜面の方だった。そうとは知らずに、滑ろうとしたその時…
「お嬢ちゃん、スキーはよく来るのかい?」
とベテランそうなおじさんが話しかけてきた。
「いえ、今日が初めてなんです」
と返すとおじさんは何言ってんだこの娘と思い、確認の為に聞いてみる。
「お嬢ちゃん、ここは上級者向けのコースだよ?初心者はあっちに行ったほうが…」
「え?!あ…だから人が少なかったのか」
この場から離れようとしたら、突如強風が吹きはじめた。
「きゃっ!」
そして耐性力のない名前は、そのまま流れる様にスキーボードが傾いて、坂道を下っていった。
「お嬢ちゃん!!!」
おじさんが助けようとするも、ここは急な坂道だ。間に合うわけがなかった。
名前は坂道を勢いよく滑り、止まろうと思って、教えてもらった通りに体を動かそうと試みても、あまりに速すぎて恐怖心で体が動かなかった。初心者なら尚更この速さを止める方法も分からない。怖すぎて声も出ずに心臓もバクバク。思い掛けずに目を閉じてしまう。そして最後に瞼裏には土方の顔を思い出して、そのまま意識を手放していた。
一方、そんなことも知らない土方は今もなお、茂茂公の付き添いをしていた。ただしっかりと頭の中には名前の事を思い浮かべていて、先程から姿の見えない彼女を大丈夫かと心配していたのだ。そうしていると後ろから大声を上げて、こちらを呼ぶ男の声が聞こえた。
「真選組の方ー!!助けてくださーい!!!」
自然に真選組の隊員全員、もちろん土方もそちらに顔を向けた。土方の元まで走ってきてはぁはぁと荒く息をするおじさん。
「おい、なんかあったのか?」
そう土方が問い質すと
「お、女の子が……黒のジャンパーを…貴方達と同じジャンパーを…着た…ひとつ結びの…女の子が……上級者コースの方で滑っていって…」
「っ!あの馬鹿!!」
土方は一目散に走り出し、上級者コースの方へ向かった。どうしてこうなったかはアイツに聞けばいい。詳細はちゃんと生きたアイツの口から聞けばいい。そうして土方は寂しくそこに残っていた、もう一つのスキーボードを装着して急いで走っていった。土方は慣れたもので、上手くボードを操れていた。だが名前は初心者だ。きっとそのまま滑り落ちてるに決まってる。
「名前ーー!!!」
大声で土方が叫んでも返事は返ってこない。右、左と顔を動かしてみると姿も見当たらない。かなり下の方に行っちまったか?と思い、さらにスピードを上げる土方。
もう空は沈みかけていて、どんどん吹雪も強くなって気温も下がる一方だった。早く見つけなければと動悸が脈打つのが早くなっていく。
頼む…無事でいてくれ…。
もう誰も…失いたくねぇんだよ…。
土方の想いが届いたのか、少し先に黒色の何かが見えた。
「…名前……か?」
スピードを遅めて、その場に近づきスキーボードを止める。その正体はやはり名前だった。横に倒れていて雪に埋もれてはいないが横に向かれている顔には、頬に雪が少し積もっていた。
「名前!無事か!?」
すぐに名前のもとに駆けつけた土方。まだ息はしているが意識はない。頬や身体に積もっている雪を振り払い、自身の方に抱き寄せた。冷えた名前は氷のように冷たい。身体を温めるように強く抱きしめる。
「ひ…じか、た…さん」
意識が戻り、消えそうな声で土方の名を呼んだ名前。彼女はうっすらと微笑んだ。心配させまいと笑顔を振り絞ったのか、はたまた土方が来て安堵の笑みなのか。きっと両方の意味だろう。
「っ…馬鹿野郎…。一人で勝手に滑りやがって……」
