BL短短編
「卒業おめでとうございます」
「ありがとう」
3月1日木曜日。
先輩が卒業する。
2日前から3年生の登校が再開し、一ヶ月ぶりに先輩と待ち合わせをして学校に行った。
3、2、1とカウントをして最終日。卒業式。
先輩と歩く最後の通学路だ。
「先輩、眠そうですね。昨日早く帰らなかったから眠いんですよ」
「少しでも真宏と一緒に居たかったの」
さっきから何回もあくびをしては目尻から涙を溢していた。
「いや、県外に進学するならわかるけど、先輩大学地元じゃないですか。いつでも会えるじゃないですか」
「でも今みたいには会えなくなっちゃうからね。嫌だなー」
「それはしょうがないと思います」
「毎日会いたいもん」
「もんって……。やるべきことちゃんとやってください」
「じゃあ写真撮ろっか」
「は!?」
最後の通学路を堪能する暇もなく僕たちはいつの間にか高校へと続く坂道を登っていた。
「式の後はたぶんわちゃわちゃしちゃうから」
先輩は同級生からも下級生からも人気があった。そして、女子からも男子からも。
「ああ、なるほど」
坂を登りきり昇降口が見えてくる。いつもはそこに無い物があった。白い大きな長方形に卒業証書授与式と墨で書かれていた。
「湯本先輩おはようございます」
正面から声がかかる。靴箱に消えようとしていた成岡だった。
「おはよう」
「ご卒業おめでとうございます」
「おう。あ、成岡ちょっとシャッターお願いしていい?」
言いながら先輩はブレザーのポケットから出したスマフォを成岡に渡した。
「いいですよ」
それにならって僕もポケットからスマフォを取り出した。
「成岡、俺のもお願い、おはよう」
「いいよ~、おはよう」
成岡と別れ、先程撮った写真を確認する。先輩がかっこいい。
「先輩、夕方からカラオケでしたっけ」
「昼飯食ったら一回家帰る。真宏んち行っていい? 制服最後だしな」
その言葉に驚いて顔を上げるとにやけたような甘えたような少しほてった先輩の顔があった。
「え、するんですか? 卒業式は結構疲れますよ」
「する! 制服のまま待ってて」
吹部の演奏で卒業生が入場してくる。先輩を見つけて凝視した。先輩は真面目な顔をしていた。卒業するんだ。明日からは本当にいなくなっちゃうんだ。でも、仕方のないことだ。
式の間中ずっとずっと先輩だけを見ていた。
式が終わった。高校の卒業式は小学校のときよりも中学校のときよりも早く終わった。
卒業生が退場するときの吹部の選曲が良すぎて思わず泣いてしまった。
僕のクラスは会場の片付け係だった。思っていたより早く片付き、いつもの体育館に戻っていた。その場で解散になった。
「小松~、一緒に帰ろうぜ」
自分を呼ぶ声に振り向くと成岡がいた。
「いいよ」
昇降口を出るとたくさんの生徒がいた。
先輩写真いいですかとか抱き締めてくださいと女子の叫び声がきこえる。その集団に目をやるとお忍び芸能人の正体がバレて一般人に取り囲まれてしまったような光景があった。
「人間が群がってる」
「中心にいるのって湯本先輩?」
「ぽいね」
「すごい人気あるんだな」
「昨日は12人に告白されたって言ってた」
2月の長い休みに入る前日は9人に告白されたと言っていた。
「嫉妬したりしないの?」
「慣れた」
先輩は女子に囲まれているが女子の回りには結構な数の男子がいた。女子に弾かれているだけだろう。だが、果敢に女子の群れに混ざっている男子もいた。
「ずっと前から好きでした!」
その集団からひときわ大きな声がした。特徴的なこの声は隣の席の相原さんだ。
「ありがとう。でも、ごめ」
「サインください!!!」
「ん?」
「想いを伝えたかっただけなので!」
「あ、はい、いいよ」
何故か歓声があがり、私も俺もと叫び声が聞こえ、それを聞きつけた他の生徒も集まり出した。そしてサイン会が始まった。
「俺もサイン貰ってこようかな」
成岡が集団を見つめてぽつりと呟いた。
「いってらっしゃい」
集団に飲み込まれる友人を見送った。
「真宏くん」
後ろから声をかけられた。振り向くと柏原さんがいた。
