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王の駒

 大魔王バーンの軍にはややこしいことに王と呼ばれる強者が4人もいた。
この軍の長にして魔界の神と呼ばれる大魔王バーン。
かつて地上を震撼させた魔軍司令こと魔王ハドラー。
軍団長として多くの魔獣を従える獣王クロコダイン。
そして、バーンパレスの守護神ともいえようオリハルコンの兵士たちを統べる王……マキシマムだ。

 マキシマムはありとあらゆる戦闘のデータをとる。いかに優れた眼力を持とうがその眼に捉えた相対者のデータを理解し、利用できる頭脳がなければ何の意味も成さぬだろう。
ゆえにマキシマムは大魔王のに徒なす者と大魔王の配下の戦いを、いかにくだらない小競り合いであろうが、血で血を洗う凄絶な対戦であろうが関係なくあくまのめだまを通じて観戦し勝敗の何故を分析してその素晴らしき頭脳へ落とし込んでいった。
それは大魔王の守護神として『完勝』を誇るための鑑賞。遊興ではない。
キルバーンやミストバーンが掃除屋などと彼を称しても、与えられた王としての役割を果たすために課せられた義務でもある。
それを理解をしようともせず戦いの歓びとやらに思考を停止した挙句に仕事を果たす王を蔑むなど業腹ではあるがマキシマムはそれを赦した。寛大にも赦したのである。

 彼の役目は『王』のもとに集う者を守護し管理していくことであり、その見返りに弱き者たちからの崇拝を預かることである。大魔王バーンとてそれを行っているではないか。
ならばこそ、マキシマムは王を愉しませるために踊る道化どもが何を言おうがそれを冗談の一つと赦し、守護する役目に徹するのみだ。
……いずれあの二人ももう一人の『王』の偉大さに気が付いて身の振り方を改めるであろうと。



 王とその傍に侍るものといえば。
と、マキシマムはふと思いつき自らの背後を振り返った。……少ない。
大魔王バーンがハドラーへ駒を分け与えた故にマキシマムの配下は五体減っていた。歩兵が減るならいざ知らず、すべての駒が一種類ずつだ。特に女王が失われたのが痛い。
守護者としての任務がこれでこなせなくなるかと言われればそうでもないがどこか自分の一部が欠けてしまったような不穏さが漂っていた。

 故にだろうか。マキシマムはハドラーの様子や親衛騎団の戦いを眺めるように決めた。ほかに見るものもそうそうないというのもあるが自分から剥がれ落ちて行ったような部品や欠片の行く末をどうにも見ずにはいられなかったのだ。
その駒たちが、稚拙な希望という名のやけくそに縋って集まった人間どもを蹂躙する様は気持ちがいいの一言に尽きた。
自分の指示の代わりに女王の指示で動く駒たちは的確な動きをしていてやはりハドラーではなく自分から生み出されたものだったのだと自信を持って言えるとマキシマムは頷き親衛騎団の戦いはこれからもデータを取っていこうと決めたのだ。

 二戦目。特に目をひいたのは駒たちの挙動や言動に現れた変化だった。

 気持ちが悪い。
気持ちが悪い気持ちが悪い気持ちが悪い。なんだこれは!……と王は狼狽えたがそんな王に寄り添う駒は一つもなかった。

 マキシマムに従える歩兵はヒムではない。
 マキシマムに従える騎兵はシグマではない。
 マキシマムに従える城兵はブロックではない。
 マキシマムに従える僧正はフェンブレンではない。

 マキシマムの傍に女王は、アルビナスは、いない。

 感情など持ちえない、ただ鈍く美しい光沢を放つオリハルコンの駒だった。
ハドラーに貸し与えられた駒から生成されたマキシマムの駒たちは確固たる個性や精神性を持ち合わせてそこに在ったのだ。
マキシマムの一部であったものたちが、まったく理解のしがたい何かになってそこに在ったのだ。
 恐る恐る、マキシマムは振り返る。そこにはシンと静かに駒たちが駒の姿のまま佇んでいる。
不確かだ。そんなことがあろう筈もないがふと思い至ってしまったのは自分の背後に自分の知らない駒たちがいるようなそんな幻想。
それが手を伸ばしてくるような不快な夢。
「ええい、気分が悪いッ」
ぶんと大きな腕を振ってマキシマムは怖気を払った。何もない空間であったがまるでそこに何かがいるとでも言いたげに。
しかしそれは、ただ子供じみた怖気にすぎず何のレスポンスもない。そこからインプットすべきものは何もなかった。



 慟哭。
美しく輝くメタルボディのマキシマムを白のキングとするならば、黒きキングでありながら白いピースを従えるちぐはぐな王様気取りの道化・ハドラーの慟哭が鋭くマキシマムの耳に届いた。
自分が道化であったことを今の今まで気が付かず、バランによって暴かれた自らの抱える凶悪な核晶を見て初めてすべてに気が付いたような愚者の嘆きがびりびりと空気を震わせ、マキシマムの腕も同じく震わせた。
追求というよりは縋るような声で自分を駒としてしか見ていなかったのかとミストバーンを責めるハドラーの声にマキシマムは抑えていた笑いを破裂させるよう発散した。
「ワハハハハッッ!駒ッ!駒が、駒と気が付かず何を言うかっ!」
嘲る声を聞くものはこの場にいない。せっかくならばハドラーに聞かせてやりたいがそれも叶わぬ己の立場に酔いしれて、王は道化に蔑みの言葉を投げかけた。
「たかだかバーン様にオモチャを与えられた程度で王を気取りよってこのザコめ!キサマごときが王に、我輩と同じ立場になれる訳がないのだッ!道化、道化よ!ワハハハハ!キサマの役目は戦うことにではないッ!バーン様をただ楽しませるために滑稽な寸劇を演じるまでよ!」

 いつ、どこの儀式か何かであったかは思い出せないが。
豊穣を祈る祭典に、愚者を王に仕立て上げて持て囃し妃すら自由に扱わせておきながらそのたった一日が過ぎ去れば愚者を罪人として断罪し、その血肉で地を肥やし、本来の王が如何に偉大で尊ぶべきものかを知らしめるそんな残忍なものがある。
さながらマキシマムは今、その儀式を行っているかのように胸は高揚していた。

「本来の王!正統な王!王を騙る愚者は今倒れ、その血飛沫は白銀の王を栄光に彩るのだ!ワハハハハッ!」

 ハドラーが死に、配下たるピースが欠けるのはもはや仕方がない。
だが、その犠牲をもってマキシマムは、王はもしや完成するのやもしれない。
狼狽える偽王の息遣いが彼にはファンファーレのように聞こえていたが、物言わぬ駒たちは誰一人とて王を讃えることはしなかった。
(終)
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