石原さんは解せない
保健室にいるのは私と加賀くんと江坂くんの3人で、先生は何処かに行ってしまった。
「大丈夫?」
「さっきよりは……」
数分ごとに加賀くんの心配する声と江坂くんの消え入りそうな声が聞こえてきていた。
「気持ちいいの?」
「ん……。手、顔に当ててると安心する……」
先程から思っていたけど、もしかしたら二人は私がこの部屋にいることを知らないのではないだろうか。
また何分かして、
「おさまったから授業戻ろうか」
と、江坂くんが言った。
ベッドを脱け出すような衣擦れの音がする。
「いやいや、お前まだ顔色悪いよ。寝てろって。危な……ッ!」
「ごめ……、めまい………」
体がぶつかり合う音、衣擦れの音、それから江坂くんが意識的にしている呼吸が聴こえる。
「え、何、大丈夫?」
「ん……」
苦しそうに声を絞り出す江坂くん。
「先生、呼んでくる」
加賀くんの声がだんだん不安に染まっていく。
「まって……すぐ……おさまるから……だいじょうぶ……ここにいて……」
何かを握りしめる音。
「わかっ……た……。寝かせた方がいい?座ってた方が楽?」
「このままでいい……」
カーテンの向こう側では一体何が起きているのだろうか。衣擦れの音で私がここにいることがバレないように、身動きせず二人の間にあるカーテンを凝視して耐えた。鼓動だけが音を立てている。
「落ち着いた?」
「うん。もう大丈夫。頭痛いけど」
「それは大丈夫って言わないよ」
数十分が経っていた。
たまに聴こえる僅かな衣擦れの音だけが響く数十分だった。
「あ、爪の痕ついてる」
「え、ごめん」
謝る江坂くん。
「江坂くんに傷付けられちゃった。やったあ」
「喜ばないで。変態か。……血出てない?痛くない?ごめん」
「大丈夫だって。そんなことより。……そんなに不安だった?」
加賀くんの優しい声がする。ちょっとどころか凄く羨ましい。
「……このまま死んじゃったらどうしようかと思った」
「うん」
「強く掴んでおかないと意識が飛びそうな気がして」
少しの静寂。
「最近眠れてないだろ」
「まあね」
「何か悩んでるんだったら相談してくれたら良いのに」
またしばらくの沈黙。
「加賀ってさ、何で口にキスしてこないの?」
「ん。……ん!?いきなり何だよ」
本当にいきなり何なの!?いきなり何を言い出すの江坂くん!?
「ボタンはずしても2個までだし、キスマークつけるくせに口にはしてこないし。服の上から撫でるし、服の上から擦り付けてくるし。何がしたいんだ。脱がせよ!やれよ!キスしろよ!」
頭痛いと小声で江坂くんが言う。
「いや……一方的にアプローチしてたからか江坂に好かれている確信がないというか」
加賀くんも不安になったりするのだなあ。
「好きだから、キスして。僕に飽きちゃったわけじゃないなら」
ん、この展開は。
「飽きてなんかないよ。ずっと変わらず今でも好きだ」
二人の会話が途切れる。少ししてリップ音が聴こえてきた。
キスしてる。確実にキスをしている。江坂くんの息づかいが次第に荒くなっていく。
「かが、んっ」
体が熱くなる。江坂くんの溢れる色気にくらくらする。
「っん、んん……ん!」
「はっ……」
苦しそうな江坂くんの抵抗、加賀くんの吐息まで聴こえてきてどうにかなりそうだった。
何で私こんなとこにいるんだろう。
「は……はぁ……江坂。江坂?」
「あーはいはい失礼しますよ~。江坂くん失神させちゃってるじゃないの」
「失神……?」
「気持ちよすぎて飛んじゃったのか、酸欠か……さっき倒れてるんだから無理させちゃ駄目だろ?」
「あ、すみません」
「江坂くんが起きてるときに言ってあげてね」
「はい……」
「すぐに起きると思うけど、君は授業に戻った方がいいね」
「はい」
「キスは程々にな」
「――ッ!はい!失礼します!」
「石原さん~。入っても良いかな~」
「は、はい!」
「生理痛の調子はどうだい?」
カーテンを少し開けてひょこっと顔を出した。
「い、いつのまにかおさまってま、した!」
「あんなの聴いちゃったら顔真っ赤になっちゃうよね」
さっきから顔が熱いのはそのせいか!でも先生の顔は赤くなかった。大人だからだろうか。
「江坂と加賀の関係にびっくりしちゃったかな?」
「いえ、加賀くんが江坂くんのこと好きなのは知ってたので……付き合ってることは知らなかったんですけど……あの、いつからいたんですか?」
「キスしてるところからかな」
「石原さんは加賀のことが好きなのかな?」
「はい。告白したんですけどフラれちゃいました」
「そっか」
「告白する数時間前には江坂くんに告白されました。フリましたけど」
先生は目を丸くして驚いていた。ちょっとの静寂があって、大きな手をおでこに当てた。そして、
「そうか~~~~~~」
納得がいったような、悔しそうな、そんな声だった。
「加賀くんかっこいいですからね、仕方ないですよね」
突然目頭が熱くなる。温められた何かが頬を伝う。壊れた栓のように止まらなかった。
「落ち着くまではここにいていいよ。あ、そうだ」
先生は白衣のポケットに両手を突っ込んだ。
「飴ちゃんをあげよう」
「ありがとうございます……」
手のひらに置かれたのは黒いパッケージの飴だった。
おいしかった。
江坂くんは分後くらいに気がついて、先生から加賀くんとの関係やらエピソードを聞き出されたり、キスのなにやらを伝授されていた。