「どうしたんですかそんなところで」
「人混みに酔っちゃって……」
柏原さんは昇降口から体育館に続く渡り廊下の柱に寄りかかってげんなりしていた。胸に飾られた花も少しうなだれていた。
「あの群れにいたんですか」
「群れって……。湯本と一緒に外に出た途端女子にに囲まれちゃって……びっくりしたよ……」
「水、飲みますか」
僕はバッグからみかん味の水のペットボトルを出した。
すると柏原さんの顔に生気が戻った。
「え、もしかして飲みかけ」
「違います」
「真宏くん湯本に振り回されてない?」
「ないです」
「あいつ昨日夜遅くまで真宏くんの家にいたでしょ」
サイン会を続ける謎の集団の先頭らへんにいるはずの人物を見ながら言う。
「そうですね。また補導されるって10時前に慌てて帰りましたけど」
昨日は珍しく先輩が夜遅くまでうちにいた。なにをするでもなく僕の腰に腕を回してごろごろしていた。
「嫌なときはちゃんと言わないとわからないからね、あいつ」
「大丈夫です。好きで一緒にいるんで」
「なんであんなやつにこんななついているのか不思議でしょうがないよ」
「柏原さんだって湯本さんと大親友じゃないですか」
柏原さんとは保育園からずっと一緒にいたといつだったか先輩が言っていた。
「ただの腐れ縁だよ。ああ、でも腐れ縁もここまでなんだよね。俺、大学県外なんだ」
「そうなんですか……。さみしくなりますね」
「そうだね」
少しの沈黙があった。
でも時は進んでいく。誰にも止めることはできない。来年になったら僕も高校を卒業しこの街を離れるかもしれない。
仕方のないことだけれど少しさみしくも思う。
「え?」
突然視界に入ったのはボタンだった。ブレザーのボタン。親指と人差し指に掴まれた柏原さんのボタン。
「ずっと好きでした」
予想もしなかった言葉が耳から入ってきた。驚いて柏原さんを見上げると見たことのないくらいの必死な表情をしていて耳まで赤くなっていた。
「もしよかったら付き合ってほしいな」
知らなかった。柏原さんは僕のことが好きだったのか。
知らなかったのだろうか。僕が柏原さんの親友の恋人だということを。
「あの」
「湯本と付き合ってる!? え、いつから?」
「1年の秋からです」
「あー、なるほどー。それでしょっちゅう絡みに行ってたのかー」
柏原さんの顔は相変わらず赤かった。
「なんで気づかなかったんだろう……」
遠くの空を見つめながら消え入るような声で柏原さんは言った。
小さく長く息を吐き、突然大きく空気を吸い込んだ。
「今の告白なしね! 友達でいてね! たまに帰ってくるからまた遊んでね!」
「柏原さん、大学県外だって」
サイン会から戻ってきた成岡に伝える。
「そっか」
そっかともう一度言い走り出す。
「俺、柏原先輩のボタン貰ってくる」
「は?」
「好きとかじゃねーから!憧れてるだけだから!」
耳まで真っ赤だった。
チャイムに呼ばれ玄関を開けると疲弊しきった先輩がいた。
「たーだーいーまー」
そう言って僕に覆い被さり全体重をかけてきた。
「お疲れさまです」
あのあと僕は家に帰って制服を着替えずに宿題をしていた。
成岡はどうなっただろうか。
「サイン会と握手会とハグ会してきたよ……」
ハグ会……。
「サイン会までは見てましたよ。先輩モテモテでしたね」
「告白しに来た子に『恋人いるからごめんね』って言ったら『せめてハグください!』って言われてハグしたら公開告白ハグ大会になっちゃったんだよー」
思い出したことで更に疲労したのか自立することなく僕にうなだれてくる。
「とりあえず部屋行きましょう。玄関はまずいです」
先輩は僕に寄りかかったまま家に上がり廊下と階段を越え僕の部屋に辿り着きそのままベッドに倒れ込んだ。
「眠くなっちゃったから寝よっか」
「は!? しないんですか!?」
先輩の目蓋は既に閉じていて安らかな表情を浮かべている。
「ちょっとはしゃぎすぎちゃったね」
数秒後規則正しい寝息が聞こえてきた。
「えええー」
「ボタンがない!?」
「寝てる間に全部貰いました」
