2話 帰還
事務所『エッジスラッシュ』の朝は「おはよう」と「今日の朝飯なに?」という言葉から始まる。ブラッドは焼けたてのトーストを口にくわえながらそんな言葉を繰り出す事務所の職員のための目玉焼きを焼いていた。
「おはよブラッド、朝飯なに?」
「目玉焼きとトースト」
声変わりもまだ遠い声音が背後から聞こえ、ブラッドは天を仰ぎ器用にトーストを口に引っ掛けたまま答えた。そしてむしゃむしゃとそれを処分してから朝の挨拶をする。
「おはようエリック」
「ん。スープもあんじゃん。これも作ったの?」
「それはフランが」
「あっそ。食べたら学校行くから。帰りは未定~」
「招集がかかったらさっさと帰って来いよ」
「はいはーい」
「ハイは一回」
ブラッドと朝食をとる少年……エリック・ブルックスは11歳のバディだ。2年前にケイオスの奴隷として扱われたいたのをブラッドが救い、『エッジスラッシュ』の一員として活躍してもらっている。
「……あのひとは?吸血鬼だけど昼型なんでしょ?」
「ルディはまだ寝かせてやってくれ。慣れてないんだ、リハビリ中だしな」
「ふうん。じゃ、行ってきます」
エリックはまだルディと打ち解けてはいない。もともとケイオスに良い感情がない彼は話しかけられない限り、そして最低限の返事しか彼女に返していないからだ。ブラッドは少しくらい話してみてはと提案しようとするものの、学校へ行く、宿題をやる、遊びに行くなど躱されてどうにもいかない。今もそうだ。話しかけようとブラッドが顔を上げたとき、
「おれ、今日は日直だから」
と言って出て行ってしまったので顎を掻きながらため息をついた。
そんな彼の耳を、硬質な声がたたく。
「おはようございます、所長」
「おはようフラン。今日はなんか予定あったかな?」
「いいえ、ですがルディ様のリハビリに協力したいとクライムベリー様からメールが届いております」
「わかった。後でルディと一緒に確認する」
フランドールはブラッドに仕えるサイボーグ・メイドだ。エリックとほぼ同じ時期に事務所にやってきて秘書となり、眠ったままのルディの世話と、ブラッド不在時の家事を請け負っている。
「ルディ様は寝顔とは違ってはつらつな方なのですね」
「おどろいたか?」
「ええ。お休みなっているあの方は儚げで美しかったですが、今のあの方は……ヤンチャで、ええ。子犬のように愛らしいとフランは思います」
「ハハ、そうか。とりあえずメールのことはルディに話す。仕事が来たら教えてくれ」
「はい、マスター」
フランの肉体に食事は必須ではない。それでも彼女がそうするのは過去人間であったころへの未練なのか、ただの趣味なのか。
今朝のために作ってくれたスープが美味だったことを伝えると彼女は後ろ手で小さくガッツポーズをし事務所の受付へ向かった。
フランを見送ってすぐ自分も忘れるなとばかりトースターから飛び出してきたパンと焼きあがった目玉焼きを膳に乗せブラッドはルディの部屋へ向かった。
ドアを開けると助けを求める目をした彼女が視界に入ったためブラッドは顔をしかめて聞いた。
「どうした」
「立てないんだよぅ」
「そりゃ、8年も寝てたら体中の機能が衰えるだろ」
サイドボードに朝食を乗せ、ブラッドはルディの状態を起こす。
「そろそろ流動食は飽きたろ。そら」
「うひゃあ……噛めるって素晴らしい」
「だろうな」
おぼつかなく、震える手でトーストを口元に運びルディはゆっくりと咀嚼をし瞳を閉じて舌の感触に思いを馳せた。その様子を見るブラッドの眼は何より凪いだ風のように満たされる。
「クライムベリーからリハビリの手伝いをさせてほしいってメールが来たよ」
「グンソウ?まだ軍人なの?」
「いいや」
クライムベリー・ハード軍曹。ブラッドは厚い唇の端を持ち上げた。
あの夜、ルディが眠りについた悪夢の夜だ。スリーピーの襲撃から生き残るために武器庫に立て篭もり無線機を無力に握りしめていたブラッドを元気付けたのはあの鬼軍曹の声だった。
ハンターと軍は連携を取ってケイオスへの対策を取っている。そのためブラッドが無線で助けを認めた時点で彼らの絶体絶命はクライムベリーの耳にも入った。クライムベリーは二人の救出作戦に加わり、以降はハンターベースに引き抜かれバディの教官となっていた。数多くのバディ、数多くのハンターを鍛えた彼の功績は長く語り継がれることになるだろう。
「グンソウ、軍やめちゃったんだ」
「こっちの方が給料がいい」
「そうじゃなくって、グンソウも戦いたいんじゃないかなって。ケイオスとさ」
「まさか!あいつは誰かしらしばいていたいだけさ」