でも生きていて良かった。ただそれは口にすることはなかった。取りあえず吹雪を凌ぐために宿を探した。この吹雪の中、上に上がるのはキツイ。そう思って土方は辺りを見回す。すると丁度良いところに宿があるのだ。あそこに行こうと土方は名前に話し掛けた。
「丁度良いところに宿がある。吹雪凌ぎの為に行くぞ。歩けるか?」
土方は名前の背中を支えながら起き上がらせた。ただ、名前が立ち上がろうとしたとき、激痛が走ったのだ。ガクッと倒れ込みそうになった彼女を瞬時に支え、そのまま座らせた。土方はその場でしゃがみ込んで傷の様子を見た。足首が木の枝で切れてしまったのか、かなり深く傷を負っていた。
「こりゃ歩けそうにねぇな。しゃーね…名前、おぶってくから俺の背中に乗れ」
名前に背中を向けてしゃがみ込んだ土方。彼女は言う通りにして、土方の肩に手を置いて背中に乗った。
「立つぞ」
とゆっくり腰を上げた土方。大きくて男らしいゴツゴツとした頼りになる背中。安心する土方の煙草の香り。少しだけ、ほんの少し首に回した腕にギュッと力を入れて抱きつく。その様子に気づいた土方は何とも言えない気持ちになった。
「重くてすみません…」
「重くねぇから大丈夫だ。それより早く宿に向かわねぇと」
そう言って土方はすぐそこにある宿の方へ、名前をおぶって向かった。
___
宿に付くと、そんなに大きくはない部屋だが、暖炉もあるし身体を温めるには充分な宿だ。名前を暖炉の近くにゆっくりと下ろした。土方は薪を暖炉の方へ投げ入れて火をつけた。それと貸し出し自由の毛布を手にした土方。
「もっとこっちこい。二人でくっついた方が暖まるだろ」
素直に彼女は土方の言う事を聞いて、ピタリと身体をくっつけた。彼女の左肩に毛布の端を掛け、二人で包まうようにする。
「これで寒さは少し凌げんだろ」
二人並んで暖炉の前に座り、パチパチと音が鳴り響いているのを聴くだけ。ただ名前は土方の距離の近さなどで居た堪れなくなり、口を開いた。
「あの、土方さん。先程は助けていただきありがとうございます。お陰で命拾いしました」
「…なんで上級者コースの方にいたんだよ」
「それは_」
名前はあの時あったことを説明する。すると土方は呆れも混じったように笑う。
「ホントに馬鹿だな…お前」
「馬鹿ですよ…私は」
下を俯いて呟く名前に言い過ぎたかと土方が謝ろうと口を開こうとするが彼女の言葉で閉ざされた。
「でも…死ぬって考えた時に…咄嗟に土方さんの顔を思い出したんです。その一瞬、ほんの一瞬ですけど…生きたいって。…それと_」
名前は俯いていた顔を土方の方に向けた。
「土方さん の傍にいたいって…そう思ったんです」
突然の彼女のカミングアウトで土方は目を見開いて、彼女を見据えた。もしかしてコイツも…と土方は考えていた事もあったが、まさかの本当にそうだったとは思わなかったから驚いている。
「お、お前……。俺の事…」
「好きです。土方十四郎さんが…大好きです」
暖炉のせいなのか距離の近さなのか彼女のセリフでなのか、さっきの冷え切っていた身体が嘘のように熱くなっていく。彼女の真っ直ぐとした瞳で居た堪れなくなり土方は目をそらした。
「そ、そう…なのか」
土方は返事に困った。どう返すのが正解なのか分からない。ただ俺も好きだなんて口にしたら…どうなるんだ。付き合う…とかそういう事になるのか。土方の脳裏には、ふと過去の悲恋を思い出してしまった。
なぁ、ミツバ…俺は名前と結ばれていいのか?お前一人置いていった、こんな情けない俺が…幸せを掴んでもいいのか?