先輩は1時間くらい眠っていた。その間暇だった僕は数ヵ月前から狙っていた物を奪取していたのだった。
「いやいやだめだよ。今年弟が入学するからね。返してね」
弟くんこの学校来るのか。良いような、良くないような。
「じゃあ代わりに何か欲しいです」
「んー」
そうだと言い近くにあったペン立てから油性ペンを取り出す。
「サインをあげよう」
「えー」
「あ、真宏は俺のだから名前書いとこ」
左の手のひらに湯本晴澄と油性ペンで書かれた。何日このままになりだろうか。
「今度色紙買ってくるからそっちにも書いて下さい」
少し小さい色紙を買ってこよう。インテリアに馴染むように。
「サイン練習しとくね」
「さっき散々書いてきたでしょう」
「そういえば、柏原にボタン貰った?」
手に持っていたペンを元あった場所に戻しながら先輩が言う。
「貰ってないですけど」
「あれ、おかしいな。ボタン全部なくなってたんだけどな」
「全部なくなってたんですか!?」
やけになってしまったんだろうか。
「1つは成岡だと思うけど……」
「成岡?」
「告白しに行ってたので」
「あれ、じゃあ真宏」
先輩はきょとんと目を見開いた。
「柏原さんに告白されましたけど断りましたよ。びっくりしました」
そう言った途端に苦笑したような笑みを浮かべ声を上げて先輩は笑った。
「無事に玉砕したみたいだね!」
「え……。あの、僕たちのこと何も言ってなかったんですか?」
「さすがに絶交されちゃうかなと思って黙ってた。それに恋して悶々としてる柏原かわいくて……おもしろかった!」
「かわいそう……」
「でもフったの真宏だからね」
「先輩と付き合ってますからね」
先輩と目が合う。
少しずつ腕が伸びてきて引き寄せられ、気づいたら唇が重なっていた。
「んむ。ちょっと。これからクラスの人たちとカラオケじゃなかったんですか」
「そうだけど、制服でできるのは今日が最後だからね。ちょっと遅れて行くよ」
そう言い終わると同時に体重をかけられ、僕はベッドに沈んだ。
END
「ありがとう」
3月1日木曜日。
先輩が卒業する。
2日前から3年生の登校が再開し、一ヶ月ぶりに先輩と待ち合わせをして学校に行った。
3、2、1とカウントをして最終日。卒業式。
先輩と歩く最後の通学路だ。
「先輩、眠そうですね。昨日早く帰らなかったから眠いんですよ」
「少しでも真宏と一緒に居たかったの」
さっきから何回もあくびをしては目尻から涙を溢していた。
「いや、県外に進学するならわかるけど、先輩大学地元じゃないですか。いつでも会えるじゃないですか」
「でも今みたいには会えなくなっちゃうからね。嫌だなー」
「それはしょうがないと思います」
「毎日会いたいもん」
「もんって……。やるべきことちゃんとやってください」
「じゃあ写真撮ろっか」
「は!?」
最後の通学路を堪能する暇もなく僕たちはいつの間にか高校へと続く坂道を登っていた。
「式の後はたぶんわちゃわちゃしちゃうから」
先輩は同級生からも下級生からも人気があった。そして、女子からも男子からも。
「ああ、なるほど」
坂を登りきり昇降口が見えてくる。いつもはそこに無い物があった。白い大きな長方形に卒業証書授与式と墨で書かれていた。
「湯本先輩おはようございます」
正面から声がかかる。靴箱に消えようとしていた成岡だった。
「おはよう」
「ご卒業おめでとうございます」
「おう。あ、成岡ちょっとシャッターお願いしていい?」
言いながら先輩はブレザーのポケットから出したスマフォを成岡に渡した。
「いいですよ」
それにならって僕もポケットからスマフォを取り出した。
「成岡、俺のもお願い、おはよう」
「いいよ~、おはよう」
成岡と別れ、先程撮った写真を確認する。先輩がかっこいい。
「先輩、夕方からカラオケでしたっけ」
「昼飯食ったら一回家帰る。真宏んち行っていい? 制服最後だしな」
その言葉に驚いて顔を上げるとにやけたような甘えたような少しほてった先輩の顔があった。
「え、するんですか? 卒業式は結構疲れますよ」
「する! 制服のまま待ってて」
