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3話 こどくな鬼

「丸山~!終わったかよ?」
「祐希くん英語成績悪いよね」
「うう……めんぼくない」
放課後、保健室補修が終わるまで待っていてくれたクラスメイトと帰路を共にしながらカブラギマルはスマートフォンを持ち上げた。
通知にスクランブルはなく、ほっと胸をなでおろした瞬間、画面をのぞき込まれてとっさに胸で画面を隠した。
「お前よくスマホ気にしてるけど、彼女か!」
「ち、違うよ来島!兄さんがちょっと心配症だから早く帰って来いって言われてないか心配してるだけだし!」
「ほんとか?どう思うよ佐伯~」
「彼女はないんじゃない?俺たちが女に興味持てると思うかよ。案外実はユキがハンターで、スクランブルがあったか気にしてるとか?」
佐伯の鋭い指摘にカブラギマルの背に冷や汗がドッと湧き出る。佐伯はなんてな。と言って自分も携帯を確認して俺は親から連絡あったよ、と付け加えた。
来島はつまらなそうにポケットに手を突っ込んで言った。
「そりゃたまに怖えなって思うけど、やっぱ俺は彼女ほしいぜ?俺たちお年頃なんだからさ、やっぱいつまでも怖がってちゃだめだと思うわけよ!」
「ぼくは、いいかなそういうのは……」
カブラギマルは思い出して吐きそうになったのを抑え言う。佐伯はそれを敏感に感じ取って来島をとがめ、祐希の背をさすった。
「来島」
「わ、わりいユキ、お前マジ見ちったんだもんな……」
「だ、だいじょぶ。ちょっとなんか飲んで休んでこう。そしたら大丈夫だからさ」
「俺奢るよ!」

 彼らがNYで暮らしているのは、日本から逃げてきたからだ。99年の世界の交わり以降、日本はすっかりケイオス、鬼に支配されていた。
鬼や妖怪に対し軍事的攻撃を行わず話し合いを以て共生しようと大々的に舵をとった時の政権は、あっという間に力で征服され武力での解決を試みたものは逆賊として処分される羽目になった。
そして、海外へ逃げることに成功した日本人の多くには共通したトラウマ……女性恐怖症、妊婦恐怖症……が植えつけられることとなる。なぜなら。

 鬼という種族は雌個体の発生率が異常なまで低く、しかし異種族交配が可能なまでの繁殖力を有していた。つまりは人間を媒体にして鬼は殖え、鬼によっては母体を食い破って生まれるものもまゝあり、道端で妊婦がはじけたと思えば鬼が沸く、なんてことが茶飯事になったからだ。
丸山祐希、を名乗るカブラギマル……戸籍上の名は渡辺祐希という少年はは覚えている。自分の大好きな『おねえちゃん』の股からひりだされた肉塊が生まれたままの食欲で『おねえちゃん』の足の肉をかじりながら産声を上げたのを。
そして、忘れたいのに忘れられないのだ。自分を嘲笑う鬼の、ねっとりとした下卑た声が。

 おねえちゃん?オメェは何を言ってんだ、水穂は『お母ちゃん』だろぉ?鏑木丸。お前はこの大嶽丸様と水穂の間に生まれた鬼だろうがよお。


 来島のチョイスは最悪だった。何が悲しくて吐きそうになっているのにホイップクリームが盛られたカフェオレなど飲まなければいけないのか。
佐伯にミネラルウォーターと交換してもらい、祐希はアパートの階段を上った。
「ただいま……」
「おかえり丸や。テストの点、好かったんやって?連絡きとったで」
「ウッ」
迎えた老師の声に辟易し、カブラギマルはがっくりと肩を落とした。
「まだちぃちゃいお前をかわいそやと思って日本人学校に入れたんは失敗やったかねえ。周りがみーんな日本語喋りますさかいな、いつまで経っても英語はへたくそ、成績もあーんまりよろしゅうて感動してまうわ」
「で、でもハンターとしてはキャラ立ってるし一長一短なんじゃないの!」
そういった瞬間に顔を狙って蹴りが飛んできたので防御し、カブラギマルはそそくさと自室へ逃げ込んだ。
「宿題しますさかい、じゃませんといてな尊さん!」
バタリと大きな音でドアを閉めると、向う側から老師……こと丸山尊の大きなため息が掠れて聞こえた。