そんな事をミツバに言ったらきっと寂しそうな目をして頷くんだろうな。
名前は土方の悲恋を知っている。だから“好き”と口にするのが怖かった。だけど今伝えないと…きっと後悔しそうだと思ったのだ。
「土方さん…返事とかは……いらないです。ただ私は、貴方に気持ちを…伝えたかった、知って欲しかった。ただそれだけなんです」
「…泣くなよ。……泣かれたら…どうすればいいか分かんなくなっちまう」
知らない間に名前の頬には哀しみが含まれた涙が伝っていた。思わず土方は胸の中に名前を閉じ込めた。そんな哀しそうな顔、見たこともなかった。
今、どうしようもなく彼女を自分のモノにしたい。独り占めしたい。出来るなら…一つに繋がりたい。
身体を少し離して、見つめ合う二人。
気づいたら名前の手に触れていた。そのまま手の甲を土方自身の口の元へ運ぶ。名前の手の甲の傷に唇を付けて、傷をなぞるようにゆっくり舐めた。土方にとっては、この行動は“誘ってる”意味。そうするとそれを答える様にして彼女は色っぽく声を漏らした。
ほんの少し理性が保ってる時に言いたい言葉。土方が口にしたのは
「名前…。俺も……好きだ__」
続けて土方は口にする。
「愛してる」
そのまま二人とも口唇を重ねた。
不思議と二人の身体は満たされていた。自然と毛布は二人の肩から落ちて、口付けも深くなっていく。もう土方は理性がぶっ飛んでいた。
駄目だ…。抑えが…歯止めが……利かねぇ。
ゆっくりと名前を床に押し倒す。手も心も一つに繋がった。あとは身体を…一つに繋げるだけ。
興奮が冷めきれない二人は今夜この一つ屋根の下で互いに欲望をぶつけ合ったのだった。
そんな何をしていいか分からない名前はキョロキョロと辺りを見回し、ある人物を探した。そのある人物とは密かに想いを寄せている土方十四郎のことだ。でも姿は見つけたが、あまりに大声を張り上げて茂茂公を誘導したり、隊員に指示を出したりなど忙しそうだった。そんな姿に一人、熱〜い視線を送ってる名前に気づかない土方。今は仕事だし仕方ない。まぁ、仕事一筋の人だから中途半端には出来ないのだろう。
そんな当の土方は心の中で何でこんな事俺たちがやらなきゃならねぇんだと思っていた。実際にスキーをやりに来たはずなのに、将軍様一人でさせたりなどそんなこと何か事故ったりしたらと考えてしまい、ヒヤヒヤしてできるわけない。責任感の強い、副長の土方はスキーどころではなかった。
休む暇のない土方に、と思った名前はすぐそこのゲレンデ食堂に入り、一杯の温かいお茶を貰った。それを零さないように雪の上を気をつけて歩いて、土方のもとへ向かう。話し掛けるタイミングは指示が終わったあと。でも丁度名前が近付き始めた頃には指示が終わり、隊員の様子見に入った所だった。土方は胸ポケットからジッポと煙草を取り出して火を付けて一服する。煙が立ち昇ったのを見送った後、左後ろから声がした。
「土方さん、温かいお茶持ってきました。少し休んだ方がいいですよ?」
そうやって優しく微笑んで、はいっとお茶を渡す名前に戸惑いも滲むが、嬉しくなって頬が緩んだ土方。
「おう。サンキュ」
「いえっ、お仕事頑張ってくださいね!将軍様の命を守るのは土方さんにかかっていますから」
「気を休ませたいのか、休ませたくないのかどっちなんだよ」
「…どっちとも?」
首を傾げて言う名前に吹き出した土方。
「はっ…なんだそれ」
実は密かに土方も名前に想いを寄せていた。食堂でいつも土方と嬉しそうに笑う彼女に惹かれていた。マヨネーズが好きな土方に対して名前は毎度新しいマヨネーズを買うといちいち報告をしに来て
『土方さん!マヨネーズ買ってきましたよ!』
