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図書館ではお静かに
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胸懐に連ねた決意に突き動かされた御手洗は、空き缶を手にようやく立ち上がる。
東屋の隅に設置されたゴミ箱の前で、パーカーの袖をずらし時刻を確認する。
ボランティアや登校の際の遅刻防止の為身に着けている防水腕時計は、入学祝いに父が買ってくれたものだ。
時刻は3時半を大きく過ぎ、もうすぐ4時にさしかかる。
手放した缶がゴミ箱の中で乾いた音を立てたのを見届け、屋根の陰から一歩出た御手洗は、頭に何か当たった風な感覚に、気のせいかとは思いつつ上を向いた。
顔を上げる少年の頬を打ち、伝い落ちる雫。
視界に広がる青空に、無数の線を引く透明な粒。
何色にも染まらず、細やかで作意なく、それでいて、ひどく無慈悲な……水。
晴れているのに降る雨。狐の嫁入りだ。
恐らく隣町からこちらまで通って来たのだろう。
占いや験担ぎに当てはめれば一般的に吉兆とされているものだが、いざ彼女を探し出そうという時に、よりによってこんな天気へ変わる空を見て幸先がいいと思えるほど、御手洗は楽観的な人間ではない。
大きな動揺などなくとも、雨の中での再会を想像すると、気が滅入る。
それはつまり、彼女が今、この雨に降られていることになるからだ。
彼女は雨が嫌いだった。
心なく降りしきる冷たい雫から身を守る屋根の下、憂鬱に苛まれる仄白い横顔が他の誰にも見せない沈んだ表情を浮かべる時は、決まって彼女に寄り添い、雨が止むのを待ったものだ。
この東屋も、雨宿りの際には重宝した。
余り濡れるのもよくないと一度は後ろ足を退き屋根の下に戻っていたが、小雨程度で足止めをくらっていては、夜になってもあの場所へは行けない。
御手洗はやや不安げに眉を下げたまま、フードを被り、雨の中を突っ切ることにした。
公園の裏手をしばらく歩き、住宅街や通学路より人気のない細い路地へ入り、幾つか辻を通り、曲がり角の左右を覚えている方へと曲がる。
霧雨に近い細かな雨を、ナーバスに受け取る自意識をなだめすかす気力も持てず、御手洗はおざなりな心持ちで目指していた場所を見つける。
アスファルトと砂利道の境目にある、コンクリートで囲まれた防火水槽。
荒れ放題の見た目は当時の記憶とかけ離れているが、この辺りだとすぐに分かった。
欅や桜の木が2、3本植えられた他は空き地の様相を呈していたそこは、草木におおわれ、茂みの隙間から辛うじて転落防止のフェンスが覗いている。
(なんかもう、ただの雑木林だな)
防火用とは名ばかりで、ろくに手入れもされていないのだろう。
当時は適度な木陰もあり人も来ないので、2人きりで使える休憩所か秘密基地扱いでよく来ていた。
遊び場になる公園より印象が強く思い入れ深いのは、お互いに普段の環境から遠ざかり、何もせずぼんやりと過ごせる場所が他になかったからだ。
スイミングスクールの帰りにコンビニや駄菓子屋で買ったアイスを食べながら、誰が放したか分からない金魚の群れを眺めたりしていたが、この分では生き物が棲める状態かも怪しい。
道路側から中の様子を目隠しする背の高い茂みの切れ間に体を割り込ませ、空き地側へ抜ける。
茂みを隔てた内側は、まだそこそこ開けており、短い草のはげた砂利の地面が見えている。
御手洗の立つ地点から数メートル先、コンクリート造りのプールめいたそこに向かう。フェンスの囲い越しに窺うと、なぜか金魚が増えていた。
数が増えているのもそうだが、前に見た時より大きくなっている気がする。このサイズ感は金魚というより小型の鯉である。
若干想定外な生態系の充実ぶりに目をつぶれば、防火水槽は当時のままの状態だった。
水も当時と同じ緑色で、近所の側溝に比べればまともな水質だ。
外観の荒れ具合で覚悟していたが、防火水槽の周辺は昔と遜色なく、内心の気落ちも多少和らいだ。