「大丈夫?」
「さっきよりは……」
数分ごとに加賀くんの心配する声と江坂くんの消え入りそうな声が聞こえてきていた。
「気持ちいいの?」
「ん……。手、顔に当ててると安心する……」
先程から思っていたけど、もしかしたら二人は私がこの部屋にいることを知らないのではないだろうか。
また何分かして、
「おさまったから授業戻ろうか」
と、江坂くんが言った。
ベッドを脱け出すような衣擦れの音がする。
「いやいや、お前まだ顔色悪いよ。寝てろって。危な……ッ!」
「ごめ……、めまい………」
体がぶつかり合う音、衣擦れの音、それから江坂くんが意識的にしている呼吸が聴こえる。
「え、何、大丈夫?」
「ん……」
苦しそうに声を絞り出す江坂くん。
「先生、呼んでくる」
加賀くんの声がだんだん不安に染まっていく。
「まって……すぐ……おさまるから……だいじょうぶ……ここにいて……」
何かを握りしめる音。
「わかっ……た……。寝かせた方がいい?座ってた方が楽?」
「このままでいい……」
カーテンの向こう側では一体何が起きているのだろうか。衣擦れの音で私がここにいることがバレないように、身動きせず二人の間にあるカーテンを凝視して耐えた。鼓動だけが音を立てている。
「落ち着いた?」
「うん。もう大丈夫。頭痛いけど」
「それは大丈夫って言わないよ」
数十分が経っていた。
たまに聴こえる僅かな衣擦れの音だけが響く数十分だった。
「あ、爪の痕ついてる」
「え、ごめん」
謝る江坂くん。
「江坂くんに傷付けられちゃった。やったあ」
「喜ばないで。変態か。……血出てない?痛くない?ごめん」
「大丈夫だって。そんなことより。……そんなに不安だった?」
加賀くんの優しい声がする。ちょっとどころか凄く羨ましい。
「……このまま死んじゃったらどうしようかと思った」
「うん」
「強く掴んでおかないと意識が飛びそうな気がして」
少しの静寂。
「最近眠れてないだろ」
「まあね」
「何か悩んでるんだったら相談してくれたら良いのに」
またしばらくの沈黙。
「加賀ってさ、何で口にキスしてこないの?」
「ん。……ん!?いきなり何だよ」
本当にいきなり何なの!?いきなり何を言い出すの江坂くん!?
「ボタンはずしても2個までだし、キスマークつけるくせに口にはしてこないし。服の上から撫でるし、服の上から擦り付けてくるし。何がしたいんだ。脱がせよ!やれよ!キスしろよ!」
頭痛いと小声で江坂くんが言う。
「いや……一方的にアプローチしてたからか江坂に好かれている確信がないというか」
加賀くんも不安になったりするのだなあ。
「好きだから、キスして。僕に飽きちゃったわけじゃないなら」
ん、この展開は。
「飽きてなんかないよ。ずっと変わらず今でも好きだ」
二人の会話が途切れる。少ししてリップ音が聴こえてきた。
キスしてる。確実にキスをしている。江坂くんの息づかいが次第に荒くなっていく。
「かが、んっ」
体が熱くなる。江坂くんの溢れる色気にくらくらする。
「っん、んん……ん!」
「はっ……」
苦しそうな江坂くんの抵抗、加賀くんの吐息まで聴こえてきてどうにかなりそうだった。
何で私こんなとこにいるんだろう。
「は……はぁ……江坂。江坂?」
「あーはいはい失礼しますよ~。江坂くん失神させちゃってるじゃないの」
「失神……?」
「気持ちよすぎて飛んじゃったのか、酸欠か……さっき倒れてるんだから無理させちゃ駄目だろ?」
「あ、すみません」
「江坂くんが起きてるときに言ってあげてね」
「はい……」
「すぐに起きると思うけど、君は授業に戻った方がいいね」
「はい」
「キスは程々にな」
「――ッ!はい!失礼します!」
「石原さん~。入っても良いかな~」
「は、はい!」
「生理痛の調子はどうだい?」
カーテンを少し開けてひょこっと顔を出した。
「い、いつのまにかおさまってま、した!」
「あんなの聴いちゃったら顔真っ赤になっちゃうよね」
さっきから顔が熱いのはそのせいか!でも先生の顔は赤くなかった。大人だからだろうか。
「江坂と加賀の関係にびっくりしちゃったかな?」
「いえ、加賀くんが江坂くんのこと好きなのは知ってたので……付き合ってることは知らなかったんですけど……あの、いつからいたんですか?」
「キスしてるところからかな」
「石原さんは加賀のことが好きなのかな?」
「はい。告白したんですけどフラれちゃいました」
「そっか」
「告白する数時間前には江坂くんに告白されました。フリましたけど」
先生は目を丸くして驚いていた。ちょっとの静寂があって、大きな手をおでこに当てた。そして、
「そうか~~~~~~」
納得がいったような、悔しそうな、そんな声だった。
「加賀くんかっこいいですからね、仕方ないですよね」
突然目頭が熱くなる。温められた何かが頬を伝う。壊れた栓のように止まらなかった。
「落ち着くまではここにいていいよ。あ、そうだ」
先生は白衣のポケットに両手を突っ込んだ。
「飴ちゃんをあげよう」
「ありがとうございます……」
手のひらに置かれたのは黒いパッケージの飴だった。
おいしかった。
江坂くんは分後くらいに気がついて、先生から加賀くんとの関係やらエピソードを聞き出されたり、キスのなにやらを伝授されていた。