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4話 水槽を泳ぐ舞台人形

 さて、人生とはうまくいかないものである。
そして、ローシがいうようにやり直しなどきかないのだ。
この任務の話は2年前の話である。

「ブラッド様」
その機械じみた声がブラッドを呼ぶ度に、ブラッドの心中を後悔が襲う。
フランドール・メリーシェリー。彼女が機械の体にぽっかりと浮かぶ生体ユニットを備えた姿になったのは結果としてあの夜にブラッドが間違った選択をした……どころか、選択を「しなかった」結果だ。
あの時浮かんだ悪魔のような選択肢を実行して入れさえすればフランは元通りに、家族の元へ、日常へ帰り、女優としての生を謳歌していたのだろう。
 あの後、フランの肉体にまったく別の誰かをいれてしまったことが発覚した後。ブラッドはローシにあの悪魔の選択を打ち明けた。しかし。
「人生とは、やり直しのきかないものよ。やり直しなどできるわけもなし。されどな、卑劣きわまる愚行の先に手にした美であの娘が救われるか見ててやるのもまた一興とは思わんかね?ドラマで、映画で、バラエティで。偽物のフランシーヌ嬢がどこまでやれるか嘲笑ってやればよい。一度悪鬼のような選択が思い浮かんだそなたであれば、きっと楽しめるものだろうよ」
などと切り捨てられてしまったのである。

 幸いなのは、ブラッドが持ち帰り事情聴取のために持ち帰った脳からフランシーヌをサルベージできたことだろうか。いや、肉体を失い、家族に自分がいなくなってしまったことを気が付かれもしない彼女が幸せなわけもない。結局彼女に帰る場所などなく、名を変え、姿を変えブラッドの事務所に居つくことになったのだから。
「なぁフラン」
「はい?」
きゅるり、と網膜センサーの動く音がする。
「お前、その。ボディとか変えたいって思わないか?」
「思いません。フランは今の日常も姿も楽しんでいます」
そして一度目を閉じたフランドールはネオングリーンの瞳をジッとブラッドに向けて言う。
「私は今の姿を……意思を相手に伝えることすらできなかった私に自分のできる範囲で必死に可愛くてかっこいい姿を注文してくれたブラッドさんに感謝していますよ。役者とは、他人になることのできる職業です。この体『っぽい』私を演じながら生きるのは苦しくなんかないです。私をよくできたロボットだと思ってびっくりする依頼人を見るのは楽しいですし。だから気に病まないでください」
「でも、お前のボディは」
「気にしてません。気が付かない父も母も恨んでいません。『私』も、少し嫌いですけど憎んでいません。今は……人の役に立てる仕事だから、好きです。私、昔はいろんな団体に加入して、募金だったり、ボランティアだったりのCMに出たり、自分でもそれに参加したりしましたけど思うように人を救えてるとはぜんっぜん思えなかったです!でも今は、私が仕事をして、ちゃんと人が救われてるんだって実感があります。戦闘に参加できないことだけはちょっと、悔しいですけれどね」
 だから、気にしないで下さいと。フランは『人形』のふりに戻って事務所に消えた。そのあとすぐに戻ってきて、
「私のボディの作成者に言っておいてほしいことがあるんですけど、私もう22歳ですよ?なんで搭載型コンピュータにキッズ見守り機能がついてるのか!暇があったって満足にネットサーフィンもできないんですからね!それだけ不満です!」
そういって、しずしずと歩いて消えたので、ブラッドは肩をすくめて笑った。
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