THIRD BOYS
世知辛きかな、負債少年
ツクモが経営するクラブ兼カジノの入り口脇に、黒いシャツとスラックス姿のハイノとルカが立っていた。いつもの学生服でないのは、今晩ここの警備員として配置されているからに他ならない。
「ねむ~~~い……」
ルカは大きくあくびをしながら後ろの壁にもたれかかる。昨日の夜から明け方まで血生臭い仕事が続き、今日の放課後は委員会が長引いたので、休み時間くらいしか眠れていないのだった。
「昨日、まさか三件も行くことになるなんて思いませんでしたよ〜……」
「仕事があるなら稼がねえとな」
対するハイノも背筋を伸ばしながら腕を組みつつ、その実あくびを何度も噛み殺していた。
「む〜……まあ良いですけどね〜。今日は入り口チェックって言われてるだけだし……」
「……こっちのほうが納得いかねえよ。なんで俺たちがこんな警備なんか……」
普段の暴れっぷりが嘘のように、今日は地味な雑用仕事。ターゲット相手に刀や銃を使って派手に立ち回る彼らにとって、単に入り口で客を見張るだけという仕事はとにかく退屈に感じてしまうようだ。
「そりゃあ……ツクモさんのご命令ですもん」
「そうだけどさ……」
トホホと項垂れる二人。武闘派ヤクザを瞬殺し、やり手のブローカーと渡り合い、涼しい顔で裏社会を闊歩しているようでも、悲しいかな権威主義には逆らえない。圧倒的な貸しのある“闇金”のボスにとって二人は、間に合わせでポイと放り込める便利な日雇いバイト程度の存在でしかないのだ。彼らにできることは、せいぜい悲しげなため息をつくので精一杯だった。
店内からは酒の匂いや軽快な音楽が漏れ、ちらほらと怪しげな客がやって来る。会員制のクラブとはいえ、通りすがる人間はどこか後ろ暗い雰囲気を漂わせている者ばかり。スーツを着崩した男や派手なドレスの女が、会員証を見せながら入店していく。
ルカはにこやかに「いらっしゃいませー」と形だけの挨拶をするものの、眠さで滑舌が怪しくなっている。ハイノはそんな相棒を横目で見つつ「ちゃんと起きろよ」と窘め、ルカは不満げに唇をとがらせる。「意識はあるもん……」
やがて、見るからにガラの悪い男が近寄ってきた。タバコの煙を吐き、金のアクセサリーをじゃらつかせている。
「あれ、こないだも店で揉めてた奴だろ」
⠀ハイノは小声で囁き、鋭い琥珀色の目で相手をマークする。ルカも眠そうな目でその先に視線を送った。
――と、二人と目が合った男は途端に顔を青くし、「チッ……」と舌打ちして後ずさる。そしてバタバタと踵を返し、逃げるように去っていった。
「帰っちゃいましたね」
「あいつがまた暴れてくれりゃ目が覚めたかもしれねえのに」
「ハイノが前回いじめすぎちゃったんじゃないですか?」
「おまえだよ」
「あれぇ〜?」
小さなトラブルすら成立せず、ハイノとルカはまた退屈そうにしながら、つつがない時間を過ごす。
しばらくすると、スーツ姿の初老の男がふらりと現れた。品のある白髪をオールバックにした紳士風だが、どこか胡散臭い雰囲気が漂う。
「……失礼、私はここのVIPの知り合いでね。オーナーの招待を受けてるんだが」
受付スタッフが照合するが、招待リストに名前はないらしい。男は困ったように肩をすくめ、ハイノとルカを交互に見る。
「では、少しばかり礼をするから通してくれないかな?」
男が札束をちらつかせる。VIPにとっては小金なのかもしれないが、二人の生活には無視できない金額だ。ルカは数回まばたきをして「ふーん」と興味を示す素振りを見せる。
しかし、ハイノが先に彼を突き放した。
「会員証がないなら入れない。ツクモからも聞いてねえ。どっか行け」
「そうか……では、これではどうだろう」
札束を倍に増やして再度交渉しようとする男に対し、ハイノは軽く一歩踏み込んで威圧する。
「帰れっつってんだよ。いくら積んでも無理なもんは無理だ」
「うっ……」
男はその若い少年から鋭い殺気を感じ、引きつった笑いを浮かべながら後退した。どうやら買収は断念するらしく、捨て台詞を残してどこかへ去った。