「反抗期なんかねえ」
ぐすんぐすんと老師はウソ泣きをしてリビングの座布団に座る。
ハンター事務所【アルコホリック】のハンター、老師ローシ結城鏑木丸ユーキ・カブラギマルにはそれぞれバディがおり、普段は事務所を空けて単なるアパートの一室で暮らす日本人の家族を装っていた。
ローシのバディ・ローズこと五嶋真衣、カブラギマルのバディ・五嶋聡の夫妻は啜っていた湯飲みを置いてほとんど同時に言った。
「そらそやろ。手抜かんと普通の学校入れたらよかったやん!あんたはん一旦死んでアホになったんとちがう?」
「タケの教え方が悪い。祐希の性格にはその話し方があわない。文字通りの言葉で接しろ」
そして、目を見合わせて顔をむっとさせた。
「うちは環境が悪いと思うねんな?」
「あの成績は俺たち大人の責任だ。ハンターとしての育成に熱を入れ過ぎて人間としての育成を棚上げした結果があれだろう。責任転嫁するな」
ローズの顔に青筋が立ち、それがみるみる額に登っていって角がひり出てきたものですぐに老師がローズを小突きたしなめた。
「タケ、ユキをこのまま人の世界に置いておくつもりか?ここらで一度考え直すのもいい機会のはずだ。もとよりユキの才能に限界を感じた場合の保険のはずだぞ。どちらも半端になるくらいなら、ユキには鏑木丸として生きる道を進んでもらう方がいい」
「サトルやめぇ。祐希に鏑木丸を名乗らせとんのは大嶽の阿保を釣るためや。祐希が鬼として生きたいって思うとるわけないやろ。できればうちらがハンターやって、祐希には普通に人間として生きてもらいたいって最初も言うたやろ?そないな事言うな!祐希があんなに強うなるなんて最初うちらの誰も思っとらんかったやん」
そうしてチロとローシに目線を向けてローズは言った。
「うちが真名を明かしてハンターするのはあかんのか?ローズなんて名乗ってたらバレバレやんか酒呑」
「酒呑て言わんといてや。酒呑童子も茨木童子もとうの昔に死にはって、せっかく新しい命で生まれたんやないの。それに鬼女に生まれたあんたさんが前に出てまうと、本格的に日本からお客さんが来てしまうやろ」
ローシは深くため息をつく。輪廻を巡り人間に生まれ変わったはずの酒呑童子は、99年を境に力を取り戻し鬼へ変異した。おそらく、大嶽丸も同じように鬼へ成ったのだろう。一つ意外だったのは、自分の相棒であった茨木童子が女に生まれていたことだった。
再会してすぐ鬼の胎を求める鬼と戦いながら日本中を渡り歩いたが如何に伝説の鬼2人とあろうと自分たち以外の鬼全てを相手取るのは手が足りず、結局はアメリカへ逃亡するハメになり今に至る。
鬼の傀儡とかした彼の国が、さすがにローズのみを目当てにアメリカへちょっかいをかけはしないだろうが雑魚鬼がNYに紛れているのは確かだ。
話を聞けば大嶽丸が息子の強さを試すように寄越した尖兵だと言うが、半分は茨木童子へ探りを入れるためであろう。
ローズはアメリカに渡ってから顔を作り変え髪を染め、適当な女ケイオスの死体を元の彼女の姿にして【アルコホリック】初陣の際に晒してきたがどうにもうまくいってないようだ。
 ともかくと前置きして老師は酒をあおる。
「祐希は今まで通りや。堪忍な悟」
五嶋は不服そうな顔をしたが頷き、ため息をつく。
「一層正体がばれるのを警戒しないとな」

 大人たちが何を話しているか、カブラギマルは知っていた。カブラギマルがハンターになったのはははの仇を討ちたいがためにだったが、大人たちはずっと自分が変わらないのだと思っているのだろう。
もはやあねの仇だけでヒーロー気取りをしているのでなく、目の前に助けを求める命があるからこそ立ちあがったのを誰が知っているのだろうか。
ドアにもたれていた背を放しカブラギマルは鞄から宿題を取り出して気乗りしない炭の跡をつけていった。
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