とマヨネーズがパンパンに詰められた袋を両手に掲げてとびっきりの笑顔で言うもんだから可愛くて仕方がなかった。いつもこの笑顔で癒やされている土方は、お茶を渡された今も気が張ってた心にじーんと染みていた。
「そういやぁ、後でお前にスキー教えてあげねぇとな」
「ああ、でも疲れてたら無理にいいですよ」
スキーに行くと決まった後、名前は土方にある相談していたのだ。
***
「私…実はスキーしたことなくて不安なんですよね」
書類を整理してる土方にお茶を運んできた名前は、土方に突然告げる。すると土方は手を止めて名前に向き直って少しの間休憩する。
「じゃあ俺が教えてやろうか?」
「え、いいんですか!?」
キラキラとした目で身を乗り出す名前。だけどすぐに困った顔してボソボソと不安をこぼした。
「でも…土方さんは将軍様を御守りしなければ行けないんでしょう。そんな時間…あまりないんじゃ…」
「まぁそんときゃ近藤さんと総悟に任せれば大丈夫だろ。だってお前…ずっとあんな寒い所で何もせず突っ立てるだけじゃつまんねぇし退屈だろ?別に今回は仕事として頼まれたっつーより、一緒に行きたいって言う将軍からの希望だからな。時間は作れるはずだ」
そこまで考えてくれているんだと嬉しくなって口角が自然に上がってしまった名前。
「だから…その……教えてやるよ、お前に」
いつも以上に優しく呟く土方に、こんな声は世界で私しか聞いてないのだろうなと浮かれる名前は大きく頷いて見せた。
「はい!楽しみにしてます!」
スキーに行くのが不安だった名前は、その言葉で一気に行くのが楽しみになっていたのだ。
***
何でもかんでも自分より相手を優先にする名前に溜息が溢れた土方は少し強めに言い放った。
「別に疲れてはねぇから大丈夫だ。それに、将軍には松平のとっつぁんがずっと隣についてるから平気だろう」
「そ、そうですか?じゃあ、スキーの道具用意して待ってますね」
そう言ってスキー場にあるレンタルショップに足を向けた名前。土方はそんな彼女に気をつけろよと声を掛けて仕事に戻った。
___
名前はレンタルショップからスキーの道具を借りて、使い方を教えてもらった。それを持って、あまり人気の無いところに移動した。
先程レンタルショップの人に教えてもらった通りに装備を着けて滑れる準備が出来た。土方に迷惑を掛ける訳にもいくまいと思った名前は、練習に軽く滑ってみたのだ。ただ、平たい所だから余り練習にならない。そうとなれば自然に斜面の方に向かう。だがここは上級者向けの滑りやすい斜面の方だった。そうとは知らずに、滑ろうとしたその時…
「お嬢ちゃん、スキーはよく来るのかい?」
とベテランそうなおじさんが話しかけてきた。
「いえ、今日が初めてなんです」
と返すとおじさんは何言ってんだこの娘と思い、確認の為に聞いてみる。
「お嬢ちゃん、ここは上級者向けのコースだよ?初心者はあっちに行ったほうが…」
「え?!あ…だから人が少なかったのか」
この場から離れようとしたら、突如強風が吹きはじめた。
「きゃっ!」
そして耐性力のない名前は、そのまま流れる様にスキーボードが傾いて、坂道を下っていった。
「お嬢ちゃん!!!」
おじさんが助けようとするも、ここは急な坂道だ。間に合うわけがなかった。
名前は坂道を勢いよく滑り、止まろうと思って、教えてもらった通りに体を動かそうと試みても、あまりに速すぎて恐怖心で体が動かなかった。初心者なら尚更この速さを止める方法も分からない。怖すぎて声も出ずに心臓もバクバク。思い掛けずに目を閉じてしまう。そして最後に瞼裏には土方の顔を思い出して、そのまま意識を手放していた。
一方、そんなことも知らない土方は今もなお、茂茂公の付き添いをしていた。ただしっかりと頭の中には名前の事を思い浮かべていて、先程から姿の見えない彼女を大丈夫かと心配していたのだ。そうしていると後ろから大声を上げて、こちらを呼ぶ男の声が聞こえた。