もし彼女がここに来ても、がっかりすることはないだろう。
自然と浮上した思考に、ああ、だからこんなに当時との違いを気にしていたのか、と御手洗は一人納得する。
しかし、その思考に至ったことで、御手洗は今度こそ現実を受け止めなければならなかった。
思いつく所を探し尽くして、最後に残った思い出の場所。
防火水槽の周囲には、やはり誰の姿もない。
彼女はここに来ていない。
降りかかる寂寥に気付かないふりをし、御手洗はまた今度探せばいいと物憂げな気分を切り替える。
帰路へ就こうと元きた茂みへ向き直る最中、視野に映った緑以外の色に、御手洗の目は空き地を覆う雑木林の陰りへ焦点を合わせていた。
期待と焦燥に、心臓の鼓動が大きく高鳴る。
防火水槽の脇に植えられた欅の木を一本隔てた奥で、誰かがしゃがみ込んでいる。
薄いクリーム色のレースの傘をさしており、肩から上はよく見えない。
よく見えないのだから、確証は何一つない。
それでも、ほっそりと華奢なシルエットと、背中から腰に垂れ下がる柔らかな髪の色で、もしかしたらと思った。
「…………」
呼びかけようとした折、やっと雨が止んでいるのに気づき、御手洗はフードを取る。
「……あ、……あの」
名前を口にするより前に、相手は声で分かったらしかった。
クリーム色の傘が地面に落とされ、彼女が膝を伸ばし、ゆるやかに痩身を翻してこちらを振り向く。
彼女と自分以外の時間が減速してしまうような、劇的で、不可思議な感覚。
彼女と過ごしていた頃、幾度となく経験した、非現実的な時間経過。
けれど、どうしてだろう。
心の中のもう一人の自分は、手放しに喜べないでいる。
「やっと来てくれた。」
長く艷やかな青灰の髪。銀に近い灰色の瞳。
前髪を下ろした頭に飾る、白いカチューシャ。
昔のままの幼さに、女性的な空気のみを加えた、彼女の姿。
空き地の明るみに出る彼女につられ、御手洗もそちらへ歩み寄る。
声を聞けば、そこにあるのは湧き出す感動だけ。
相手への好意をためらいなく全面に押し出し、甘やかなソプラノの響きへといっぱいに詰め込んだ愛らしい声色。
自分なんかが受け取っていいのかと卑屈になるくらいに、昔と何も変わらない、無垢な信頼と友情を感じた。
ぱっちりとした目元が薄められ、微かに震える口元が、笑みの形にほどける。
細い眉を下げ、まぶたと睫毛の縁取りの合間で、潤んだ瞳を過剰に濡らす水気が決壊しそうになっている。
あと少しで泣き出しそうになるのを、相手がいるのを考えて、辛うじて堪えただけの、泣き笑いに等しい表情。
笑顔というにはあまりにも悲しい顔だった。
美しいと思う以上に、身につまされる。
胸の奥底の乾いた所が、染み出す後悔の念であふれて行く。
再会の挨拶ではなく、起こった事実のみを喜ばしく語る言葉。
その一言で、過去の自分が置き去りにした想いの大きさを、そんなにも想っていたはずの彼女を突き放し、自ら渡した別れを嘆いた幼い自分の愚かさを、鮮明に思い出してしまった。
「背、もうだいぶ追い越されちゃったね。すごくかっこよくなってるから、一瞬違う人かと思っちゃった」
悲しい色は失せ、柔らかな笑みに取って代わる。
内懐を飲み込み受け流したのではない。相手がいるから持ちこたえたのだ。
「純ちゃんも……すごく綺麗になったね。……あの頃から、ずっと可愛かったけど……前より女の子らしくなったみたいだ」
何を言っても、お前がそんなことをいえる立場かと、心の内で他ならぬ自分に責められているように感じる。
「どうして、ここに来てくれたの?」
今更来た相手を責める気配すら微塵もなく、彼女は横髪を触り、やや遠慮がちに訊ねる。髪をいじる仕草は、気まずくなった時の彼女の癖だった。
彼女の問いに押し出されるように、御手洗は返す。
「…それは…」
「……ボクにとって、純ちゃんとの、一番の思い出の場所はここだから」
取り繕う余裕もなく、月並みな見切り発車でここに来たことを白状してしまう。
「……」
