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2章

悪魔祓い、使い魔、悪魔。
蘭の頭は今まで自分が見てきた漫画やゲームの知識がぐるぐると回っていた。昨日ピノに出会うまではただの娯楽だった世界が自分の日常に割り込んで、これからどう掻き乱してくるのか。もしくは自分がどう呑まれ、破滅していくのか。
ぼんやりと靄のかかる頭がむず痒く、蘭はがりがりと頭を掻いてから腕についたブレスレットを見た。
青い石のついた十字架がぶら下がったシルバーのそれはなんの変哲も無いように蘭の白い手首を飾っている。ふと漫画などではこういったものは外れないようにできているなと思いつつ留め具を弄ると簡単に外れた。外れてしまった。
「イヤそれでいいのかよ!」
思わずツッこんで、クラスメイトの目線を集めてしまい苦笑いして席に座る。取り留めない考え事かと各々の会話に戻ったクラスメイトはクスクスと小さく笑い声を残し、蘭の顔は赤く染まり、俯きつつ蘭はブレスレットをはめ直した。そんな蘭を気味の悪い目で見る者がこの空間にいることなど気がつかないままに。

放課後。ゲーム仲間の誘いを『バイトを始めた』と断って蘭はピノのアパートを探した。
地図を見たまま歩いたそこは駅に非常に近いタワーマンションで蘭は何度か高い高いマンションと地図を見比べて首を捻った。
(なんかいいとこ住みやがって……って、ああ、マンションってそういう)
確かマンションとはお屋敷のことを海の向こうでは言うのだっけと雑念一つ。
それを振り払ってエントランスへ入り、間違っていたら昼の比ではないとやや震える手でピノ神父の部屋番号を入力した。
『ハァィ……どちらさま』
「あっ…ピノ神父のご自宅でしょうか?」
やや眠たげな声に形式張った口調で返すと、エントランスのガラス戸が開いた。
『ふぁぁあい。ドーゾー』
ブツリとインターホンが切られた音がして蘭はそれならばとガラス戸をくぐり、エレベーターに乗り込んだ。

15階の7号室。
ドアを開けると眠たげな顔のピノ神父が玄関に椅子を持ち込んで待っていた。
「おファようございマス、ワタシのファミリア」
「こんにちは。人に来るように言っといて寝てたの?」
やや棘のある言葉で『まだ信用してなんかいませんよ』と牽制する。ピノ神父は理解してかしないでか肩を竦めて困った顔をした。
「時差ボケでスヨ〜。それに、キョーカイにイロイロ連絡しなきゃいけなくて、えへへ。それより玄関で立たせちゃ悪いデスから、リビングにドーゾ蘭」
椅子から腰を上げピノ神父が顎で奥を指す。
蘭は神父の後ろを少し距離を開けてついていった。

リビングには様々な書類が乱雑に置かれ散らかり放題だった。
よっぽどピノ神父がズボラなのか、蘭の存在が厄介なのかは知らないが蘭は散らばった紙を避けつつ、窓際のソファへ座る。
途中、鳩のような鳥が入った鳥かごがあったが、中の鳥は胸に首を埋めて眠っていた。
「フカフカでショ?今コーヒー淹れるですから、寛いでて下さイネ」
「寛げってのも無理な話だよ……」
鞄をぎゅっと抱いてキッチンのピノを観察する。
今日は髪を結い上げてはいないのでウェーブの黒髪がわさわさとピノの動きに合わせて揺れていた。
今からコーヒーを淹れるならそれなりにかかるだろうと思ったが、すぐにいい匂いが漂ってきてピノがニコニコとカップを二つ持ってリビングに帰ってきた。
「バリスタかよ」
「イイでしょ〜〜。美味しいコーヒー手軽飲めます。ハイドーゾ、熱いので気をつけて」
そのうち一つを受け取って、ピノが口にしてから恐る恐る口をつける。
「そのコーヒーには悪魔にしか効かない薬入れてマス」
「……うそつけ」
「ハイ。面白くないでした」
じゃあ言うなよと冷たい視線を叩きつけ、蘭は聞いた。
「教会に報告って、猫教会の人に私の話をしたの?それともローマ?」
「ンフッ、少しキリスト教のお勉強してきましたか?残念ながら半分くらいだけ正解デスよ」