そう嘯いたブラッドの目に感謝と敬愛を感じ取りルディもニヤリと笑う。これから始まるであろう過酷な(楽しい)リハビリ生活に向け期待が表情に漏れ出たのだった。
「おはよブラッド、朝飯なに?」
「目玉焼きとトースト」
声変わりもまだ遠い声音が背後から聞こえ、ブラッドは天を仰ぎ器用にトーストを口に引っ掛けたまま答えた。そしてむしゃむしゃとそれを処分してから朝の挨拶をする。
「おはようエリック」
「ん。スープもあんじゃん。これも作ったの?」
「それはフランが」
「あっそ。食べたら学校行くから。帰りは未定~」
「招集がかかったらさっさと帰って来いよ」
「はいはーい」
「ハイは一回」
ブラッドと朝食をとる少年……エリック・ブルックスは11歳のバディだ。2年前にケイオスの奴隷として扱われたいたのをブラッドが救い、『エッジスラッシュ』の一員として活躍してもらっている。
「……あのひとは?吸血鬼だけど昼型なんでしょ?」
「ルディはまだ寝かせてやってくれ。慣れてないんだ、リハビリ中だしな」
「ふうん。じゃ、行ってきます」
エリックはまだルディと打ち解けてはいない。もともとケイオスに良い感情がない彼は話しかけられない限り、そして最低限の返事しか彼女に返していないからだ。ブラッドは少しくらい話してみてはと提案しようとするものの、学校へ行く、宿題をやる、遊びに行くなど躱されてどうにもいかない。今もそうだ。話しかけようとブラッドが顔を上げたとき、
「おれ、今日は日直だから」
と言って出て行ってしまったので顎を掻きながらため息をついた。
そんな彼の耳を、硬質な声がたたく。
「おはようございます、所長」
「おはようフラン。今日はなんか予定あったかな?」
「いいえ、ですがルディ様のリハビリに協力したいとクライムベリー様からメールが届いております」
「わかった。後でルディと一緒に確認する」
フランドールはブラッドに仕えるサイボーグ・メイドだ。エリックとほぼ同じ時期に事務所にやってきて秘書となり、眠ったままのルディの世話と、ブラッド不在時の家事を請け負っている。
「ルディ様は寝顔とは違ってはつらつな方なのですね」
「おどろいたか?」
「ええ。お休みなっているあの方は儚げで美しかったですが、今のあの方は……ヤンチャで、ええ。子犬のように愛らしいとフランは思います」
「ハハ、そうか。とりあえずメールのことはルディに話す。仕事が来たら教えてくれ」
「はい、マスター」
フランの肉体に食事は必須ではない。それでも彼女がそうするのは過去人間であったころへの未練なのか、ただの趣味なのか。
今朝のために作ってくれたスープが美味だったことを伝えると彼女は後ろ手で小さくガッツポーズをし事務所の受付へ向かった。
フランを見送ってすぐ自分も忘れるなとばかりトースターから飛び出してきたパンと焼きあがった目玉焼きを膳に乗せブラッドはルディの部屋へ向かった。
ドアを開けると助けを求める目をした彼女が視界に入ったためブラッドは顔をしかめて聞いた。
「どうした」
「立てないんだよぅ」
「そりゃ、8年も寝てたら体中の機能が衰えるだろ」
サイドボードに朝食を乗せ、ブラッドはルディの状態を起こす。
「そろそろ流動食は飽きたろ。そら」
「うひゃあ……噛めるって素晴らしい」
「だろうな」
おぼつかなく、震える手でトーストを口元に運びルディはゆっくりと咀嚼をし瞳を閉じて舌の感触に思いを馳せた。その様子を見るブラッドの眼は何より凪いだ風のように満たされる。
「クライムベリーからリハビリの手伝いをさせてほしいってメールが来たよ」
「グンソウ?まだ軍人なの?」
「いいや」
クライムベリー・ハード軍曹。ブラッドは厚い唇の端を持ち上げた。
あの夜、ルディが眠りについた悪夢の夜だ。スリーピーの襲撃から生き残るために武器庫に立て篭もり無線機を無力に握りしめていたブラッドを元気付けたのはあの鬼軍曹の声だった。
ハンターと軍は連携を取ってケイオスへの対策を取っている。そのためブラッドが無線で助けを認めた時点で彼らの絶体絶命はクライムベリーの耳にも入った。クライムベリーは二人の救出作戦に加わり、以降はハンターベースに引き抜かれバディの教官となっていた。数多くのバディ、数多くのハンターを鍛えた彼の功績は長く語り継がれることになるだろう。
「グンソウ、軍やめちゃったんだ」
「こっちの方が給料がいい」
「そうじゃなくって、グンソウも戦いたいんじゃないかなって。ケイオスとさ」
「まさか!あいつは誰かしらしばいていたいだけさ」
そう嘯いたブラッドの目に感謝と敬愛を感じ取りルディもニヤリと笑う。これから始まるであろう過酷な(楽しい)リハビリ生活に向け期待が表情に漏れ出たのだった。