アランくんの彼女はロシア人
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昼休みのわずかな時間に男子バレー部の二年生だけのミーティングが空き教室で行われた。文化祭の前準備の確認である。
「アラン声どうしたん」
「スマン喋ラレヘン」
「声カッスカスやん」
「文化祭までもう一週間ないで」
「ナントカナル」
「ならんて」
そこでアランが珍しく風邪引いてることが発覚した。別人のようにしゃがれた声なのがあまりにもかわいそうすぎる。
「ガルーラ!こいつ引き取ってー風邪ひいてんよ」
移動教室だったのか友達と手を繋ぎながら仲良く歩いてたガルーラに赤木が声をかけた。他のみんなも集まってアランのために助言をしようとそれぞれ意見を出していく。
「のど飴舐めたら?」
「首にネギ巻いて寝とけ」
「卵酒」
「リポD」
「ウォッカとか」
「CCレモン」
「なんか混ざっとる!ウォッカ飲むん?!未成年やぞ」
ガルーラはそばにいる友達と目配せして、腰に手を当てた。それを見た友達がクスクスと笑う。定番の内輪ネタらしい。
「ちゃうで。大人は飲むけど子供はカラダに塗るねん」
「酒塗りたくるってロシアやばいな!」
「傷あるとめっちゃ痛いからオススメしない。でも風邪のひき始めならこれが一番よく効くの」
なぜか自信たっぷりに言う。
ガルーラ本人の経験談である。
「風邪に効く前提なのがやばい」
「そんなんオススメしないで」
「ロシア人みんなそうなん」
「みんなとちゃうよ。全く飲めない下戸の人も勿論いるし。あ、おばあちゃんがいつもやってくれてんけどー」
友達に教科書を持ってもらって手ぶらになったガルーラによるジェスチャーが始まった。
「まずはウォッカを用意します」
「やっぱりウォッカやないか」
「ライター用意します」
「なんで?」
「ウォッカを浸したガーゼを燃やします」
「なんで??」
大耳の疑問はもっともである。
赤木は爆笑して腹を抱えたまま動かない。
「ここからが大事なの!火消してほんのり温かくなったガーゼをすばやく油紙に包んでから喉と首の付け根に当てて包帯でしっかり巻く!血行促進のツボだからポカポカなるんやんね」
「温湿布貼った方が良くない?」
「ウォッカ燃やす意味あった?」
「おばあちゃんワイルドすぎやろ」
そこで北が真顔で噴き出した。
いまだに赤木はヒーヒー笑っている。
「尾白くんカラダ大きいから子供じゃないでしょう?もうウォッカ飲んでいいと思う」
「…!」
アランは無言でガルーラの頭を叩いた。
彼女はくふくふ笑うと飴をポケットから取り出してアランに手渡した。
よくできましたハイご褒美的なノリだ。
「ガルーラもうれしそうにいじるな」
「アフターケア忘れないのは流石やな」
「そういえば北とガルーラ普通に話してるやん」
「クラス替えして喋らんくなっただけだからキッカケがあればな」
「うん無効やね」
「そんなんでええの?」
仲違いした二人は普通に会話していた。
ガルーラはアランの手を握ってニコニコ笑ってる。
かわいいからまあいいかと思ったが、
あとあと聞いてみれば「来日したての頃しでかした醜態もろもろ」を北を見れば思い出し、羞恥で悶えたくなるそうだ。
***
一週間後。
「アラン声戻った?」
「完治したで!いつもの美声やろ」
「いつものダミ声やな。酒やけした?」
「ちょおま、飲んだ疑惑広めんなや」
アランと赤木が軽口をたたきながら部室棟を通り過ぎていった。
今日は朝練なし。
しかも平日なのに授業もない。
稲荷崎高校の文化祭は二日間かけて行われる。
一日目は前夜祭と学校内の発表会。
二日目は一般入場の展示発表と模擬店。
後夜祭ではPTA企画の打上げ花火を予定。
本日二日目「第53回稲高祭」と掲げられた門をくぐった一般客の目に入るのは実行委員の装飾班が半年かけて製作した「ダンボールお神輿」だ。
おきつねさんのお面をかぶった実行委員たちがパンフを配りながらノリノリでポーズを取っていた。校門前で朝六時からこのテンションなので「今日一日持つのか?」と見回りの先生が不安そうに見守っている。
二年の各学科ごとの参加型クラス企画は毎年恒例のスタンプラリーも兼ねているので人の出入りがひっきりなしに続いていた。