吹部の演奏で卒業生が入場してくる。先輩を見つけて凝視した。先輩は真面目な顔をしていた。卒業するんだ。明日からは本当にいなくなっちゃうんだ。でも、仕方のないことだ。
式の間中ずっとずっと先輩だけを見ていた。
式が終わった。高校の卒業式は小学校のときよりも中学校のときよりも早く終わった。
卒業生が退場するときの吹部の選曲が良すぎて思わず泣いてしまった。
僕のクラスは会場の片付け係だった。思っていたより早く片付き、いつもの体育館に戻っていた。その場で解散になった。
「小松~、一緒に帰ろうぜ」
自分を呼ぶ声に振り向くと成岡がいた。
「いいよ」
昇降口を出るとたくさんの生徒がいた。
先輩写真いいですかとか抱き締めてくださいと女子の叫び声がきこえる。その集団に目をやるとお忍び芸能人の正体がバレて一般人に取り囲まれてしまったような光景があった。
「人間が群がってる」
「中心にいるのって湯本先輩?」
「ぽいね」
「すごい人気あるんだな」
「昨日は12人に告白されたって言ってた」
2月の長い休みに入る前日は9人に告白されたと言っていた。
「嫉妬したりしないの?」
「慣れた」
先輩は女子に囲まれているが女子の回りには結構な数の男子がいた。女子に弾かれているだけだろう。だが、果敢に女子の群れに混ざっている男子もいた。
「ずっと前から好きでした!」
その集団からひときわ大きな声がした。特徴的なこの声は隣の席の相原さんだ。
「ありがとう。でも、ごめ」
「サインください!!!」
「ん?」
「想いを伝えたかっただけなので!」
「あ、はい、いいよ」
何故か歓声があがり、私も俺もと叫び声が聞こえ、それを聞きつけた他の生徒も集まり出した。そしてサイン会が始まった。
「俺もサイン貰ってこようかな」
成岡が集団を見つめてぽつりと呟いた。
「いってらっしゃい」
集団に飲み込まれる友人を見送った。
「真宏くん」
後ろから声をかけられた。振り向くと柏原さんがいた。
「どうしたんですかそんなところで」
「人混みに酔っちゃって……」
柏原さんは昇降口から体育館に続く渡り廊下の柱に寄りかかってげんなりしていた。胸に飾られた花も少しうなだれていた。
「あの群れにいたんですか」
「群れって……。湯本と一緒に外に出た途端女子にに囲まれちゃって……びっくりしたよ……」
「水、飲みますか」
僕はバッグからみかん味の水のペットボトルを出した。
すると柏原さんの顔に生気が戻った。
「え、もしかして飲みかけ」
「違います」
「真宏くん湯本に振り回されてない?」
「ないです」
「あいつ昨日夜遅くまで真宏くんの家にいたでしょ」
サイン会を続ける謎の集団の先頭らへんにいるはずの人物を見ながら言う。
「そうですね。また補導されるって10時前に慌てて帰りましたけど」
昨日は珍しく先輩が夜遅くまでうちにいた。なにをするでもなく僕の腰に腕を回してごろごろしていた。
「嫌なときはちゃんと言わないとわからないからね、あいつ」
「大丈夫です。好きで一緒にいるんで」
「なんであんなやつにこんななついているのか不思議でしょうがないよ」
「柏原さんだって湯本さんと大親友じゃないですか」
柏原さんとは保育園からずっと一緒にいたといつだったか先輩が言っていた。
「ただの腐れ縁だよ。ああ、でも腐れ縁もここまでなんだよね。俺、大学県外なんだ」
「そうなんですか……。さみしくなりますね」
「そうだね」
少しの沈黙があった。
でも時は進んでいく。誰にも止めることはできない。来年になったら僕も高校を卒業しこの街を離れるかもしれない。
仕方のないことだけれど少しさみしくも思う。
「え?」
突然視界に入ったのはボタンだった。ブレザーのボタン。親指と人差し指に掴まれた柏原さんのボタン。
「ずっと好きでした」
予想もしなかった言葉が耳から入ってきた。驚いて柏原さんを見上げると見たことのないくらいの必死な表情をしていて耳まで赤くなっていた。
「もしよかったら付き合ってほしいな」
知らなかった。柏原さんは僕のことが好きだったのか。
知らなかったのだろうか。僕が柏原さんの親友の恋人だということを。