「真選組の方ー!!助けてくださーい!!!」
自然に真選組の隊員全員、もちろん土方もそちらに顔を向けた。土方の元まで走ってきてはぁはぁと荒く息をするおじさん。
「おい、なんかあったのか?」
そう土方が問い質すと
「お、女の子が……黒のジャンパーを…貴方達と同じジャンパーを…着た…ひとつ結びの…女の子が……上級者コースの方で滑っていって…」
「っ!あの馬鹿!!」
土方は一目散に走り出し、上級者コースの方へ向かった。どうしてこうなったかはアイツに聞けばいい。詳細はちゃんと生きたアイツの口から聞けばいい。そうして土方は寂しくそこに残っていた、もう一つのスキーボードを装着して急いで走っていった。土方は慣れたもので、上手くボードを操れていた。だが名前は初心者だ。きっとそのまま滑り落ちてるに決まってる。
「名前ーー!!!」
大声で土方が叫んでも返事は返ってこない。右、左と顔を動かしてみると姿も見当たらない。かなり下の方に行っちまったか?と思い、さらにスピードを上げる土方。
もう空は沈みかけていて、どんどん吹雪も強くなって気温も下がる一方だった。早く見つけなければと動悸が脈打つのが早くなっていく。
頼む…無事でいてくれ…。
もう誰も…失いたくねぇんだよ…。
土方の想いが届いたのか、少し先に黒色の何かが見えた。
「…名前……か?」
スピードを遅めて、その場に近づきスキーボードを止める。その正体はやはり名前だった。横に倒れていて雪に埋もれてはいないが横に向かれている顔には、頬に雪が少し積もっていた。
「名前!無事か!?」
すぐに名前のもとに駆けつけた土方。まだ息はしているが意識はない。頬や身体に積もっている雪を振り払い、自身の方に抱き寄せた。冷えた名前は氷のように冷たい。身体を温めるように強く抱きしめる。
「ひ…じか、た…さん」
意識が戻り、消えそうな声で土方の名を呼んだ名前。彼女はうっすらと微笑んだ。心配させまいと笑顔を振り絞ったのか、はたまた土方が来て安堵の笑みなのか。きっと両方の意味だろう。
「っ…馬鹿野郎…。一人で勝手に滑りやがって……」
でも生きていて良かった。ただそれは口にすることはなかった。取りあえず吹雪を凌ぐために宿を探した。この吹雪の中、上に上がるのはキツイ。そう思って土方は辺りを見回す。すると丁度良いところに宿があるのだ。あそこに行こうと土方は名前に話し掛けた。
「丁度良いところに宿がある。吹雪凌ぎの為に行くぞ。歩けるか?」
土方は名前の背中を支えながら起き上がらせた。ただ、名前が立ち上がろうとしたとき、激痛が走ったのだ。ガクッと倒れ込みそうになった彼女を瞬時に支え、そのまま座らせた。土方はその場でしゃがみ込んで傷の様子を見た。足首が木の枝で切れてしまったのか、かなり深く傷を負っていた。
「こりゃ歩けそうにねぇな。しゃーね…名前、おぶってくから俺の背中に乗れ」
名前に背中を向けてしゃがみ込んだ土方。彼女は言う通りにして、土方の肩に手を置いて背中に乗った。
「立つぞ」
とゆっくり腰を上げた土方。大きくて男らしいゴツゴツとした頼りになる背中。安心する土方の煙草の香り。少しだけ、ほんの少し首に回した腕にギュッと力を入れて抱きつく。その様子に気づいた土方は何とも言えない気持ちになった。
「重くてすみません…」
「重くねぇから大丈夫だ。それより早く宿に向かわねぇと」
そう言って土方はすぐそこにある宿の方へ、名前をおぶって向かった。
___
宿に付くと、そんなに大きくはない部屋だが、暖炉もあるし身体を温めるには充分な宿だ。名前を暖炉の近くにゆっくりと下ろした。土方は薪を暖炉の方へ投げ入れて火をつけた。それと貸し出し自由の毛布を手にした土方。