彼女は黙って、下がりがちだった眉を小さく震わせ、更に下げる。穏やかな微笑はそのままに、わずかにぎこちない色を乗せる唇や頬に、どんな表情を浮かべればいいか分からずそうした風な、彼女の迷いが含まれていた。
彼女の表情の推移を細やかに察せられたのは、御手洗が彼女と正面から向き合っているからだ。
辛うじて微笑む彼女を見据え、御手洗は告げる。
「言わなきゃいけないことがあるんだ」
「それを、純ちゃんに聞いてほしくて……来たんだ」
「…なあに?」
優しく傾聴する声は、保たれた微笑と同じく、どこか頼りなげで、力ない。
歳下に世話をさせているようなやり取りに、そんな情けない自分に嫌気が差しそうになる。
でも、言わなくちゃいけない。その為に来たんだ。
振り払うことの出来ない自己嫌悪が居座ったまま、御手洗はもつれた舌で言葉を紡ごうとする。
さっきまで彼女を捉えていた目線は、低い位置でさ迷っている。
伝えたいことは自分の中にちゃんとある。
どう伝えればいいのか。何から伝えればいいのか。
考え始めると共に、決意が揺らぐ。
自分独りが選んで決めただけではどうにもならないことがあると思い知る。
ボクはただ、昔言えなかった気持ちを、彼女に知ってほしいだけなのに。
そして……もし許されるなら、もう一度……。
「ボク……」
淀みなく言い渡すのは、結局の所、それが本音だったからなのだろう。
その時確かに、不用意な思いの丈を、自分の意思で彼女にぶつけていた。
「……あの頃に戻りたい。――……純ちゃんと、楽しかったあの頃に。」
長年ほったらかしにしていたようなものなのに、こんな言い方は不誠実だ。
脳内で冷静に繰り返してみれば、聞かせた相手を一番怒らせるくらい、相手の気持ちを無視したふざけた前置きだろう。
気づもりはあっても、どんな風に言葉を始めていいか分からなかった。
頭の中で考えたが、そのどれもが釈然とせず、結局、吐く息に任せて言い放ったのは、恥も外聞もない幼稚な自分の願望。
彼女は何も答えなかった。
「あの頃、クラスのヤツらにからかわれたりして、教室にいるのが苦痛だった……でも、週末だけは楽しかった……スクールに行ったら、純ちゃんがいるって……そう思ったら、楽しくなくても学校に行けた…」
「純ちゃんに泳ぎ方を教えたり、競争したり…すごく楽しかった……純ちゃんは上達が早くて、すぐボクより上手になったけど…変わらずボクのこと慕ってくれて、いつも仲良くしてくれて…」
とりとめもない心境を垂れ流す告解。
言葉も気持ちも、一度始めてしまったら、せきを切って止められない。
「こんなこと言ったら、純ちゃんをまた傷つけちゃうかも知れないけど……ボク、あの時のことも、純ちゃんのことも、ついこの間まで忘れてたんだ」
「この間、偶然お世話になった人と再会して……ジュース奢ってもらってさ。……レモンスカッシュの缶……あれを見て、やっと思い出したんだ。……スクールの帰りに、純ちゃんとよく飲んでたなって」
数秒間が空くも、御手洗は続ける。
「最後に会ったのは、純ちゃんが10歳の頃だったね。夏休みも終わりかけで、もうしばらくしたら学校行かなきゃならないのが、すごく憂鬱だったな……」
淋しげにたたえた笑みは沈痛な面持ちに変わり、御手洗は横目を逸らす。
嫌な記憶をなぞる裏で、彼女の反応を見聞きするのが怖かった。
「帰り道で、いつもみたいに楽しく話して終わるはずだったのに……」
その先は、どうしても語れなかった。
顔は正面に向き直っている。視線は、彼女の足元をおぼろげに映していた。
「ボク、あることがあってから、ずっと誰かに謝りたかった。目の前の現実が耐えられなくて、訳も分からず何かを償いたくて」
「……けど本当は、誰かじゃなくて、謝らなきゃいけない人がちゃんといたんだ。……ボク、純ちゃんに謝りたかったんだ。」
冷静に話そうと心がけていたつもりだった。
そのはずが、焼き直す思い出が鮮明に視界を塗り替え、御手洗を過去の場面に立ち返らせる。
