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2章

うつらうつらと船を漕ぎながら妻の髪を撫でていると甘やかな声が問いかけた。
「ねえクニちゃん」
「どうした?」
坂路國忠さかみちくにただは妻でありサキュバスなる魔物であるアルティシモの甘い声へ平然と返事をした。
「蘭ちゃん、自分が人間じゃないって知っちゃった」
「……きみの言う『力』とやらが発現するまでは、あの子は人間だ。あの子は、自分の『力』を発現させてしまったのか?」
「ちがうの、クニちゃん。あのね」


朝。いまや多くの人間が訪れを唾棄する水曜日の朝。まだまだ仕事や勉学が終わらぬ事を告げる朝だ。
蘭はリビングに寝ぼけ眼で降りてきて驚愕した。
「パ、パパどうしたのこんな時間に!?」
「非番」
「うっっっそだ!パパいつも非番は早めに言うじゃん!」
「じゃあ遅刻だ。蘭、朝ごはんをとりあえず食べなさい」
「うへ」
國忠は良い父親だった。
きちんと自分が家に居られる日は前もって報告し、そんな日は出かけるにせよ家にいるにせよ家族のことを中心に考えて行動した。
蘭が母親と二人暮らしであるとときたま思うほどに朝早く家を出て夜は遅く帰ってくる父親が蘭が微睡みつつ降りてくるような時間にリビングにいるはずがないのだ。
もしそんなことがあるとすれば緊急事態……そう、蘭がピノ神父のファミリア使い魔になった一件が関わるに違いない。
蘭はぎこちない動きで國忠からご飯の盛られた茶碗を受け取って恐る恐る箸をつけた。
「その神父は」
國忠の掠れた低い声が蘭の鼓膜を叩く。
「その神父は、信頼できそうな男なのか」
ちらりと、眼鏡の奥からこちらを伺う目は恐ろしい。蘭は父親から目を逸らして答えた。
「まだわかんないよ、そんなの」
「そうか。十分気をつけて行動しなさい。おれはアティや、お前が生きることになるかもしれないせかいの事はまるで判らないがいつまでも、何があろうとお前の父親で在り、正義を為す人間であるつもりだ。いつでも頼りなさい」
そう言って國忠はネクタイを締めて家を出て行った。なんと言っていいかわからず母親に視線を向けるとアルティシモはうっとりとした表情で國忠の出て行った方向を見やるばかり。蘭はここでようやく緊張の糸が切れ鈍った感覚が押し寄せたのだ。
「あ、今日のごはん、パパが作ったんだ」
母のものよりしっかりと出汁のきいた味噌汁を味わって蘭は学校へ出発した。
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