「あの」
「湯本と付き合ってる!? え、いつから?」
「1年の秋からです」
「あー、なるほどー。それでしょっちゅう絡みに行ってたのかー」
柏原さんの顔は相変わらず赤かった。
「なんで気づかなかったんだろう……」
遠くの空を見つめながら消え入るような声で柏原さんは言った。
小さく長く息を吐き、突然大きく空気を吸い込んだ。
「今の告白なしね! 友達でいてね! たまに帰ってくるからまた遊んでね!」
「柏原さん、大学県外だって」
サイン会から戻ってきた成岡に伝える。
「そっか」
そっかともう一度言い走り出す。
「俺、柏原先輩のボタン貰ってくる」
「は?」
「好きとかじゃねーから!憧れてるだけだから!」
耳まで真っ赤だった。
チャイムに呼ばれ玄関を開けると疲弊しきった先輩がいた。
「たーだーいーまー」
そう言って僕に覆い被さり全体重をかけてきた。
「お疲れさまです」
あのあと僕は家に帰って制服を着替えずに宿題をしていた。
成岡はどうなっただろうか。
「サイン会と握手会とハグ会してきたよ……」
ハグ会……。
「サイン会までは見てましたよ。先輩モテモテでしたね」
「告白しに来た子に『恋人いるからごめんね』って言ったら『せめてハグください!』って言われてハグしたら公開告白ハグ大会になっちゃったんだよー」
思い出したことで更に疲労したのか自立することなく僕にうなだれてくる。
「とりあえず部屋行きましょう。玄関はまずいです」
先輩は僕に寄りかかったまま家に上がり廊下と階段を越え僕の部屋に辿り着きそのままベッドに倒れ込んだ。
「眠くなっちゃったから寝よっか」
「は!? しないんですか!?」
先輩の目蓋は既に閉じていて安らかな表情を浮かべている。
「ちょっとはしゃぎすぎちゃったね」
数秒後規則正しい寝息が聞こえてきた。
「えええー」
「ボタンがない!?」
「寝てる間に全部貰いました」
先輩は1時間くらい眠っていた。その間暇だった僕は数ヵ月前から狙っていた物を奪取していたのだった。
「いやいやだめだよ。今年弟が入学するからね。返してね」
弟くんこの学校来るのか。良いような、良くないような。
「じゃあ代わりに何か欲しいです」
「んー」
そうだと言い近くにあったペン立てから油性ペンを取り出す。
「サインをあげよう」
「えー」
「あ、真宏は俺のだから名前書いとこ」
左の手のひらに湯本晴澄と油性ペンで書かれた。何日このままになりだろうか。
「今度色紙買ってくるからそっちにも書いて下さい」
少し小さい色紙を買ってこよう。インテリアに馴染むように。
「サイン練習しとくね」
「さっき散々書いてきたでしょう」
「そういえば、柏原にボタン貰った?」
手に持っていたペンを元あった場所に戻しながら先輩が言う。
「貰ってないですけど」
「あれ、おかしいな。ボタン全部なくなってたんだけどな」
「全部なくなってたんですか!?」
やけになってしまったんだろうか。
「1つは成岡だと思うけど……」
「成岡?」
「告白しに行ってたので」
「あれ、じゃあ真宏」
先輩はきょとんと目を見開いた。
「柏原さんに告白されましたけど断りましたよ。びっくりしました」
そう言った途端に苦笑したような笑みを浮かべ声を上げて先輩は笑った。
「無事に玉砕したみたいだね!」
「え……。あの、僕たちのこと何も言ってなかったんですか?」
「さすがに絶交されちゃうかなと思って黙ってた。それに恋して悶々としてる柏原かわいくて……おもしろかった!」
「かわいそう……」
「でもフったの真宏だからね」
「先輩と付き合ってますからね」
先輩と目が合う。
少しずつ腕が伸びてきて引き寄せられ、気づいたら唇が重なっていた。
「んむ。ちょっと。これからクラスの人たちとカラオケじゃなかったんですか」
「そうだけど、制服でできるのは今日が最後だからね。ちょっと遅れて行くよ」
そう言い終わると同時に体重をかけられ、僕はベッドに沈んだ。
END
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