曰く『教会』と『協会』とは違うものなのだという。
ピノが言う協会とは悪魔祓いの組織のことで根幹こそ繋がってはいるが、キリスト教の教会とはあまり関係がないらしくピノの神父という肩書きもそれ以上の価値はないのだという。
「だからワタシ言いましたよね、神様とか信じてないって」
「はぁ」
「信仰心は割と昔にドーでもよくなっちゃってワタシ。悪魔祓いとして神父て言う肩書きすごく便利です。イメージ商法言うやつです。なのでワタシ神父として派遣されました」
「猫教会の人は知らないの?ピノがちゃんと神様を信仰してる神父ではないってこと」
「知ってますヨ。ブラザー・ヒイラギは協会とはまた別組織の人間ですが」

曰く、悪魔祓いが所属する協会には複数の提携機関があるのだと言う。
先に述べた教会は表の世界へのカモフラージュと宣伝プロモーションのために。
そしてもう一つ。猫教会の柊神父なる人物が所属する『境界監査局』は世界と世界の行き来を管理する組織であり、悪魔が魔界からこの世界へ不法侵入した際協会に連絡が入り、場合によって悪魔祓いが任務を通達されるのだと言う。

「頭こんがらがる」
「でしょうねー。悪魔祓いデもたまに理解出来ず、勝手に動くビギナーいます。境界監査局は自分の職員、派遣して穏便に元の世界に帰してあげるの目的にします。何度通達してもダメだったり、危険なことしたり、人に取り憑いたりした悪魔。強制退去か退治しないといけなくなります。そういう時、ワタシたち任務きます」
「で、私のこと報告するのにこんなにいっぱい資料必要だったんだ?」
床に散らばる紙を一つ持ち上げるが読めない字で満たされており異世界のものかとすぐ床に落とす。
「ンーハァ。ファミリア持ちになった報告はすぐ終わったンデすが……ええ。境界監査局経由で魔界の方にお問い合わせしてたら結構な手間になりまして」
「魔界、スか」
つくづくファンタジーな言葉が飛び交いやや謎の恥ずかしさが込み上げた蘭は苦虫を噛んだような顔をした。

「魔界にも戸籍制度あります。もしやと思いましたかラ、蘭のお母様の戸籍あるか調べてもらったデス。境界監査局できたの200年チョト前です。監査局出来てから、異世界に永住するの申請必要になりました。子供が生まれた時も、魔界の戸籍作らなきゃダメデス。蘭のお母様ちゃんと申請出してるか、まずその問題があるですから」
「で?」
「アー……無いでしタ。そもそも蘭のお母様の戸籍在りますセンでしたから、蘭は三世なのかもしくは不法入界者の子供ニなってしまうかデス。その場合やはり……監査局員に強制送還させられる可能性ガ」
「なにそれ!?」
「オゥノウ、落ち着いて下さい。まずはお母様に何処でいつ生まれたかお婆様について聞きまショ。お婆様が申請をしてなかったのなら、仕方がないので今からお母様に異世界永住申請と、蘭の魔界での戸籍作ってもらいます。魔界はそのあたりまぁソノ。賄賂を積めば割とどうにもシテくれるですから」
「司法が成立してねえな!ありがたいけど!」
「異世界永住申請、魔王直属の者2名の保証人必要です。そのあたりはブラザー・ヒイラギに許可してくれソナ人、ヒトリ紹介してもらいます。もう一人、ワタシの昔知り合った悪魔、してもらうつもりデス。なのでまずお母様と、お父様もできればご一緒にルーツ調べてもらいましょ。ファミリアとしての仕事より前に、ここでずっと暮らせるようにシナイトダメですね、ガンバリマショ!」
へらりと笑うピノがあまりに能天気に見えたものなので、蘭はため息を吐くほかなかった。
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