「なのにボク……自分の辛さと苦しさに呑まれて、そんな大事なこと、いつの間にか忘れて……ボクのことなんか誰も助けてくれないって……独りなんだって勝手に思い込んで……っ」
肩や腕、手、口元、体のあちこちがわなないて、呼吸も辛くなって来る。
謝罪の言葉を伝える頃には、とても平静ではいられなくなっていた。
「…あの時、ひどいこと言ってごめん……っ!……あんな言い方して、純ちゃんを傷つけて、ごめん…!!」
「あの時、すごく怖かったんだ…!あいつらに純ちゃんまで馬鹿にされたみたいで、もし純ちゃんも標的にされたら嫌だと思って……それで…っ」
あの頃の自分の気持ちが追いかけて来て、抑え切れずにそれを後から口に出してしまう。謝るだけが唯一正しい選択なのに、この期に及んで言い訳なんて、最悪だ。
臆病な瞳は彼女のパンプスの靴先をぐらぐらと不明瞭に映すばかりで、彼女の表情を見られない。
無言の彼女が、ほんのかすかに息を詰まらせたのが聞こえた。
これではダメだ。
感情に呑まれた心を叱りつけて、浅くなった呼吸を整える。
希薄な反応とも言い難い彼女の変化を皮切りに、御手洗は尚も続ける。
「信じてもらえないかも知れないけど、あのことがあった次の日、謝りに行ったんだ……家を訪ねたら、純ちゃんはもういなくなってて、それっきりになっちゃったけど」
「クラスのヤツらに茶化されて、恥ずかしいって思う気持ちも正直あった……でも…………でも、ボク……っ……――純ちゃんを守りたかったんだ――……!!」
喉元や目頭にせり上がる激情を、目を閉じて必死にやり過ごそうとする。
彼女は堪えたんだ。ここで泣く訳には行かない。
垂れ下げた腕の先で、無意識に握り込んでいた拳を、少し力を緩めて開く。
疲弊を押し殺し、まぶたの上下を別つ。
どんなに辛くても、苦しくても、彼女に伝えられるのは今だけだ。
どちらに転んでも、これが本当に最後の機会。
それなら、二度と後悔しないよう、今ここで、あの日の一生分の後悔を伝えたい。
「勝手なのは分かってる…それでも、最後まで聞いてほしい」
「ずっと好きだった。」
「優しくて、いつも笑顔でボクの手を引いてくれて。弱虫なボクを慕ってくれて。学校嫌だって言った時、ボクの気持ちを分かってくれて、ボクの代わりに泣いてくれた純ちゃんが好きだ。」
「辛いことがあった時も、何もない時でも、ボクのこと抱きしめて、『大好き』って言ってくれた純ちゃんが好きなんだ!」
小さく息を吸い、喉元の苦しさを紛らわす。
「今まで忘れてたのに、思い出したからってだけで来て、謝って告白して、受け入れてもらおうなんて、ムシのいい話だって自分でも思う」
無駄になると分かっているのに、震える声で今更のように自省めいたことを言う。
「ボクのことなんか嫌いでいい……っ…もう一生許されなくても、嫌われてもいいから……っ………!!………せめて、この気持ちだけは最後に知ってほしかった。」
まるでどうやったら彼女に受け入れられるか、通りもしないワガママを通そうとしているのではないかとさえ思う。
自分の気持ちばかり吐き散らして、要領を得ない走り書きの日記のようだ。子供の癇癪よりみっともない。
悪あがきがしたかったんじゃない。こんな形で伝えたかったんじゃない。
気持ちも言葉もぐちゃぐちゃだ。どこまで情けなくて卑怯なんだ。こんなの泣き落としと変わらないじゃないか。
やめよう。
こんな姿をいつまでも彼女に見せられない。
今更取り繕える訳はないけれど、彼女に慕ってもらえる人間として、身を引いて立ち去ることで、彼女との再会を終わろうと思った。
「……純ちゃん。」
「純ちゃんがあの時のこと許せなくて、ボクの顔も見たくないくらい今も辛いなら、もう純ちゃんには関わらないようにする。純ちゃんの前から、……いなくなるから」
「――嫌だよ、そんなの。」
「清ちゃんにもう一度会えて、嬉しいのに。」
「……私、ずっと待ってたの。……清ちゃんがもう一度ここに来てくれるの、ずっと待ってたんだよ」
