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4話 水槽を泳ぐ舞台人形

 ローシの言うには。
三日ほど前から最近知名度を上げてきている女優が消えたという通報があったそうで、警察はもちろん前述の事件のことからやはり今回もだろうとハンター連中にお呼びがかかったらしい。
「けどよローシ、脳ミソ入れ替え誘拐事件だぞ!?マルにやらせるのはちょいマズイだろ」
「なんで?」
あっけらかんとした回答。
「ナンデ~????じゃねぇだろ子供だぞ子供!子供をそんなグロテスクワンダーランドに足踏み入れさせて大丈夫なわけがねえだろ!教育に悪いとかソーいうの考えないのアンタはッ!」
「ほほ。教育に悪いも何も、儂ら。だって人間じゃないもーん、ってとこだわい。そも、そんなもん嫌がっておったらハンターなんぞできんわ。
同族殺しぞ?それができて脳ミソ飛び交う手術室に耐えられんなんてことないだろうが、のう、マルや」
「はい、大丈夫です」
「マジかよ、俺は知らねえからな」

 そんな会話があったのが、ミーティング時。自分一人だけがこうして『入れ替え』の現場である病院に潜入したわけだが
ここへ至る道とは違いあまりに静かな空間にブラッドの足取りも慎重にならざるを得ない。
「ドンパチからスニーキングかよ、上等だ。俺がどれだけやりこんでるか見せてやるぜ」
などと軽口を一つ。しかし、現実はブラッドのやりこんだゲームなどとは違うものでしんとした廊下では、自分の唾を飲む音すらたとえば、すぐ目の前の曲がり角に潜む『何者か』には耳に突っ込んだイヤホンから聞こえるように目立ってしまっていまいかと不安が襲う。
落ち着け、と心の中で自分に言い聞かせる声が、本当に心中で完結しているのか、それとも自分の口から音になって出てしまっているかも判別がつかない不安と、緊張の中を、ブラッドは進む。
 最初の曲がり角だ。手にした銃には弾は込めてある。抜かりない。
身を乗り出した瞬間に襲われやしないかと不安に思う気持ちを、なぁに見敵必殺さと蛮勇にすり替えて飛び出した。

なにもいない。

「肩透かしだぜ、ったく」
「ってな風に油断すると、死ぬでござるよ?」
ふいに子供の声。叫びだしそうになるのを我慢して、ブラッドは斜め下を見た。
「追いつき申した」
「マル……、おどかしやがって!」
素性を隠すための面が外れないよう気を遣ってカブラギマルの頭をグシャグシャとかき回し一つだけ重い息を吐いてブラッドは緊張のスイッチを入れなおした。
「ローシは?」
「別口から行くと。ローシはいつもそうなので」
「チッ、自分の弟子が心配じゃねーのかよ」
「今はブラッド殿のほうが心配なのでござるよ。さ、参りましょう」

 白い廊下は本当にここが目的地なのかと思うほど、相も変わらず静かで清潔な空間のままだった。
この先で資料にあった狂気的な『ビジネス』が行われているのかと思うと、そして地上階では当たり前のように病や怪我に苦しむものへ手を差し伸べているのかと思うと吐き気がする。
「ブラッド殿」
「なんだよ」
「この病院は、ケイオスたちの技術を取り入れた医療を提供しているのだそうでござるよ。人間の技術では治せないような怪我や病気も、異なる世界から取り寄せた機器や術を使えば治すことができるのだそうでござる」
ふと一瞬、カブラギマルは遠い目をしたあと、ブラッドを見上げた。
「この世界で、そこまでして生き延びたいのでござろうか?」
「さぁな。でもこういう考え方だってあるかもしれないぞ?
どんなことをしても助かってほしい人がいる、とかな」
だとしても、そんな希望をもたらす裏でやっていることは体の入れ替えだ。ヒーローとして許すわけにはいかないよな、と付け足すとカブラギマルはこくりと頷いて刀を構えた。
「この先にござる。血の匂いが、とても」
「おう、覚悟できてっか?」
「ブラッド殿こそ。それがしは問題ありませぬ」
「”血の匂いがとても”、だろ?俺を誰だと思ってる、ブラッド様だぜ!」

 扉の先は、おおよそブラッドの想像した通りうれしくもないSFチックな光景が広がっていた。どこかの海産物の臭いがしてきそうな、液体に浸された脳を浮かべた管が並び、その前には少女たちの肉体が並べられている。
「大したビジネスだぜ、クソっ」
「こうまでして求める美貌とやらに、何が待っているのござろうか、それがしにはわかりませぬ」
「わかんなくていい。わかっちまった時ァたぶん、狂ったか、自分がそうなったときだろうがよ」
そんな話をしていると、天井のダクトからゴトゴトと音がする。
が、銃を構えたブラッドを制止してカブラギマルは首を振る。
別口から潜入していたローシが追い付いたに過ぎないようだった。

「あらま、汚れ一つもないのなら、儂もそっちに行けばよかったわ」
「そちらは何か?」
「ほほほ、何も。爺が一人面白がって蛇のようにうねっておっただけよ。
だとすれば本陣には警備も置いとらんわけだ、奴さんらは」
「アホくさ、やる気あんのかよ」
「案外と、悪いことをしたつもりはないのかもしれんの」
だって、とまた老人はいやらしい目つきで並べられた美しい少女たちの体を指さして言う。

「金できれいになるなんて、こんな混沌まぐわう世の中になる前にだってやっておったじゃあないか」
「整形と脳ミソの入れ替えが一緒でたまるか」
「老師」
カブラギマルが液体に浮かぶ脳を見ながらつぶやく。
「美しい女性の体に、依頼人の脳を入れ替えて元の生活へ戻してやるんでしたよね?
依頼人……美しくなりたかった女の人たちの家族からは、何もないんですか?」
「確かに、おかしい話だよな。依頼した側の家族から何もないってのはパッと見資料にもなんも書いちゃなかったが
やっぱそっちは警察連中の管轄なのかよ?」
「いんや?ただのぅ、こんな世の中だから遺書とか残して入れ替えた後の空の体を捨てておく、なんてだけで片付けられるじゃろ」
あぁ、移し替え可能な部位は抜いてね、などとくすくす笑いながら付け足した老人にいい加減に嫌悪の目を向けるも屈託のない笑顔で躱された。

 「そんなことどうでもいいじゃろ。死んじまったものはァしょうがない。そればっかりは悪鬼羅刹だ悪魔だ混沌だなんて呼ばれる儂らにもそうそうどうにかできるものではあるまいよ。
過ぎた時は戻せない。ならば今から救えるものを救うのみじゃて。さ、行くぞ」
鼻歌交じりで先を行くローシの後頭部に、一回だけポインタを当ててブラッドは舌打ち後へ続いた。
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