「もっとこっちこい。二人でくっついた方が暖まるだろ」
素直に彼女は土方の言う事を聞いて、ピタリと身体をくっつけた。彼女の左肩に毛布の端を掛け、二人で包まうようにする。
「これで寒さは少し凌げんだろ」
二人並んで暖炉の前に座り、パチパチと音が鳴り響いているのを聴くだけ。ただ名前は土方の距離の近さなどで居た堪れなくなり、口を開いた。
「あの、土方さん。先程は助けていただきありがとうございます。お陰で命拾いしました」
「…なんで上級者コースの方にいたんだよ」
「それは_」
名前はあの時あったことを説明する。すると土方は呆れも混じったように笑う。
「ホントに馬鹿だな…お前」
「馬鹿ですよ…私は」
下を俯いて呟く名前に言い過ぎたかと土方が謝ろうと口を開こうとするが彼女の言葉で閉ざされた。
「でも…死ぬって考えた時に…咄嗟に土方さんの顔を思い出したんです。その一瞬、ほんの一瞬ですけど…生きたいって。…それと_」
名前は俯いていた顔を土方の方に向けた。
「
突然の彼女のカミングアウトで土方は目を見開いて、彼女を見据えた。もしかしてコイツも…と土方は考えていた事もあったが、まさかの本当にそうだったとは思わなかったから驚いている。
「お、お前……。俺の事…」
「好きです。土方十四郎さんが…大好きです」
暖炉のせいなのか距離の近さなのか彼女のセリフでなのか、さっきの冷え切っていた身体が嘘のように熱くなっていく。彼女の真っ直ぐとした瞳で居た堪れなくなり土方は目をそらした。
「そ、そう…なのか」
土方は返事に困った。どう返すのが正解なのか分からない。ただ俺も好きだなんて口にしたら…どうなるんだ。付き合う…とかそういう事になるのか。土方の脳裏には、ふと過去の悲恋を思い出してしまった。
なぁ、ミツバ…俺は名前と結ばれていいのか?お前一人置いていった、こんな情けない俺が…幸せを掴んでもいいのか?
そんな事をミツバに言ったらきっと寂しそうな目をして頷くんだろうな。
名前は土方の悲恋を知っている。だから“好き”と口にするのが怖かった。だけど今伝えないと…きっと後悔しそうだと思ったのだ。
「土方さん…返事とかは……いらないです。ただ私は、貴方に気持ちを…伝えたかった、知って欲しかった。ただそれだけなんです」
「…泣くなよ。……泣かれたら…どうすればいいか分かんなくなっちまう」
知らない間に名前の頬には哀しみが含まれた涙が伝っていた。思わず土方は胸の中に名前を閉じ込めた。そんな哀しそうな顔、見たこともなかった。
今、どうしようもなく彼女を自分のモノにしたい。独り占めしたい。出来るなら…一つに繋がりたい。
身体を少し離して、見つめ合う二人。
気づいたら名前の手に触れていた。そのまま手の甲を土方自身の口の元へ運ぶ。名前の手の甲の傷に唇を付けて、傷をなぞるようにゆっくり舐めた。土方にとっては、この行動は“誘ってる”意味。そうするとそれを答える様にして彼女は色っぽく声を漏らした。
ほんの少し理性が保ってる時に言いたい言葉。土方が口にしたのは
「名前…。俺も……好きだ__」
続けて土方は口にする。
「愛してる」
そのまま二人とも口唇を重ねた。
不思議と二人の身体は満たされていた。自然と毛布は二人の肩から落ちて、口付けも深くなっていく。もう土方は理性がぶっ飛んでいた。
駄目だ…。抑えが…歯止めが……利かねぇ。
ゆっくりと名前を床に押し倒す。手も心も一つに繋がった。あとは身体を…一つに繋げるだけ。
興奮が冷めきれない二人は今夜この一つ屋根の下で互いに欲望をぶつけ合ったのだった。
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