「……チップ欲しかったですねぇ。学食代になるのに」
黙って見ていたルカが抑揚なく呟くが、ハイノはそっけなく返す。
「変に通しちまったら、あとで面倒だろ」
「真面目だなぁ~。ツクモさんに聞いてみます?」
「ぜってーやだ喋りたくねえ」
「ですね」
二人そろってため息をつき、ちょっとした買収トラブルは立ち消えた。
夜の闇が深まり、周辺の空気もざわざわと色めき立つ頃、今度はガタイのいい男数人が大声で騒ぎながら入り口へ向かってきた。肌に刻まれた刺青と派手な出で立ちが“いかにも厄介な連中だ”と意思表明している。ハイノは「今度こそ」と言わんばかりに注意を向けた。
「おい、ここが例のカジノだろ? 俺らも遊ばせてもらおうや!」
受付のスタッフが「恐れ入りますが会員証を――」と形式的に言いかけると、彼らは乱暴に押し退けてドアに近づいてくる。「うるせえな。良いからさっさと開けろ!」
ようやく警備員の出番が来たようだ。ハイノがすっと一歩踏み出し、男の動きを遮った。
「会員証がないなら入れない。どっか行け」
淡々とした声、しかし礼儀はゼロどころかマイナスで告げるハイノ。ルカはその後ろから笑顔で「どうぞお引き取りを~」と手振りするが、その目も相手を見下すように冷えている。
当然、男たちはキレる。
「なんだテメェ、ガキが偉そうにしてんじゃねえ!」
ひとりがハイノの胸倉を掴んだ瞬間、グイッと体が浮かび――次の瞬間にはハイノが逆に男の腕をひねり上げ、地面に押し付けていた。
「ぐあッ……!」悲鳴を上げる男の横合いから仲間が「てめぇ!」と拳を振りかざすが、ルカが軽い足取りで間合いを潰す。そしてメリケンサックをしれっと装着し、ボディに一発。ごふっ、と湿った呻き声を漏らしながら男が沈んだ。
「会員証もないのに偉そうにしないでくださいね〜」
ルカは相変わらず気怠そうに欠伸しながら、凶器を再びポケットにしまう。
ハイノが倒れた男を靴先で蹴り飛ばし、「消えろ」と低く言い放つ。まだ抵抗しようとしていた者もいたが、少年たちの纏う妙に重々しい雰囲気に押されたのか、結局は困惑したまま逃げ帰って行った。
騒ぎが収まり、ドア周辺には血の気を失ったスタッフや周囲の客が茫然と立ち尽くしている。「こいつら何者……」といった顔をしているが、ハイノとルカはどこ吹く風という感じで面倒くさそうに深くため息をつく。
「……はー……。これで少しは目が覚めたけどな」
「それならもうちょっと加減してあげたら良かったのに。床が汚れちゃいましたよ」
「……掃除しろって言われるかな」
「たぶん」
「くそ……」
ぼやきながら、二人は元のポジションに戻り、再びダルそうに入り口に立つ。
周囲は完全に「関わりたくない……」というムードに包まれ、何人かの客は別の店に行こうとその場を離れる。
警備としては目的達成かもしれないが、どこか釈然としないのだろう、ハイノが軽く舌打ちする。
「これで“客が減った”とか文句言われたらたまらねえな」
「逆に全員殺しちゃいますか。もう雑用任されなくなるかも」
「だったら先にツクモ殺してくれよ。貯金全部やるから」
「え~、それいつか僕が依頼したかったのに」
少年たちは眠気に任せて軽口を叩き合うが、それでもこの場に立っている事実は変わらない。どんなに不本意であっても、太くて頑丈な見えない鎖で繋がれているのだ。
「まあでも、もう少しで交代時間だしな……。帰ったらとっとと寝るぞ」
「え〜むりです僕もう限界です。次に誰か騒いだらハイノが全部やってくださいね~」
「何でだよ。俺だって限界だよ」
「あ、ポケットにチョコ入ってた。食べます? パチパチするやつ」
「いらねえ……」
他愛ない会話をしながら、一人、また一人と店に来る客を見送る。
彼らはこうして今夜も裏社会の片隅で、地味に、しかし確実に“仕事”をこなしていくのだった。
おわり
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