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太陽

 緊張。それを帯びた小さな吐息がやけに大きくその耳には聞こえた。
まったく余計な処理をしたと彼は己の脳をせめておきながら、その吐息に続いた言葉が脳へ伝達されたときには手のひらを返して賛美していた。

「おれの母さんってどんな人だったの……?」

 ようやっと口を開いたダイからは、妻を喪った哀しみに呑まれた己の精神の弱さや、仲間を傷つけ、蘇生したとはいえ友を奪った行いに、厳しくも子供ゆえに残忍な言葉を飛ばしてくるやもしれない。
拒絶の言葉を突きつけてくるやもしれない。
そう覚悟を決めていたというのに、バランヘ向けられたのは『ディーノ』の言葉だった。

 その表情は見えないが、見えなくてそれで良かったのだとバランは思う。
見てしまったらおそらく最後、自分はこの子をダイとは呼べなくなるであろう。
いくらソアラによく似た眼差しをしていようと、彼女と同じ心根の優しさがあろうと、自分がそうであったように親は無くとも子は育つのだ。
同じ気質、というだけで与えたものではない。
この子にそれを与えたのは、この子を拾い育てた魔物。
そして、先代の勇者や仲間との交流の中培われたものである。
だというのに、たかが妻に重なる部分を垣間見た程度で一人の戦士と認めた男を子供扱いするなど愚の骨頂に違いない。
ましてや、自分とこの男は今から死地へ行こうというのだからなおのことだ。

 だからこそバランは言った。
空に輝く太陽を見て、我が子の瞳は見ずに。
「美しい娘だった。そして、優しい人だった……」
 いくら遠くを見ようが彼女が見えることなどありえはしない。
それでも、見ずにはいられなかった。
今から赴く、闘いのために。

 自分はもう生き方を変えることなどはできないが、バランは思う。

 この闘いが終わったら、
そのときに自身が生きていたならば。

 その時は、愛する我が子に唯一自分の愛した女を語ろうと。

(終)
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