彼女に引き止められて、はたと気づく。
そうだ。彼女の答えを聞く前に立ち去るなんて、どうかしている。
また自分の想像だけで勝手に終わらせようとしていた。
自分の勝手な想像に耐えられなくて、また逃げようとしていた。
真正面から見つめた彼女は、淋しげで、それでも穏やかに頬を緩めている。
その顔を見て、根拠もないのに、ボクが余計な思考に悩んで目を合わせられない間も、ずっと優しい顔をしてくれていたのだと分かった。
自分の中の嫌な想像を打ち消す言葉を貰っただけで、また彼女の顔を見られるようになるなんて、本当に図々しくて単純だ。
彼女の前だからそうなってしまうのか。
きっとボクの性根はあの頃の子供のままで、彼女と同じように、いつかその時が来るのを待っていたのかも知れない。
きっと、いつかのこの時に、昔と何も変わらない彼女から、優しい言葉をかけてほしかっただけなんだ。
「『ごめん』も『好き』も、もっと早く言ってほしかった。」
彼女の訥々とした言葉には、自分と同じかそれ以上の気持ちが込められているように感じる。その気持ちを知るたびに、また弱い自分は俯いてしまう。
それではいけないと、なんとか彼女の方を見ようとした。
「あの日、清ちゃんからそんな言葉を聞けていたら――――"あの頃の私"も、幸せなまま終われたのかな。」
俯きがちに少女を窺い、不安げに眉尻を下げる御手洗に、彼女はゆっくりと首を横に振る。
「――でも、いいの。清ちゃんがここに来てくれただけで、これまでの私は全部、報われたから。」
御手洗の手が、彼女の両手に包まれる。何か大切なものを拾うように、彼女の頬に触れる位置まで手元が引き上げられる。
「私も…」
「私も……清ちゃんのこと、今でも大好き」
「…純ちゃん…」
「もう、あっち行けなんて言わない?私……清ちゃんの隣にいても、いいの……?」
力ない笑顔が、どこまでも柔く崩れて行く。薄めた目尻に滲むそれを認めたら、下らない解釈で捏ねていた理屈など泡のように消えてなくなった。
「言わない!……あいつらが来たって……誰に何言われたって、絶対に言わない!!」
彼女の腕を引き寄せて、華奢な背や頭に手を回す。
彼女が嫌がるかどうかなんて、考えられなかった。
「この先ずっとボクの隣にいて…!ボクもずっと、ずっと純ちゃんの隣にいる…!!もう二度と純ちゃんのこと傷つけたり、悲しい思いなんかさせない…!!約束するから……!!」
「だから、これからは……――二人で同じ道を歩こう――!!」
彼女の細腕に抱きしめられ、僅かな重みで、小作りな顎を肩に乗せられたのが分かった。
「……!!……」
「清ちゃん、大好き……清ちゃん…だーいすき…」
「純ちゃん……ボクも……ボクも純ちゃんが好きだ…………純ちゃんのこと、大好きだよ」
彼女だけが呼んでくれるあだ名と一緒に渡される『大好き』の言葉。
『大好き』と二回繰り返すのも、二回目の間延びした口調も、あまりにも懐かしくて、泣きそうになる。
まぶたの裏に熱くこみ上げる涙を幸福感で埋めて、彼女の気持ちに、今の自分が持てるだけの素直な心でひたすらに応えた。
あの頃には戻れない。
それはそうだ。告白なんてしてしまったら、ただの親友になんて戻れるはずもない。
あの頃には戻れないし、もう戻らなくてもよくなった。
だから、これからの未来に、二人で進んで行く。
これこそが、お互いが一番後悔しない道なのだと信じて。
背中を後ろから照らす陽光が温かい。
けれど、胸の奥に兆す不確かな温もりは、彼女が与えてくれたものだ。
彼女のひんやりとした手にも、その温かさがいつか伝わればいいと思った。
背をかがめた御手洗にしがみつくように抱擁する少女の表情を、彼のほうから窺うことは出来ない。
再会と満願の幸せを噛み締め抱擁を受け入れる御手洗には、少女の薄く色付く艷やかな唇が意味ありげに弧を描いたことなど知る由もなかった。
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