このエリアの実行委員は腕章をつけてトランシーバーで本部に定時報告しながら巡回している。落し物の報告がたまにあるものの目立ったトラブルは起きてないようだ。
部活ごとの模擬店は中庭に集結していて、香ばしい匂いで一般客や他の生徒たちを引き込んでいた。
そこでもゴミ捨て場を巡回して働きアリのように収集し続ける健気な実行委員の姿が確認できる。
夕方になると特設ステージで有志による野外ライブが大いに盛り上がりを見せた。
実行委員のMCがふざけすぎて見回りの先生から注意を受ける場面もあったが、それでも細かな時間配分をキッチリ守ってみせたのはさすがだ。
「…」
忙しなく動き回る裏方の様子を非常階段からじっと見下ろす実行委員長がいた。本来なら立ち入り禁止だが、彼女は先生をうまく丸めこんでこの場所を陣取っていた。
今年の実行委員はひと味違う。
彼女の改革案に皆ここまでついてきて「ちゃんとやんねん」と繰り返し言って教育したのだから皆それに応えようとしてくれている。
こっそり息抜きに来た生徒会長は彼女の姿を確認するとゆっくり近づいていった。
時々本部から無線で連絡が来て、迅速な対応をする姿にはなんとなく既視感があった。
「かっこいいなーロシアの諜報員やんな」
「先生も同じこと言った。このインカムもロシアのスパイみたいでええやーん!で通ったの」
「ほんま助かったわ。前例がないといつまでも先進めへんから」
「会長のお役に立てたんなら嬉しいなあ」
生徒会長は肩をすくめてみせた。
この日までずっと働いてきた自分たちのつかの間の休憩時間だ。
仲間意識を高めたおかげだろうか。
今なら聞けなかったことを聞けそうな気がする。
「今更だけどお前が生徒会長に立候補するって思っててん。俺お前と一騎打ちする覚悟やったのにな」
「…そうなん。ふふんざんねんだったね。私は裏方仕事のが好きだから」
「先生に止められたってマジ?」
「先生は薦めてくれはったよ」
「先生は?他の誰が止めたん」
「会長鋭いな。おしゃべりしすぎたわ」
「正直ガルーラが会長やってる姿見たかった」
「…今のは聞かなかったことにします」
「ほんまにかっこいいなー」
「会長、気を緩めたらあかんで。ほら息抜きおしまい!」
「ブタ汁食いたいー」
「あかんわ。しっかりして!」
「丸田ぁ、俺にブタ汁もってきてください」
「無線でパシリしなや」
《了解》
「了解するな!」
***
真っ赤なクラスTを着た大耳と北が中庭で模擬店の店番をしていた。人知れずのうちにガルーラの話題になる。
「アランの彼女、めっちゃ走り回ってたな」
「実行委員のトップやろ。昔やってた花火と後夜祭復活させたって聞いたで」
「すごいな」
「そういえば彼氏の顔見てへんな。そろそろ交代ちゃう」
「さっき本部に呼び出されてたわ」
「人手ならこっちも欲しいのに」
「せやな。ん?もう戻ってきた」
黄色のクラスTを着たアランが微妙な表情で、口をモニョモニョさせながら戻ってきた。
「どうしたん。何があった?」
「うちの生徒会長しょーもな」
「ん?」
「ガルーラに西棟の非常階段のが無線よく聞こえるって嘘ついたらしい」
「なんでそんな嘘を」
「仮にも生徒会長なのに一人でサボるのあれやからって巻き込んだらしい。ガルーラがそれにブチ切れて収まらんくなって生徒会長が「先生呼ばないで」とか言うから。で、俺が本部に連れてかれた」
色々と気を揉めていた彼女が今まで我慢してたことを含めて感情爆発させてしまったようだ。
「周りも忙しくて気付くの遅れたらしい」
「ガルーラ真面目やんな…」
「やっぱり信介に似てるわ」
「たしかに…ちょっとアホな所もそっくりやん」
「本人の前でそんなん言いなや」
「それ言うなら天然か?」
「なんか遠のいたな」
「じゃあアホで」
「二人してなんやねん」
制裁のお礼とお詫びに生徒会からチョコバナナもらってんと片手に持っていた割り箸を掲げる。ここに来るまで持たなかったらしい。
「ガルーラも俺に猫かぶってるとこあるから、行ったらニコニコしよるし。なにあれ。あざと。ほんまにあいつ」
「ノロケか」
「ハイハイごちそーさん」
「ちゃうねん。なんか照れるな」