すききらい
「うっ……ボク、これ苦手だったんですよ。あ!む、昔の話ですよ?」
ノヴァの言葉にくすくすとスティーヌが笑った。
先の発言はロン・ベルクがジャンクと呑むためにやってきた先で出された料理に入っていた野菜をつついて何の気なしに発した言葉である。
その瞬間、ロン・ベルクの鋭い視線がノヴァへ向けられたのに気が付いたかは知らない。子供を見る目でノヴァを見るスティーヌへノヴァの視線は釘付けのままだったからだ。
「食べられますから、大丈夫ですよ!ほら!」
すぐに出された料理にかけられた厚意と手間を思い出し、ノヴァはむしゃむしゃとこれ見よがしに平らげて……平らげようとして、一瞬躊躇しつつも口の中のそれを飲み込んでみせた。
「……おいしいです!」
飲み込むまでは右往左往してしまいそうな目だったというのに、喉元を過ぎてからは随分ご機嫌な顔をするノヴァに再度笑みを投げかけた婦人は夫と目を見合わせてやはり笑う。
きっと、二人の息子もいつかに同じようなことを言い、同じことをし、同じ反応をしたのだろう。
また「お子様」であったと酒の瓶も空けられずに揶揄されたのを思い出してノヴァの顔は赤く染まった。
「きちんと食べられてよかったな、坊や」
夜の森を歩きながら今更ロン・ベルクはノヴァをからかった。
「せ、先生!本当に、ほんとうにおいしかったんですよ……」
「だろうな。ワガママ言ったら足を引っかけてやろうかと思っていたところだ」
ぐうの音も出さずにノヴァは師を見上げた。
いいわけを重ねることを赦さない声音の中に、この言葉に続く新たな言葉があるのだと思い至ったゆえだ。
「話したことがあったか、魔界はこの地上の下にある」
がしがしと靴先で地面を踏みしめてロン・ベルクは言った。
「太陽の光はもちろん届かない。人工の光源で照らされて朝と夜を区別するような、さもしい世界だ。もちろん土も痩せ果てて、まともなものどころか食べ物なんぞはよっぽどいい暮らしをしてなければ満足に食えやしない」
さくりと、一歩でも踏み慣らされてできたけもの道から踏み外せば瑞々しい、名前も知らない多種多様な雑草が靴先を夜露で濡らす。
聞くに耐えない。この先の話は。
しかし師が話すのは自分に必要なことだからだろうとノヴァは黙って耳を傾けていた。
「川には水ではなくマグマが流れててな。喉を潤すのにも苦労をする、くそったれた世界だ。バーンをいまさら肯定するようなことを言いたくはないが……まったく羨ましい話だよ、食い物の好き嫌いなんてものはな」
「先生……ボクは、」
ボクは、に続く言葉も思いつかないというのにノヴァは声を発していた。
今、自分の思い描く師の幼き日々に何を言おうとも滑稽か、陳腐であるか、傲慢なことしか言えはしないだろう。だから、言葉に詰まりノヴァはジッと自分の足の下の下、渇いた世界へ想い馳せることしかできなかった。
「……きちんと食べられてよかったな」
もう一度だけ低い声で言ったロン・ベルクのその声音が、その音の低さにあわず優しさを帯びていたのでノヴァは顔をあげた。
どこか居心地の悪そうな顔をした師は一度大きく息を吐いてわざとらしく傍に佇んでいる大木へ寄りかかって、言った。
「はやく帰るぞ。どうやら悪酔いしたようだ……世話をかけるな」
「はい、先生」
(終)
ノヴァの言葉にくすくすとスティーヌが笑った。
先の発言はロン・ベルクがジャンクと呑むためにやってきた先で出された料理に入っていた野菜をつついて何の気なしに発した言葉である。
その瞬間、ロン・ベルクの鋭い視線がノヴァへ向けられたのに気が付いたかは知らない。子供を見る目でノヴァを見るスティーヌへノヴァの視線は釘付けのままだったからだ。
「食べられますから、大丈夫ですよ!ほら!」
すぐに出された料理にかけられた厚意と手間を思い出し、ノヴァはむしゃむしゃとこれ見よがしに平らげて……平らげようとして、一瞬躊躇しつつも口の中のそれを飲み込んでみせた。
「……おいしいです!」
飲み込むまでは右往左往してしまいそうな目だったというのに、喉元を過ぎてからは随分ご機嫌な顔をするノヴァに再度笑みを投げかけた婦人は夫と目を見合わせてやはり笑う。
きっと、二人の息子もいつかに同じようなことを言い、同じことをし、同じ反応をしたのだろう。
また「お子様」であったと酒の瓶も空けられずに揶揄されたのを思い出してノヴァの顔は赤く染まった。
「きちんと食べられてよかったな、坊や」
夜の森を歩きながら今更ロン・ベルクはノヴァをからかった。
「せ、先生!本当に、ほんとうにおいしかったんですよ……」
「だろうな。ワガママ言ったら足を引っかけてやろうかと思っていたところだ」
ぐうの音も出さずにノヴァは師を見上げた。
いいわけを重ねることを赦さない声音の中に、この言葉に続く新たな言葉があるのだと思い至ったゆえだ。
「話したことがあったか、魔界はこの地上の下にある」
がしがしと靴先で地面を踏みしめてロン・ベルクは言った。
「太陽の光はもちろん届かない。人工の光源で照らされて朝と夜を区別するような、さもしい世界だ。もちろん土も痩せ果てて、まともなものどころか食べ物なんぞはよっぽどいい暮らしをしてなければ満足に食えやしない」
さくりと、一歩でも踏み慣らされてできたけもの道から踏み外せば瑞々しい、名前も知らない多種多様な雑草が靴先を夜露で濡らす。
聞くに耐えない。この先の話は。
しかし師が話すのは自分に必要なことだからだろうとノヴァは黙って耳を傾けていた。
「川には水ではなくマグマが流れててな。喉を潤すのにも苦労をする、くそったれた世界だ。バーンをいまさら肯定するようなことを言いたくはないが……まったく羨ましい話だよ、食い物の好き嫌いなんてものはな」
「先生……ボクは、」
ボクは、に続く言葉も思いつかないというのにノヴァは声を発していた。
今、自分の思い描く師の幼き日々に何を言おうとも滑稽か、陳腐であるか、傲慢なことしか言えはしないだろう。だから、言葉に詰まりノヴァはジッと自分の足の下の下、渇いた世界へ想い馳せることしかできなかった。
「……きちんと食べられてよかったな」
もう一度だけ低い声で言ったロン・ベルクのその声音が、その音の低さにあわず優しさを帯びていたのでノヴァは顔をあげた。
どこか居心地の悪そうな顔をした師は一度大きく息を吐いてわざとらしく傍に佇んでいる大木へ寄りかかって、言った。
「はやく帰るぞ。どうやら悪酔いしたようだ……世話をかけるな」
「はい、先生」
(終)